※短編にある「冬のある日のこと」の続編です。銀妙前提。別にそっち読んでなくても大丈夫かもしれない運転。
「あ、銀ちゃん。それちょーだいヨ」
「はァ?何言ってんですか、オメーは。これは俺が俺のために剥いた蜜柑ですぅ。食いたきゃ自分で剥いて食え」
炬燵に座って、銀さんの手元の蜜柑に手を伸ばす神楽ちゃん。その手から必死に蜜柑を守ろうとする銀さんは、かなり大人気ないと私は思う。
「だって、その白いの取るの面倒だもん。なんで蜜柑にはその白いのがあるアルか。銀ちゃんの天パ並にウザいヨ!」
「ちょ・・・っ、神楽ちゃァんん?止めてくんない?人の髪をウザいものの例えにするの止めてくんない!?」
「そうよダメじゃないの、神楽ちゃん。銀さんの天パはこんな蜜柑の白いのとは比べものにならないくらいウザいんだから。蜜柑の白いのが可哀想よ」
「オイィィイイッ!?全く俺の天パのウザさを撤回しようとしないのなオネーサンは!」
「うん、アネゴの言うとおりネ。ごめんなさいヨ、蜜柑の白いの」
「神楽ァァッ!オメーも素直に謝るんじゃねーよ!銀さんちょっと心折れかかったわ!ちょっと新八ィ、聞いてくれよー!」
「すいません、銀さん煩いです。今テレビにお通ちゃんが出るんですから、ちょっと黙っててください」
「新八ィ!?最近お前もなんか俺にキツくね!?」
結局。周りには誰も自分の味方がいないと悟った銀さんは、「仕方ねェなぁ」と零しながら、ほら半分だけだからなと半分に割った蜜柑を神楽ちゃんに手渡す。なんだかんだ言って、この人は神楽ちゃんには甘いのだ。ケッ半分かヨ、銀ちゃんのケチんぼ、と言われて若干涙目になっていたけれど。
「アネゴにもあげるネ!」
「あら、どうもありがとう」
右手にちんまりと乗ったそれを差し出されて、私は心からの笑顔で受け取る。「いやいや、そこは俺にお礼を言うべきじゃないの?」と呟いた天パはこの際無視をした。
「もぐもぐ・・・。銀ちゃーん、もう一個剥いてヨ」
「食べ終わるの早くね!?つーか自分で剥けって言ってるじゃねーか。自給自足が坂田家ルールだろ」
「そんなルール初耳アル。それと、私不器用だから蜜柑の粒なんてすぐ潰しちゃうネ」
「どこの不器用キング!?」
ほらこんな風に、と神楽ちゃんがブシュッと蜜柑を潰して見せれば、飛んだ汁が銀さんの目に直撃。ぬがァァアア!!と叫ぶ声とギャハハハッ!!と女の子らしくない笑い声の二つが響く騒がしい光景に、私の口からは自然と笑いが零れた。
ガタガタと、強風で煩い窓の音を掻き消すように、寒さに鼻頭を真っ赤にした騒がしい三人組が志村家を訪れたのが、今から四時間ほど前のこと。突然の訪問に驚く私の前で、肩の辺りに雪を積もらせ、両手にスーパーの袋をぶら下げた銀さんの第一声は「鍋やるぞ、鍋」だった。
その後のことは大体予想がつくだろう。
このメンバーで鍋をやるのだ。至極当然の如く、肉を取り合う鍋戦争の勃発。最終的には行儀が悪いから止めなさいと、私が合法的(暴力を伴う)手段で場を収めることになった。詳細を伝えるなら、私以外が土下座する光景となった。
鍋戦争の終結には意外にも長く時間がかかってしまい、片づけを終えた頃には時刻はすっかり八時を過ぎていた。日の短い冬なら尚更、外はもう風が強く真っ暗闇で、銀さんと神楽ちゃんが志村家に泊まっていくことが自然に決定したのだった。
そして今はこのように四人で炬燵を囲み、第二次戦争的なものを繰り広げている真っ最中である。蜜柑の汁をティッシュで拭い終わった銀さんが、炬燵から立ち上がる。
「じゃあ俺、そろそろ風呂行ってくるわ」
「逃げるのか銀ちゃんコノヤロー!」
「あ、神楽ちゃん。僕も蜜柑食べるから、半分あげようか?」
「むお!さすが新八アル。あの天パとは大違いネ。今だけお前は『眼鏡かけ器』から『蜜柑の白いの取り器』に格上げしてやるヨ!」
「それ格上げなの!?しかも今だけかよ!!」
永遠に続くように思える、楽しいやり取り。それをもう少し見ていたいのが本心だが、私は泊まることになった二人のために布団を敷かなきゃならなかった。温かい炬燵に後ろ髪を引かれる思いをしながらも、私は何とかそこから抜け出した。
廊下を出てると、部屋の空気との温度差に身が震えた。足袋の上からでも伝わる冷たい廊下に耐えつつ、なんとか客間にたどり着いた私は二人分の布団を敷いた。
そして、私が客間から出た直後。
私はあら、と雨戸の外に目を留めた。暗闇に溶けるたくさんの白い点々は、おそらく雪だ。とうとう本格的に冬になっちゃうわね。なんてことをぼんやりと考えていた。
「オーイ」
「ひゃっ!」
突然、後ろから声がかかって私が慌てて振り返れば、風呂上りの湿った髪で首に白いタオルを下げ、着流しを脱いだ姿の銀さんがそこにいた。
外では雪が本格的に降り出しているから、直にこの廊下も冷たさを増すだろう。濡れた身体でこんな寒い廊下に突っ立っていると風邪ひいちゃいますよ。そう私が注意しようとしたときだった。
