果てしなく広がる青く澄んだ空、そのど真ん中をぶち抜くようにぐんと伸びた飛行機雲。昨日の天気予報では今日は雨だった筈なのに、なんとまあよい天気だこと。まさに卒業式日和とでもいうのか。



「初恋、終わっちゃいました」



そんなよく晴れた三月下旬の春空の下、銀魂高校の屋上で。俺が受け持つクラスの生徒、今はもう元生徒となった少女は、たった今のような失恋宣言をしたのだった。

そして、その宣言は同時に、今まで少女は自分ではない誰かに恋をしていた、という意味も表していた。




【Don't end the love】




初恋が終わった?
少女の台詞を、俺は頭の中で何度も反芻する。慣れないスーツを半日着こんで、ただでさえ気が滅入っているというのに。今の少女の台詞は追い討ちをかけるようなものだ。


元々、突拍子もないことを言い出すのがこの少女の癖だと知っていたが、まさか最後の最後でこんな突発話をおっ始めるとは思ってもいなかった。卒業という今日の晴れやかな舞台に、なんて話を持ち込んで来るんだお前は。


「・・・へェー、恋とか全く興味ないフリして一丁前に恋とかしてたんだ、志村。そんな話、俺は初耳だけど」

「初耳なのは当たり前ですよ、今まで誰にも話したことありませんから」


誰にも話したことがない。ならば、なぜ俺に言うんだ。もしや慰めろとでも言っているのか。冗談じゃない、むしろ慰めて欲しいのはこっちの方だ。


卒業式。屋上に一人佇む俺。その後ろから「先生、私の話を聞いてください」と声をかけてきた少女。そのシチュエーションから、少しでも期待しちまった俺が馬鹿だったのか。


「その初恋相手って誰よ?もしかしてウチのクラスん中にいた?」

「・・・・・・秘密です」


オイオイ、自分から話振っといて秘密って。そりゃねーだろ。


けれども、俺は話の続きを問い詰めるような真似は出来なかった。なぜなら今俺の目の前にあるのは、いつもみたいな意地悪い微笑みではなく切なさに溢れた微笑で、思わず言葉が喉に詰まってしまった。


不用意なことを言って少女を傷つけてしまわないように、俺は慎重に選ぼうとする。だがそれは、思春期のナイーブな心を考えてやる教師的立場なんてものからではない。ただ単に、坂田銀八という一人の男が一人の好いた女に向けての凄く個人的で傲慢な理由からだった。


「・・・お前を振るなんて大した野郎だなァ」


破壊的暴力に殺傷暗黒兵器、その他もろもろを抜けば、一応は標準レベル以上の少女。抜いたもろもろが多過ぎる気もするが、少女の性格を知らない男たちからは結構な人気を獲得していたはずだ。その相手がどうして少女の告白を受けなかったのか俺は不思議でしょうがない。


「え?・・・振る?」

「何だその疑問顔。振られたんだろ?お前」

「私、振られてなんかいませんよ?」

「・・・はい?」

「ていうか告白もしていませんけど」

「・・・はァア?」


唖然する俺に向けて「これから告白する気もありませんけどね」と、ついさっき失恋宣言を掲げたばかりの少女が更に意味不明なことを言うものだから、はァあ?と俺も再び半音上がった声を出してしまう。


「相手に告白してないなら、まだ終わっちゃいねーだろ。馬鹿ですか、オメーは」

「馬鹿は先生です。たとえ私が終わらせたくなくても、今日で終わりなんです」


終わらせたくなくても今日で終わり?今日の卒業式で?
ますます意味が分からない。もしかして進路や学年が違うとかそんな理由か?しかし、それだけでは、ようやく芽生えた初恋を終わらせなくてはいけない理由にはならないと思う。きっと、もっと決定的な大きな理由があるはずだ。じゃあそれは一体なんだ。


