※柳生編後



七人と十一個、それと一体。

今挙げた数の詳細は、今晩お妙にぶん殴られた客の数と、同じくお妙によって割られたグラスの数、惨殺されたゴリラの死体の数、だそうである。


苦労してんなぁ、すまいるの店長。
あと、女って怖いね。


「なんでこんなになるまで飲んだんですか、オネーサンは」

「・・・はぁい?いま銀さん、なにか言いました?」


道端を点々と照らす街灯だけの真っ暗な夜道。深夜のそこを歩く俺がそう、自分の背中に向かって話しかければ、いつもとは真逆の明るい声が返ってくる。


「何でそんなに飲んだのかって聞いてんだよ」

「なんでってそれは・・・あら、なんでしたっけ?忘れちゃったわ。元々理由なんてなかったんじゃないですか」

「おいおい、何も考えずに酒大量に飲む馬鹿がどこにいるよ」

「誰が馬鹿ですか、誰がぁ!」

「ぐわッ、ちょっ・・・いだだだだァッ!はい、すいまっせーんでした!お前は馬鹿じゃありませんむしろ馬鹿なのは俺です!」


俺の髪の毛を毟り取ろうとしたお妙は今の謝罪に納得したのか、「そうよ馬鹿は銀さんよ」などと呟くと共にうふふと笑いながら手を離す。
危険だ。恐ろしく危険だ。笑いながら髪つかんできたぞコイツ。しかもいつもより加減というものがない。危うく毛根ごとごっそり持っていかれるところだった。



今は、深夜一時を回ったところである。
そんな時間に俺は、この酔っ払っているお妙を志村家まで送っていこうとしている。なんで背負っているのかは、足腰が立たなくなるまで飲みやがったコイツに聞いてくれ。同僚情報によると、ヤケ酒のようにアルコール指数の強い酒瓶を空けまくったらしい。


タダ酒飲ましてやる、なんて嘘にまんまとひっかかった俺に、お妙の同僚である女がお妙を預ける(というか押しつける)際に言い放った、彼女の台詞が今でもリアルに思い出せる。

『ごめんねぇ銀さん。お妙、酔っ払うと普通の人間じゃ手が付けられないからね。銀さんなら送ってあげれると思ったのよ』・・・とかなんとか。
一応、俺も普通の人間なんだけど。冒頭の、お妙にぶっ飛ばされたという七人の中に更にプラスされる気はないぞ俺は。

とりあえず、志村家に着くまでに後ろで愚痴やらを喚いてるこの酔っ払いの機嫌をいかに損ねないようにするか、それが今の俺の重要課題だった。



さて、話は少し変わるが、元々そのまんまでも十分面倒な酔っ払いだが、その中でも更に面倒なのはテンションの高低差が激しい酔っ払いだなと俺は思うのだ。

盛り上がっていると思いきや、急に暗くなって話の雰囲気とかをぶち壊す。
その上さらに、聞きたくもない身の内を語りだされでもしたら、こっちは一体どうしたらいいかわからないってもんだろう。


つまるところ、俺が背負ったこの女も、そんな酔っ払いだったのだ。


ねぇ銀さん、と俺の首筋にかかる生暖かい息。


「聞きたいですか、私がこんなに飲んだ理由」


さっきの俺の問いに答えるかのように返されたお妙の声。オイなんだ、さっき忘れたとか言っていたのはどこのどいつだ。

そんなツッコミを入れる前に、俺は何かが変であることに気付く。
今のが何かのスイッチだったのかと思うくらい、さっきまでの明るい声とは打って変わったいつもの、いやいつもより更に低めの声が俺の鼓膜を揺らした。

そのただならぬ気配に、俺が不審に思った矢先のことである。


不意に、だ。
夜風に冷える俺の頬が、誰かの熱い掌が覆われた。
誰の手だなんて言わずもがな。


そして熱が頬に重なると同時、静けさに満ちる夜道に「いぃぃ!?」という悲鳴が響き渡った。

もちろん、それは俺のもので、原因は俺の首がぐりーん!と思いきり後方へ振り向かせられたからだ。その際「ゴパンッ」なんて人体から絶対鳴っちゃいけない音が首からしたが、あえて聞かなかったことにした。

寝違えにも似た鋭い痛みに唇を噛み締めて、「何しやがるんだコノヤロー」。俺はそんな台詞を口の中から外へ吐き出す用意をしていたのだ。
だがそれは、外の夜の空気に溶けることなく肺の中へ逆戻りしてしまう。


振り返った、いや振り返らされた俺の前にあったのは、こちらをじっと見つめる深い夜色をした瞳。酔っているせいか若干とろんと揺れている近距離でガッチリと合ったそれに、思わず呼吸が止まった。


いきなり後ろを振り向かされて、顔と顔とが急接近。しかも相手はじっとコチラを見つめてきて?
え、何!?なんなのこの状況!?・・・と内心ドキマギの俺。
だが、うっすらと酒で桜色に上気した頬が、俺の目に焼き付けられた瞬間のこと。


「痛いですか」

「・・・・・・は?」


お妙が俺に向かってかけた言葉は、酔っ払った勢いでの告白とか甘い囁きとかそんなもんではなくて、今のような問いかけだった。・・・いや残念とかそんなこと全然思ってないから。

