short | ナノ



透き通った水、穏やかな風、優しい日の光

時折パサパサと聞こえる紙の音に耳を澄ませながら、マーロウは新たな舞台の役者を待っていた。

ここはエイヴォン…忘れられた古都。
緩やかな時間の流れには似つかない、激しい過去を刻んだ場所。

それを旅人に語り継ぐのが役目か、はたまた悲劇の吟遊詩人の謎で楽しませるが役目か…

己の存在意義をも片仮面に隠し詩に重ね、今日もまた重い頁をめくる。





「マーロウさん」




暖かな陽の光に合う、柔らかな声だ、と思った。
マーロウが紙面から声のした方へ目を向ける。
そこには思った通り、着慣れた日本伝統服に身を包んだ、薄い麻色の髪の少女が自分を見上げていた。


「おや、☆さん。こんにちは」

「こんにちは!…じゃないですっ、何かと思ったら、また謎解きですか?」


リボンの巻かれた紙を手に、そう呆れたような、がっかりしたような声色で詰め寄る☆。
どうやら、自分から呼び出したくせに、さも偶然出会ったかのように振る舞ったマーロウの反応に不満があったらしい。

しかしマーロウは、☆の不機嫌の理由がそれだけではないのを知っていた。


「くす、ただの謎解きではないですよ?」

「じゃあ、言い方を変えます。また絵本の中で人探しですか?」


☆は、マーロウが手に持っていた本を見て、眉を顰めた。
それは前にマーロウから貰ったシェークスピアの四大悲劇[ハムレット]の台本と似ていたが、少し色や模様の違ったもの。恐らくまた、「絵本の中での人探し」が始まるのだろう。


「流石☆さん、察しが早い。私の見込みはやはり正しかったようです」

「またそんなこと言って」


頬を膨らませつつ、新しい台本を素直に受け取りパラパラと捲り始める☆。


「…やっぱり、まだ白紙なんですね」

「ええ。完成されるのを楽しみにしています」

「……」


全てが白紙であることを確認した☆は、はぁとため息をついた後、台本を閉じた。


「ハムレットを完成させたら…デート、してくれるって言ったのに」


☆は顔を俯かせ、小声でぽそりと呟く。

そんな☆にマーロウは困ったように笑い、チラリと周りに人気がないのを確認すると、☆の腰に手を添えて軽く抱きしめた。


「…すみません、言い訳がましいですが…どうも時間が取れなくて」

「…」


うるうると涙を溜め、しかし視線を合わせようとしない☆。
なんとか機嫌を取り返そうと耳や頬にキスを降らすマーロウ。

そんなカノンに先に音を上げたのは、☆だった。


「…わかってます。マーロウさんは大人気の役者さんですし、こうやってエリンに謎解きの楽しみをくれているわけだし…忙しいですよね」

「…☆さん」

「でも時々、その優しい言葉も…演技、なのかなって…そう、思っちゃって…」

「……」


いつもより小さく見える☆に、愛しさと思いが伝わりきらない歯がゆさ、そして"舞台役者"という自分の肩書きに対する厄介さを感じた。

そうは言っても、お互いそれはどうしようもないことで。


「……なんちゃって!」


顔を上げた☆は、寂しそうな笑顔だった。


「☆、さん」

「酷いこと言っちゃって、ごめんなさい。じゃあ、私これで………っ、」


マーロウは、するりと腕を抜け出し、グローブ座に向かおうとする☆の腕を強く引き、そして再び腕の中に納めた。


「マーロウ、さん、」

「…今のは流石の私でも堪えました。貴女を一目見たときからこんなに焦がれているというのに」

「ご、ごめん、なさ………っ!」


先程の自分の発言をはっと思い返して焦る☆。
とっさに謝罪を述べようとした唇に、マーロウはその言葉ごと飲み込むように口付けた。


「…ん…ぁふ…んん…」


後頭部と腰にしっかりと回された手。
それはいつもの軽いキスでなく、しかし甘いキスでもない、咎めのキスだった。

全ての思いをぶつけるようなその口付けに、☆は最初は抵抗しつつも、マーロウに縋りながら必死で応えた。


「っ…はぁ、あ……」


長い長い時間が過ぎてようやく唇を解放すると、☆は肩で息をしながらマーロウの腕にしがみついていた。

そんな☆の耳元で、甘く囁く。


「私の思い…伝わりましたか?」

「…っ…はい……」

「舞台かぶれした私はこんな上辺だけの言葉しか知りません…でも、貴女は上辺だけじゃない、この熱く燃えるような気持ちを私にくれた」

「…………」

「…愛しています、☆…。世界中の誰よりも、君が愛しい」

「っ……マーロウ、さん…」

「☆の気持ち、聞かせてください」

「私…私、も、」

「……」

「マーロウさんのことが、大好きです…あ、あい、してます…」

「…ありがとう」


そうしてまた、深く口付ける。
それは先程のキスとは違う、暖かくて色々な感情がこみ上げてくる、そんなキスだった。

唇を離すと、目の前には、大きな目にたくさんの涙が溜まった☆の真っ赤な顔。
切なそうに、恥ずかしそうに見上げてくるその表情によって崩れ落ちそうになった理性を、なんとか繋ぎ留める。


「時間ができたら、必ず連絡します。」

「…はい」

「続きはまた今度、ですね」

「!!…もうっ!」


頬を擽りながらそう言うと、☆は面を食らったような顔をして、そしてまた膨れっ面に戻った。



「おや、☆さん。この間はありがとうございました」
「ラニエルさん!こちらこそ、楽しかったです」
「是非またご一緒させてくださいね」
「はいっ!」
「…?☆さん、ラニエルと何を…」
「えっと、ダンバートンにお買「デートですよ」」
「…え!?」
「あなたがもたもたしていると、私が貰ってしまいますからね?マーロウ」
「なっ…!」
「☆さん、これからお時間はありますか?」
「えっ?は、はい。暇です」
「では、この前話したお店にディナーなんていかがでしょう」
「あ…はい、私でよかったら」
「待ちなさい!ならば私も…」
「おや、確か貴方はこれから稽古だったはずでは?」
「くっ…」
「さあ☆さん、あんな酷い仕事人間は置いておいて、行きましょう」
「え、は…はい……(いいのかな…)」




「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -