short | ナノ
「☆ー…」
「はいはい」
静かで寒い夜。ふたりでお風呂に入って、今から寝る前のまったりタイムを過ごそうとソファーに腰掛けた途端、Nが私になだれ込んできた。
こんなことはいつものこと。
頭をぽふぽふしてやり過ごそうとする私に不満を持ったのか、ぎゅっと抱きつかれてしまった。
そしてどさくさに紛れて、パジャマのボタンをいくつかはずされた。
「っ…、もー、N」
「☆が可愛いからいけないんだよ」
「なにそれ」
イチャイチャ…って、言うんだろうか。
ソファーに普通に座っている私の両足の脇にNは膝をついて抱き込まれているので、息がしづらい。
それに、NもNで凄いバランスを保ってると思う。
「N、息、できな…」
「あ、ごめん………うわっ!?」
「えっ!?」
ずるっ、ガターン、べしゃっ。
今の状況を表すにはとてもぴったりの効果音だと思う。
息ができないと言った私の上から退くために動いたNは、見事にそのバランスを崩してソファーからおっこちた。
…て言うか、今、頭打ったよね…?
「え、N、大丈夫…!?」
パジャマの前がはだけてるけど、そんなこと気にしてる暇はない!急いでNを抱き起こし、ソファーに寝かせた。
おでこの右端がちょっと赤くなってるから、そこを打っちゃったんだ…!
「……………」
「N…?」
「…う、」
よかった、意識はある…!
思わず赤くなってるところを撫でると、Nの目がゆっくりと開かれた。
「N、大丈夫?」
「☆…?」
「今、氷もってくるから…わ!」
小走りでキッチンに向かおうとしていた私の腰を、突然Nが絡めとった。
「な、何…?」
「☆、何でそんな格好してんの?前はだけてる」
「…え、何でって、Nがやったんじゃ…」
「俺が?」
………………?
えっ!?
今、
「え、N、今、俺って言った!?」
「そうだけど何?」
ええええ!!
確かNの一人称は、"僕"だったはず…
って言うか絶対"僕"だったよね!?
しかも心なしか、口調に違和感がある!!
「N、頭打っておかしくなっちゃった!?」
「え?なにそれ。そんなことよりさ、☆…」
「な、何ですか」
「抱きたくなっちゃった」
にっこり。
何か、こう…Nらしくないというか、何というか…な、ニヒルな笑みを浮かべて、
……いやいやいやいや!!
「え!?今なんてった!?」
「だから、抱きたいって言ったの。☆とセッ「わあああああ」」
目を瞑って耳を塞いで、放送禁止用語を全力で聞かないように務めた。
明らかにNじゃないこの人!Nはこんなこと言わないもん!もっと、こう…ソフトな表現するもん!
じゃあこの人は誰?入れ替わったとしたら、いつ?ずっとNのフリしてたの?それともNが私をからかってるの?
「……っあ!」
ぐるぐると混乱していたら、上半身に違和感。
目を開けてみると、前が開かれたままだったパジャマの襟から手が差し込まれて、下着の上から胸を撫でられていた。
「何す、……」
すかさず手を掴んで反論しようとしたけど、逆にその手を捕まえられて、恋人繋ぎのように絡められて、ソファーに縫いつけられてしまった。
逆の手で抵抗をしようとすると、その前に深い口付けをされてしまい、思うように力が入らない。
「はぁっ、」
「そんな可愛い声出しちゃって。感じてるんだろ?」
「ちっ、違…!」
顎を指で持ち上げられ、至近距離で問われた。
こんな強引なNは初めて…と言うかこの人が本物のNかどうか分からないけど、とにかくいつものNはずっと優しく、私のペースに合わせてくれているから、もうどうしていいか、分からない。
「嘘。ほら、ここは正直だ」
「!!……んんっ」
いつの間にズボンと下着を下ろされたのか、気付いた頃には何も纏っていなかった秘部の割れ目をゆっくりとなぞられると、くちゅ、と音がした。
どうしよう、この人、もしかしたらNじゃないかもしれないのに、
「ひあっ!」
「すごい、もう2本も飲み込んだ。」
だめ、これ以上は!
そう思って抵抗しようと突き出した手はまたもやあっさりと捉えられて、両手を頭の上で拘束されてしまった。
そして焦る暇も与えられずに、中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
頭が、ふわふわする。
「ぁあ、や、やだぁ」
「何で?凄い気持ちよさそうだけど」
「あっ、…こんなの、Nじゃ、ない……!」
自然と声が上擦り、叫ぶように言うと、ぴたりとNの動きが止まった。
「どうして?俺は俺だよ。さっき一緒にお風呂に入ったことも覚えてるし、この間ライモンシティの遊園地に行ったことも覚えてるし、☆と出会ったのはヒウンシティの海辺ってこともちゃんと覚えてる」
「……え、」
確かに、Nの言っていることは全て正しかった。
…もしかしたら、Nじゃなくって私がおかしくなっちゃったの?
