※沖神、銀妙前提


いつものことだが、万事屋に仕事がないある日のこと。団子屋の前の長椅子に腰掛けて甘味を味わっていた俺の前に、見知った黒服の青年が現れた。


「・・・ちょいと旦那、俺の話を聞いてくれやせんかねィ」


赤腫らした額と頬の上から馬鹿デカい絆創膏を貼って、ただ今絶賛不機嫌中という看板を顔に貼り付けた青年は、そんなことを言ってきた。

そして、青年が何を話すつもりなのか、その額と頬の怪我が誰から負わされたものなのか、なんとなーく予想がついてしまう俺。ああどうしたもんかな嫌な予感しかしない。


「言っとくが、痴話喧嘩の愚痴ならお断りだぞ。あと、その怪我の治療費は持たねーからそこんとこよろしく」

「治療費の件は別にいいですけど、世間様の痴話喧嘩ってモンはもっと穏便じゃありやせんかィ?アイツは痴話喧嘩を命のやり取りと思ってる節がありまさァ」


痴話喧嘩=命のやり取り。いつもドメスティックバイオレンス系のドロドロした昼ドラばかり見ているせいだろうか。でもそれは決して俺のせいじゃない。ウチは放任主義だから。


「一体何やったの、総一郎くん」

「総悟です、旦那。・・・なぁに、ちょいとした悪戯心でさァ。そしたら怒った猫に仕返しで引っかかれやした」

「猫、にねぇ・・・」


猫は猫でも、きっとゴリラみたいな腕力と凄まじい食欲を兼ね備えた化け猫なんだろう。


「今日はその猫と俺の話を聞いてもらいてェんでさァ」


こういう始まり方の話の大抵は、世間で言う『惚気』であると生まれて二十●年の経験から俺は悟る。たとえ相手にとっては愚痴とか陰口の類のつもりだろうが、他人から見ればただのノロケ。冗談じゃない。そんな話を聞いてしまったら、アイツと万事屋で二人のときどうしてくれる。この話を思い出して気まずくなること山の如しじゃねーか。


「悪いが他を当たってくれや。俺は用事があるんでな」

「そう、アレは昨日のことでさァ」

「おーい無視ですかドSコノヤロー」


この場から逃げようにも、団子をまだ食べ終わっていないから席を立つことはできない。糖分王の名が廃るってもんだ。仕方なく俺は、聞きたくもない青年と「猫」の話に耳を傾けることにした。