そこでようやく首を固定していた手が離れてくれるが、今はそんなことどうでもいい。

痛いって、なに?
いや、たしかに今の首を回されたのはすげー痛かったですけど。それが率直な感想。
でも、お妙が本当に聞きたい答えはそんなものじゃないということぐらいわかる。


「・・・ほら、これですよ。この前の怪我」


トンとお妙の指が俺の頬を軽く叩いて、そこでようやく「・・・ああ、これな」と気がついた。

お妙が触れたのは、つい先日の柳生の騒ぎでつくった傷の場所。もう塞がりかけだったものだから、すっかり忘れていた。
そうしてもう一度、お妙から「痛いですか」が俺にかけられる。
痛いか、痛くないかと聞かれれば。


「こんなモン、いつもに比べりゃかすり傷じゃねーか。全然痛くねェよ」


なぜこの状況でその話題なんだろうか。そんな疑問を抱きながらも俺は先程の質問に答えてやった。

たしかに、頬の傷はもう痛まなかった。
だが実際のことを言うならば、胸にある怪我はかなりの大惨事だったりする。今だって、息を吸い込むだけで軽い痛みが走るくらいに。

でも、なぜだろう。
今だけは、目の前にいるお妙の前では、どうしても強がってみせたくなった。


強がりの嘘を吐いた俺。
あとに続くお妙の台詞は、俺の予想では「本当は痛いんじゃないですか」とか、「あら言われてみればそうですね、いつも腹に穴空けてる人はこれくらいの傷なんて屁でもないでしょうね」みたいな、皮肉を含んだ彼女らしい台詞だった。

しかし酔っ払いの行動やら言動ってのは、どうも予想が外れるものである。


「やっぱり、悪いのは私ね」


聞こえたのは、今までの文脈から明らかに外れた、意味がわからない呟きにも似たそれ。そして、酔っ払っているという理由で片付けるにしては、あまりにも強く凛とした響のある声だった。

数拍遅れて、「何が悪いんだ」と俺が返せば「だって」と即座に後ろから声が飛ぶ。
その声が少し震えているような気が、しないでもなかった。


「だって結局、全部わたしのせいじゃない。みんなに迷惑かけて、たくさんの怪我をさせてしまったでしょう?」

みんなが怪我をしたのは、全部私のせいなんですよ


酔いが回ってきたのか、最後に小さく付け足された台詞は、やや聞き取りにくかった。
でもちゃんと、聞き取れた。


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、俺の肺はふっと、小さな息を吐き出した。


それが、こんな足腰立たなくなるまで飲んだ理由だってのかよオネーサン。

わざわざ深夜に呼び出された挙句、酔ったお前を俺が運ぶ破目になった理由が、そんなくだらない理由だったのか。


そんな意味での溜息だった。


「前にも言っただろうが。これは全部、俺たちが勝手にやったことだって」

「だって・・・、神楽ちゃんと沖田さんは骨折、土方さんはミイラ男ですもの。たくさんの人に迷惑をかけたわ、私」

気に負うなと言われても、これが責任を感じずにいられます?


背中越しから、まるで苦痛を噛み締めるように掠れた声が俺の耳に届く。
途端、俺は心臓を鷲掴みにされたかのような鋭い締めつけに襲われる。グスッと鼻水をすする音も聞こえて、さらにその痛みは強くなる。


「・・・やっぱり、私が悪いのよ」


なんて。
狂ったみたいにお妙は自分が悪いと自らを責めやがるのだ。


・・・ああもう、
本当、酔っ払いってのは面倒くさい生きモンだ。特に、素面のままでも面倒くさいこの女は、酔うとさらに面倒くさいことこの上ない。


表ではいつも、あなたたちが勝手に怪我してきたんですから私は関係ありませんから、みたいな顔してるくせに。
裏ではガッツリ悩んでる。
ホント、ばっかみてェ。


「ばっかみてェ」

「・・・なんですって?」


「あ」と俺は自分の迂闊さを呪った。
その台詞は声に出す気はなかったのだ。
しかし一旦喋り出してしまったら止まらない。それが坂田銀時という人間なんだから仕方がないと俺はすぐに諦めた。


「言っただろ、みんな護りたいもの護っただけって」


・・・こういうときってフツーはさ。
手を掴んで抱きしめてやるとか、そういうことしてやるべきなんだろうなと俺は思う。
絶対殴られるだろうけど。

だが生憎、現在俺の両手は塞がってるものだから、どうしようもない。いや、もしも今の両手がフリーだったとしても、実際にそんな行動ができたのかは怪しい。そんな行動ができていれば、こんな苦労はしていない。



言っただろ、みんな護りたいもの護っただけって。
だから、お前がそんなに苦しむ必要なんてないんだ。


そう続けようとした俺だったが、「じゃあ」という背中からの声に遮られる。

なんだよ邪魔すんな、今イイトコだろ。銀さんのキメシーンだぞコラ。


「銀さんは?」

「・・・・・・あー?」


どうして空は青いの、みたいに。
そんな小さくも大きすぎる意味を持った疑問だった。
少なくとも、今の俺には。


「銀さんは、何を護りたかったんですか?」




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