でもそうしたら、今までの私の記憶が間違ってるってこと?
「☆を、愛してる」
「……」
「世界で一番」
「……N、…ぁあっ!!」
切なそうな、哀しそうな瞳で見つめられて戸惑っていると、いきなりN自身が私の中に入ってきた。
そして間髪入れずに、激しく揺さぶられる。
「…☆、俺を、見て」
「んぁっ、あ!は、」
「☆、☆」
「N…っ」
よく分からないけど、じわりと涙が滲んできた。
このNは本物なのか、それとも私が間違っているのか。
考えなきゃいけないのに、嵐のように押し寄せる快感に思考を阻まれてうまく頭が働かない。
耳元でNが、私の名前を何度も何度も呼んでいる。
その甘くて切ない声に、私の脳はとろとろと溶けだしてしまいそうだった。
「っN、も…だめ…!」
「☆…一緒に」
「ぁあああっ!」
「……っく…」
Nはガクガク震える私の体をしっかり抱き込み、熱い欲望を私の中に注ぎ込んだ。
…どうしよう、私…解決しないまま…
これで、別人だった、なんてなったらどうしよう…
微睡む意識の中、私の中からN自身が抜けていった。
そして、それまで私をきつく抱きしめていた体が離れたと思ったら、どさりと倒れ込んできた。
顔をのぞき込むと、その目は閉じられていた。
…寝ちゃった、の…?
聞きたいこと、沢山あったのにに…
「…………☆?」
「…へ」
フェードアウトしかけた意識の中、Nが不意に私を呼んだ。
重い瞼を開けて再びNを見ると、今度は目を見開いて、固まっていた。
「え…、な、なに?」
「何でそんな…そんな格好してるの?」
「……えぇ?」
Nは訝しげに、そして少し戸惑った表情で私の全身を見つめていた。
「何でって…Nがやったんじゃ、」
そこまで言いかけて、私ははっとした。
この展開、このセリフ、まさか!
「…え、僕が?」
「!!!」
い、い、い、今!!
今確かに、僕って言ったよね!?
「も、戻ったーっ!!」
「え?何が?」
「良かった、いつものNだ!良かったあぁぁ…」
「…話が全く見えないよ…」
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それからNは、混乱と安堵でうまく説明できなかった私を落ち着かせて、きちんと話を聞いてくれた。
聞くとNは、ソファーから落っこちた後からの記憶が飛んでいたらしい。
「何であんなことになったんだろ…」
「…一種のパラレルワールドかもしれないね」
「パラレル、ワールド?」
なんとなく聞いたことはあったけど、正しい意味を知らない単語に首を傾げた。
「パラレルワールド。この世には沢山の世界があって、その世界は僕達の暮らしている環境と殆ど同じだけれど、少しづつ違う。」
「……?」
「例えば、さっきのお風呂。さっきは一緒に入ったけど、そのほかの選択肢に、☆が先に入るか、僕が先に入るか、2パターンあるよね。僕達がいるのはそのどちらでもない"一緒に入る"って言う選択をした世界だけど、それとは別に今言った二つの世界がある。今みたいなちょっとした選択の違いで、その数の分世界は無限に分岐していってるってこと」
「……………」
どうしよう、全く分からない。
「つまり、さっきまでの僕は僕自身であることには変わりないけど、違う世界の僕だったってわけだね」
「…えぇと、じゃあ、頭をぶつけた拍子に入れ替わっちゃってたってこと…?」
「わかりやすく言えばね。でも仮にパラレルワールドだったとしても、元の僕はどこにも行ってないし…それまでどこにあったんだろう」
「…………」
ぶつぶつ呟いてるNは、何だか子供みたいにわくわくして見える。
…N、入れ替わりとか好きそうだもんね。
とりあえず私には理解できそうにないので離れようとすると、
「…わあっ!」
いきなり手を引かれ、再びソファーに押し倒されてしまった。
「僕が僕であることには変わりないけど、今の僕じゃない。何かそいつに☆を取られた気分だよ」
「え、…あ」
そうだった。
パラレルワールドとやらが正しければ、私は今目の前にいるNとは違うNと…その、しちゃったってことで…
「ご、ごめんなさ、」
「だめ。今から消毒するからね」
「そんなぁ!……あっ!」
とりあえず、これからはNに怪我のないように、全力で守ろうと、誓った。
終われ。