じゃあ銀さんは、
何を護りたかったんですか


いつのまにか震えの収まったお妙の声に安心していたら、早くも次の難題がやってきやがった。

たった今、背中の向こう側から投げかけられてきた疑問。
俺が柳生んとき何のために戦ったのか。
それに対する答えがその難題である。何と言う難題だろうか。「どうして新八は新一じゃくて新八なの?」という疑問への回答ぐらい難しい疑問だ。いやそれほどでもないか。


・・・何を護った、って言われてもなァ。


試しに頭ん中を探ってみれば、たしかに『答え』のようなものはある。だがそれは、なんというかアレだった。アレでアレをしてアレした感じ。
ようするに、お妙の前では口が裂けても言えそうにない理由が、その答えだった。

こんな時はいつものように、誤魔化して有耶無耶にするという俺の得意技を生かせばよかったのに、なぜだろう。さっきお妙の抱えている自己嫌悪の痛みを聞いたせいか。

誤魔化しの台詞を吐こうとした俺の口からは、「言えねーよ」という素直な否定の言葉が滑り落ちた。


「・・・なんで言えないんですか」

「言えないったら言えない」


そのとき背中から、「むぅ」と後ろで不機嫌そうな呟きが聞こえて俺の顔が強張る。
あ、どうしよう。酔っ払いの機嫌を損ねたらどうなるか、さっき嫌と言うほど味わったのに俺ってヤツは。

しかし俺がいくら待てども、先程のような髪を掴んで毟り取ろうとする、なんてぶっ飛んだ制裁がくることはなかった。その代わりに。


「答えてくだされば、銀さんには良いものをあげますよ」

「いいものって?」

「答えてくだされば、銀さんには『生存権』を差し上げます」


・・・あれ?
いま何、言いましたこの女。

ていうか、さっき頬に触れてきた熱い掌が嘘みたいだ。
首筋に、外の冷気よりも冷たい手が触れてゾクリと肌が粟立つ。たぶん、それは命の危機に対する本能的予知の電気信号。
答えなければ殺されるぞ、と脳が訴えかけていた。

いつでも頚動脈を潰せますよいう位置に手を置かれている俺。言うならばマウントポジションを取られた俺。



・・・ああわかった、わかったよ。
言えば良いんだろ言えば。



「笑顔」

「・・・・・・はい?」


顔が見えなくても手に取るようにわかる。
きっと今のお妙は「何を言っているんだこの男」と、酔ったお妙を見ていたさっきまでの俺みたいな表情をしていることだろう。
ゆっくりと、「えがお?」と反復する声が届く。


「そう、笑顔。俺はお前の笑顔が見たかったわけ。泣き顔なんかじゃなくて、笑顔」


本来ならば、これで十分だったはずなのに、俺はつい『言い訳』を付け足してしまう。誰に対しての言い訳なんだろうな。自分に?


「まあ笑顔を護りたかった、っつーのとはちょっと違うかもな。ほら言うなればアレだ、いつも笑ってるヤツが泣いてたら、なんか違和感?みたいな?うん。ともかくさ、泣いて「さようなら」はなかったんじゃねーのって俺は思うわけよ。なんか後味悪かったんだよ俺は」

「それだけですか?」


長々と俺が喋ったワリに、お妙の言葉は簡潔だった。
オイなんだそのスルーっぷりは。変に言い訳した俺が今更になって恥ずかしくなる。


「・・・それだけってなに」

「いつも笑ってる私が泣いてたから、・・・っていう意味不明な理由だけで銀さんは傷ついたんですか」

「そうだけど」

「馬鹿ですか、あなた」

「馬鹿で悪いかコノヤロー」


馬鹿と呼ばれたのに怒らない俺に、背中に乗ったお妙が驚いた。それを背中で感じ取って、ああそうさ俺は馬鹿だと自らを笑ってみる。

あのとき、お妙の涙を見て締め付けられた心臓は本物だし、涙を流して別れを告げたお妙を助けてやりたいと思った俺の気持ちも全部真実。

本当は、ちょっとばかしの下心もあったりしたんだけど、全部『笑顔』で誤魔化した。これくらいの誤魔化しはしてもいいだろ。



「・・・・・・ほんと、馬鹿みたい」



変なことで悩んでた私も、馬鹿みたい。


そんな呟きのあとに、お妙は何が可笑しいのかクスクスと笑い出した。
しかもこれは、酔っ払っているときのケラケラとした嫌な笑いじゃなくて、俺が好きな笑い方だ。子供っぽい含みを持たせた、上品さの抜けた十八歳のそれが俺はとても好きだったりする。

背中越しから笑う振動が伝わってくると共に、なぜだか、俺まで笑えてきた。笑いって伝染するもんなんだなァと、夜空を横切る宇宙船を眺めながらぼんやりとそんなことを思った。


「ねぇ、銀さん」


肩のあたりの着流しをちょいちょいと可愛らしくつままれて、んー?と俺が返してやれば、恐る恐るみたいな言葉が似合う、お妙の小さな声が返って来た。

今の笑い声もそうだが、これも何が何だかわからない。
はて、一体何が、『ありがとう』なのか。



でも、今のお妙が笑ってられているなら、俺にはそれで十分だった。
折角笑顔を取り戻しに行ったのだ。さっきのような自分を責める発言なんて、もう二度と聞きたくないのだ俺は。

弱さとか、辛さとか。いつもそんなもの絶対にひけらかさない彼女が、今晩初めて明かした苦しく抱えていたもの。
それをほんの少しでも、今の俺が取り除いてやれたんなら万々歳だ。


クスクスともう一度、俺の大好きな笑い声が夜空に舞い上がった。




【痛みの溶けた夜空】





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