「あー・・・、あのさ。・・・悪かったな」
「・・・え?何がです?」
「急に押しかけたことだよ。・・・しかも泊まることになっちまって」
ガシャガシャと濡れた後ろ髪を掻きながら、決まり悪そうに謝罪を述べる銀さん。普段はちゃらんぽらんだけど、ちゃんと義理を通すところは通す。それが銀さんだった。
銀さんは悪かったと謝るけれど、私は別に何も悪くないと思う。このくらいのことで謝られたら、弟の給料未払いのことはどうするのだ。ダッツ100個を私に納品か、それとも切腹でもするんだろうか。
「別にいいですよ、みんなでいると楽しいですし」
それに銀さんと一緒にいれますから。
なんて言葉も頭に思い浮かんだがそれを口に出せるほど、私は素直で可愛い女じゃない。それにこの天パを調子に乗らせたら厄介なことになりそうだ。
「今日の分はしっかりと、新ちゃんのお給料に回してくださいな」
「しっかりしてんなァ」
「ありがとうございます」
別に褒めてねーよ。
冷気に満たされる廊下に銀さんの苦笑する声が反響する。
「そういえばよォ。新八、今日はやけに機嫌良くなかった?」
「ええ、そうですね。神楽ちゃんにも自分から蜜柑剥いてあげていましたし」
「買物するときもあんな感じでよ。神楽と二人して大丈夫かアイツって心配してたんだけど。やっぱりエロいコトとか考えてのかねェ」
ニヤニヤしてるのはアレ、危ないよ。ぜってー思春期的な妄想膨らませてるよありゃ。
銀さんは若干真剣さを含んだ怪訝な顔でそう言うけれど、それは違うと私はわかっていた。
「親子」
「・・・へ?」
ピタリと私が歩を止めれば、横に並んでいた銀さんも同じように歩を止める。何、親子ってどういうこと?と、銀さんが首を傾げる。
「通りすがりの親子に、仲のいい親子ねって言われたらしいですよ。銀さんたち」
なぜ私がそれを知っているのか。それはさっき新ちゃんが教えてくれたからだ。それはもう、上機嫌で。
「・・・・・・あァ、そう」
銀さんの反応は、それだけだった。
あら素っ気無い返事ねぇと、不思議に思った私が横を見やれば、タオルで口元を隠した銀さんがいて目を見開かされた。
『親子、オヤコ、おやこねぇ・・・』
ボソボソと何度か反復して、銀さんはまるで何かを噛み締めるような顔をしていた。
たぶん、今の銀さんは喜んでいるんだと思う。これはただの私の推測だけど。でも、もし私が新ちゃんや神楽ちゃんと一緒にいて三人が親子だと言われたら、私は嬉しいもの。だから銀さんだって。
そして今の銀さんを見るとおり、銀さんは銀さんで、親子という単語に何か思い入れがあるようだった。照れくさそうな表情に、こっちまで嬉しくなってしまう。
「だったらオメーはお母さんか」
「・・・・・・はい?」
「新八と神楽が俺のガキなんだろ?」
突然何を言い出すかと思えば。お母さんって何ですか。私はまだ18なんですけど。失礼ね。
頭の中ではそんな台詞が思いつくんだけれど、実際に声に出ることはなかった。
新ちゃんと神楽ちゃんが私の子供。ということは私が銀さんの・・・・・・。
「こんなマダオが旦那さまなんて嫌です」
「あ、それ酷い。仮にも彼氏に向かってそれはないんじゃねーの?」
嫌です、と言い切ってフンッと私が鼻を鳴らした直後。
不意に、甘いシャンプーの匂いが私を包んだ。
一応隠しきれたつもりだったのだがが、この赤くなった頬が気付かれてしまったのか。
首の辺りに綿菓子のような髪の毛が押し付けられて、凄くくすぐったい。香ってくる薔薇の匂いは私と同じものだ。ひょっとして私のシャンプー使いましたか?高いんですよアレ。
「・・・風邪、引いちゃいますよ」
「あったかいから大丈夫」
さりげなく子供体温って言われてるのかしら。
首に回される太い腕を押しのけて、口を噤んだ私が銀さんを見上げたら、銀さんの目線は私の方ではなく障子の向こう、新ちゃんたちがいる居間へと向かっていた。
障子の向こうから二つの声が聞こえてくる。
『神楽ちゃん、僕もう止めたいんだけど』
『何を言ってるアルか、新八ィ!一度やると言ったことを止めるなんてお前らしくないヨ!『蜜柑の白いの取り器』として、もっと私に蜜柑を恵むがいいネ!』
『いや、流石にもう無理っていうか、10個も剥いてたら手が痛くなって・・・』
『むぅ・・・そんな労働員にはキツい仕打ちを食らわしてやるネ!食らえ!オレンジスプラッシャー!』
『いやいや!カタカナで誤魔化してるけど、それただの汁ッ・・・ギャアアアッ!』
聞こえてくる二人(一名は悲鳴)の声に、ふふっとまた笑いが込み上げてくる。銀さんの言った、「あったかい」の意味が理解できた。
「たしかに、あたたかいですね」
「・・・だろ?」
にぃと笑った銀さん。
押しのけていたその腕を元に戻して、ゆっくりと私は銀さんの方に寄りかかった。
外はもう完全なる冬で、廊下は凍えるように寒かったけれど、私の周りだけは温かだった。
【ぬくもりのある家】
ちっとも寒くなんてない、
温かい冬のある日のこと。