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「…………………」

「ポッド、心の準備は?」

「…………はぁーあぁー、ちょ、ちょっと待ってくれよ」

「ほら、男だろう?」

「っああもう!分かってる、分かってるけどさあぁぁ…」


何をそんなに躊躇ってるかって?悪いけどそりゃあ教えてやれないな。


「いい年して注射が怖いなんて情けないよ、ポッド」


こいつ言いやがった!


……………


………ああそうさそうだよ!怖いんだよ畜生!



…ことの成り行きは単純で、今年もインフルエンザが流行り出す前に予防注射に行っておけと言われたから、病院に向かってるというところだな。

飲食店の店員がインフルエンザにかかったなんて言ったらシャレにならないし、俺たちの場合は気づいた頃にはきっと3人全員がかかっちまってるから、毎年予防注射は必須なんだ。

…と言いつつも本格的に流行り出す直前まで渋っていた俺を見かねて、デントに半ば無理矢理連行されている状況。


「だーいじょうぶだーいじょうぶ、今日は絶対痛くない病院を予約しておいたからサ」

「とか言いつつ毎年同じ病院じゃねえか!」

「まあ確かに毎年同じだけどね、今年は去年とは決定的に違う点があるはずだよ」

「は、はぁ…?」




ずるずるずるずる。
引きずられること数十分、ついに病院が見えてきてしまった。

あはは、幻覚か?病院から紫のオーラが見える。ついに俺もこれで最期か……


「こちら、予約していたポッドです」

「お待ちしてました、待合室へどうぞ」

「………」


こいつ、本人抜きで勝手に進めやがって。
いや、確かに俺一人だったら病院の前で一時間ぐらいうろうろしてるけどさ、なんつうか、心の準備がさ…

受付は毎年同じ、細身の男の医者。今年も大変ですねぇ的な目で見られた。

その視線に気づかないフリをして、心の準備をするために待合室のソファに腰を「ポッドさん、どうぞー」






はええええええええよ!!!



「ポッド、ファイト!」

「えっ、ちょ、」

「ほらほら、次の人もいるんだから速やかにね」

「…………」


こいつ!あとでぜってーぶっ飛ば…いや…殴…ビンタする!





「……………」


すーーー、はーーー。

診察室の扉の前で、深呼吸。
ポッド、いきます!なんて心の中で叫んで、ノックをしてから扉に手を掛けた。


「…失礼します」

「ポッドくん、こんにちは!」

「………!?」


聞き覚えがある愛しい声に顔を上げてみると、


…ナース服に身を包んだ☆が、手を合わせて微笑んでいた。


「なっ、えっ!?☆!?」

「はい。ここの病院、わたしのおじいちゃんの病院で…たまにお手伝いをしているんです」

「そ、そうだったのか…!?」


ナース服と言っても、コーンとかが好きそうなあからさまなものではなく、ちゃんとした、露出の少ない清楚な純白のナース服。

…それはそれで、余計にそそるんだよな…、やっぱ胸、キツそうだし…そこにばっか目が……


「どうぞ、そこのイスに座ってください!」

「!…お、おぅ」


いかんいかん!どこ見てんだ俺はァ!

ギクシャクしながらイスに座ると、☆は俺の目の前に膝立ちになって、腕を取った。

そしてゆっくりと袖を捲り、よく分かんねぇすーすーする液体を染み込ませたガーゼを腕に…

ああぁぁぁぁ、この瞬間、俺、いっつも駄目なんだ。
ガーゼが触れたとこにばっかり神経が集中して、どうしても力が入ってしまう。


必死で目を背けていると、☆がクスリと笑った。


「…緊張、してますか…?」

「…情けないけどさ、俺、注射駄目なんだ…」

「私も…つい最近までは怖かったです。このガーゼが触れた瞬間がどうしても…」


だよなだよな!
人間ってさ、自分に非があったりする時、同じ悩みを持った人同士で集まりたがるって前聞いたことあるけど、今それが超分かった。

…それが自分の彼女ってのがなんとも悲しいとこだけど。


「ところでポッドくん、クリスマスのメニュー、何か良い物…思いつきましたか?」

「……へっ?」

「わたし、凄く楽しみなんです」

「あ…あぁ、一応考えてるぜ。」


いきなり話題が変わってびっくりしたけど、きっと☆なりに俺の緊張を解そうとしてくれてんだな。
相変わらず優しすぎる。やべ、涙出てきそうだ。


「リクエストを言ってしまうと…わたし、ブッシュ・ド・ノエル、食べてみたいです」

「……ああ!あの切り株っぽいケーキか?」

「はい、毎年ケーキ屋さんとかテレビでよく見るんですけど、実際に食べたことなくって…」

「☆の頼みなら喜んで受けるぜ?」

「わぁ、うれしいです!」


ケーキ作りは苦手だけど、☆のためなら、練習してみるか…。

またデントとコーンにからかわれそうだけどな。


…そんなことを想像していると、☆が突然俺の手をキュッと手を握った。


あぁそうだった、今日来た目的を忘れるとこだった…


「はい、お大事に!」

「………………え?」


恐る恐る自分の腕を見ると、ガーゼか置いてあったはずの場所には、注射後に貼る小さめの白い絆創膏。


「……え?注射したのか?」

「はい。さっき、お話ししてる間にちょちょっと」

「………………」



………


☆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!


「えっ!?☆っ、天才!?天才!!」

「そ、そんなことないですよ」

「俺っ!これからずっと☆に注射頼んで良いか!?」

「はい、わたしで良ければ…」


俺の前でちょっと照れたように笑ってる☆はもう、俺の中では大天使、女神、救世主、何かもう何にも例えようがないくらい眩しく輝いていた。








「どうだった?"お注射"」
「いやもーー………、デントも…サンキューな…」
「いえいえ」





…そういや考えてみれば、他の男も☆のナース服見てるってことだよな……

…今度会ったらせめて胸が目立たなくなるような上着を着てくれって説得してみるか…。


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