「昨日の昼間、公園のベンチで猫が居眠りしてたんでさァ」

「へー・・・」

「寝顔が可愛かったので、俺は寝込みを襲おうとしやした」

「・・・・・オイちょっと待とうか」

「なんですかィ、旦那。何かおかしなところがありましたか?」

「いや、おかしい。接続詞とか何がおかしいとかじゃなくて、全ておかしいよね」

「そしたらこの通りです。ヘッドバッド食らわされたあと殴られやした」

「当たり前だろバーカ」

「一体何が悪かったんでしょうかねィ」

「全てにおいてお前が悪いわ!バカだろ。お前ホントにバカだろ」


さっき苦労してんなとか思っちまった俺の同情心は撤回させろ。さすがドSの王子様だ。


「で、お前なんかもう知るか酢昆布100個持ってきても許してやらないアルと猫に逃げられちまいまして」

「完全な自業自得じゃねーか」

「これから俺ァ、どうすりゃいいんでしょうか」

「知らねーよ。酢昆布200個上納して土下座すればいいんじゃねーの」


モグッと俺が新たに団子を頬張れば、そりゃないですぜィ旦那、と青年から声がかかる。


「もうちょっとマシなアドバイスくれやせんかィ?」

「アドバイスも何も、そもそも銀さんまだお前らのこと認めたワケじゃないから。お前らが破局しようが俺には関係ないもんね」

「俺は俺と同類の旦那だから、この話をしてるんですけどねィ」

「・・・は?俺と君が同類だァ?たしかに本誌ではドSコンビとして扱われてるけど、それとこれとは違うだろ」

「違いまさァ。俺が言いたいのは『彼女に苦労してる組』ってことです」


彼女に苦労してる、その言葉になぜか俺の身体はビクッと跳ねた。まるで図星というように。え、何反応してんだ俺。


「ハッ、苦労してる?バカ言ってんじゃねーよ、お妙とお前の言う暴飲暴食暴力猫とを一緒にされちゃ困る」

「それじゃあ旦那は、姐さんと仲良くやってんですかィ」

「おう、あったりまえよ」


瞼を閉じるだけで、ほら。昨日の昼間、志村家を訪れたときの彼女とのラブラブな会話が鮮やかに思い出される。



『よぉ、お妙』

『あら銀さん、こんにちは。真昼間だっていうのに何をこんなところでグータラしてるんですか新ちゃんの給料払う気あんのかアァン?』

『ちょ・・・ッ!?怖いから!途中から口調変わってますけど!?』



・・・・・・アレ?


「旦那、なんか焦っていやせん?」

「いやいやッ!焦ってなんかねーから!」



『まあまあ、そんな怖いこと言うなよ。アレだよ?二人っきりなんて珍しいじゃん?ガキ共がいない隙に?イチャイチャしよ―――ぐはァッ!』

『セクハラは止めてくださいな。次胸とか触ったら殺しますよ。あと寝言は寝て言ってくれません?なんなら今から私が寝かせてあげてもいいですけど(チャキン)』

『いや、寝かせてあげるってそっち?永遠に起き上がれない方?』



「・・・・旦那、なんか汗が尋常じゃないですけど大丈夫ですかィ?」

「いやいやいや!何その目、疑ってるの?嫉妬ですかコノヤロー。俺は違うからね、お前らとは違うから!後ろから抱きしめようとしたらアッパー食らったりしだけど!アレは絶対照れ隠しだって、うん」

「・・・・・・旦那ァ、」

「止めろよォォオオ!俺をそんな哀れな目で見るんじゃねェェエエ!ああもう、わかったよ認める!認めてやるよ!そーですよ俺はお前の同類ですよ苦労してますよコンチキショー!」


実際に言葉に出してしまったら、さらに虚しくなった。

・・・・・・はぁ、と。団子屋の長椅子に座って、かつて戦場を駆け抜けた白夜叉と真選組一番隊長が大きな溜息をつくという、なんともシュールな図が出来上がる。


「・・・・・・お互い、大変ですねィ」


ボソリ、と聞こえた青年の声が今の俺には、なぜかとても温かく聞こえた。
だが、それもこの一瞬だけだったようだ。



「あーッ!やっと見つけたアル!」



突然響いたソプラノの声にバッと俺たちが顔を上げれば、青年の言っていた「猫」が必死の形相でこちらに走ってくるのが見えた。青年が小走りでそちらに向かう。


「良かったアル・・・ッ!」

「・・・なんて顔してやがんでィ、お前」


近づいてきた猫は、俺でも見たことがないような、今にも泣きそうなボロボロの顔をしていた。


「だ、だって昨日の夜・・・ッ、過激攘夷派が事件起こしたってニュース入ってたネ。それで今日、いつもの時間になってもお前が公園に来なかったから、もしかしたらって・・・」

「たしかにその事件にゃ俺も関わったが・・・、俺がお前以外にやられるタマかィ」


良かったアル喧嘩したまま会えなくなるなんて嫌だもん。

・・・・・・なーんて、猫は言う。

オイオイ沖田くん。これのどこがツン100%?デレ100%の間違いじゃないの?なんだかんだ言って上手くやってんじゃねーか。俺は絶対認めてやらないけど。

桃色空気まとう二人を遠目から眺めていた俺。その卑しそうな視線に気付いたのか、ようやく青年がこちらへクルリと隊服を翻した。


「旦那ァ、今日はお付き合いありがとうございやした。・・・そっちも姐さんと仲良く」

「うるせーやい!」


フンッと俺がヤケクソに団子を口に運べば、視界の端でニヤリと笑うドSの顔。


「それじゃあ、さよならでさァ。お義父さん」

「おーう、・・・・・・って待てェェいい!誰がお義父さんんんん!?」


俺が叫ぶも青年は素知らぬ顔で、酢昆布買ってやらァと言うとその手を掴んで走り出してしまう。あの野郎、まだテメーには神楽はやらねーかんな!・・・ってアレやっぱり俺お父さんんんッ?


自分でツッコミを入れてみたが、結局残ったのは俺一人と、虚しい気持ちだけ。
一瞬芽生えた同盟心も何処へやら。青年は『彼女に苦労してる組』などではなかった。遠くの方で、手を繋いで走っていく二人の後姿が今の俺には大ダメージ。


「・・・なんで俺だけこう不憫なの?」

「誰がどう不憫なんですか?」

「うおぉっうぅ!?」


突然聞こえたその涼やかな声に、俺は危うく団子の串を喉に突き刺しそうになった。慌てて横を見やれば、さっきまで青年がいた場所にはお妙が立っていた。


「・・・どーしてお前がここにいるの」

「お買物に付き合ってくれるって昨日約束したのに、一向にあなたが現れないものですから。どこで寄り道してるのかしらって、見つけたら半殺しにして財布の中身かっぱらう気でした」

「・・・すいません。これにはちょっと事情があったんです」


そういえば、買物とかそんな予定があった気がする。いや、あった。青年の話ですっかり忘れていたのだ。
ていうか見てみろ沖田くん。これが真の彼女に苦労してる男の図だよコノヤロー。


「よく見つけたな」

「誰かさんが店の前で異様に気持ち悪いオーラを放っていたので」


団子屋のお客さんが減ったら銀さんのせいですよ。そんな言葉を聞きながら、俺は最後の団子を口の中に放り込むとその場から立ち上がる。そしてお妙の隣に並ぶ。


「・・・そんじゃ、買物行くか」

「銀さん、どうしてそんな不機嫌な顔をしてるんですか?」

「ちょっと若者に青春のアドバイス的なものをしてだなァ」

「まあまあ、自分のことを棚に上げて」

「・・・・・・」


俺のことを散々罵倒して、隣でクスクスと笑うお妙。なんだろう。昨日見たときより機嫌が良さそうだ。だが、今抱きついたりすれば昨日の二の舞は間違いないので止めておく。


「俺とは反対に、お前はなんか機嫌良さげだな」

「ええ。さっき、とっても可愛いカップルを見たので。私、今とっても機嫌が良いんです」

へェ、そーですか。どうせどっかの汚職警官とチャイナ娘のイチャってる現場でも見たんだろうねオネーサンは。


「ほら、こうやって」


そのときだ。ブラブラと宙に漂っていた俺の左手が、誰かの手と絡んだのは。
当然、相手は俺の隣にいるコイツで。
呆然とした俺が目を合わせれば、にっこりと微笑んだ顔があって。


「こんな風に、手を繋いでいました」


とっても可愛かったんですよ、とかなんとかお妙は言うが、今の俺にはそんなこと聞こえちゃいない。全身の血液が左手に集中していくのを感じながら口を開く。


「昨日のこと、許してくれんの?」

「いえ、許しませんけど。次セクハラしたら巴投げですよ」

「・・・・・・はい」


え、何この娘。手は繋いでくれてるのに、何だこの冷徹ぶり。これがツンデレというヤツなのか。いや絶対違う。

このあとには大量の重い荷物を持たされ長時間歩き続ける重労働が待ってるんだろうなァと想像してしまって青くなる。ああやっぱり俺って不憫。


「どうしたんですか?顔色が悪いですけど」

「・・・いーや、別に」


俺ってヤツは本当に不憫だ。しかしそれでも、掴まれた手は握り返してしまうし、カクンと小首を傾げる仕草にドキドキしてしまったりするし。

苦労するとわかってはいても、買物だろうが何だろうが付き合ってしまうんだよな俺ってヤツは。


「帰りに、アイス買って家で食うか」

「じゃあ私は抹茶とバニラとクッキー&クリームとビターキャラメルの味のダッツでお願いします」

「・・・・・・一個に絞っとけよな」


わかってますよ、と小さく返された拗ねた声が可愛い。

一個に絞れ、とは言ったけれど。最終的に二個までに絞り込んだらどちらも買ってやろうとか、金欠の財布を持ったままそんなふざけたことを考えてしまうが、これもまたどうしようもない。


結局、沖田くんも俺も、自分の彼女にベタ惚れだっていうそんな話。




【結末の見えてる話】






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