「ったく、意味わかんねーよ。終わらせたくないのに終わるなんて、変だろうが」

「廃れた恋愛しかしてこなかった先生には分からないですよ、きっと」


なんだコノヤローと言い返そうとした俺だったが、苦しげに笑う笑顔を見てしまってまた言葉に詰まってしまう。


「それに、告白しても結果はきっと同じですよ。その人、今まで私のことなんて、ちっとも見てくれなかったんですから」


そう言って、やっぱり苦しげに、また辛そうに少女は笑うのだった。


その笑顔を見て、憎いと思った。当然、少女の初恋相手が。
一年かけて俺が掴むに掴めなかったものを、こうもあっさり掴んでいって、俺が知らない間もずっと少女を独占してやがったソイツが。是非ともその顔を拝んでやりたい。できれば一発殴らせろ。
そして最後に俺はソイツに向けて大きく叫んでやるだろう。どうしてコイツの想いに気付いてやれなかったんだと。


「見てくれてた、かもよ。お前のこと。・・・・・いや見てたよ、絶対」


その相手さん、と付け加えてやれば少女は不思議そうな顔で首を傾げた。


「どこから来るんですか、その自信は」

「教師の勘」

「あら、銀八先生って教師だったんですか」

「オイてんめっ」


最後まで俺をコケにする発言をする少女だったが、なんとか俺は苦笑を返してやるだけに留めた。


「いいから行ってみろよ。当たって砕けろって言うだろ」

「砕けちゃダメじゃないですか」

「大丈夫だ。お前固いから砕けるのは相手の方かもしれねーぞ」

「どういう意味ですかソレ」


額に青筋を浮かべて拳を構えるこの少女に、「胸が」と続きを言ったらやっぱり殴られるんだろうな。だから言わない。卒業する今となっては少し名残惜しい気もするが、最後まで少女の暴力に付き合わされるのは御免だ。


結局、俺は。


「さあさあ、青春ですかコノヤロー。こんなトコにいねェで、さっさと行ってこい、志村姉」


自分の想いを告げることなく、少女の背中を押してやる道を選んだ。ヘタレ野郎?腑抜け教師?なんとでも言え。


卒業式を終えた今は、もう元担任だけど。少女の辛い家庭事情を知っている俺としては、少女にはどうにか幸せになってほしい。自分がその隣にいられないことは残念だが。けれども俺たちは教師と生徒。この気持ちに気付いたときから諦めはつけていたから今更どうってことはないんだ。本当に。


「・・・・・・まだ、間に合うでしょうか」

「さァな」


ふとフェンスの向こう、先述したように綺麗な青空に目がいく。その下の校舎前にはまだ卒業生や在校生たちがわらわらと集っていた。そういえば卒業写真を撮る予定だったな。もしかしたら、あの中に。


「さァなって、先生。自分の言った言葉くらい、責任を持ってくださいよ」

「・・・・・・まあ、何もしないで勝手に失恋するよりは、ずっといいんじゃねェの?」

「・・・・・・・・・」


小さな空白のあと、数拍置いて。「ありがとうございました」と少女が頭を下げた。どうやら踏ん切りをつけたようだ。
それに俺はおーと気の抜けた返事を返すだけで、引き止めるなんて真似はしない。そしてその場から身体を背向けて、去っていく足音を背中で聞く。よくやった俺。これでようやく、銀八先生の出番はおしまいだ。


何処に持って行けばいいのかわからない、強く窮屈な苛立ちが俺を蝕んでくるが、そんなもの見えない聞こえない感じないふり。俺はただ、タンタンと遠のいていく自身の恋の足音を聞きながら、切に願ってやるだけ。どうかあの少女の恋が叶いますようにと。




だが。このあと俺は、屋上の手すりに頬杖をつきながらアレと違和感に気付くことになった。




背中から聞こえている足音は、一向に屋上から消える気配がなかった。それどころか、一旦離れかけたそれは、こちらに近づいてさえいる気がする。いや絶対近づいている。



タンタンとローファが俺のすぐ真後ろで鳴り響いて、間違いではないと確信して俺は思いきって振り返った。
そこにはやはり、屋上から去るはずの少女がいた。


「・・・・・・志村?・・・お前、なんで、」


「・・・・・・好きでした」


「・・・・・・・・・へ?」


「好きでした、銀八先生」


ありえない言葉が、少女の形の良い唇から零れた。呆然とする俺。それを見た少女は、「ほらね」と漏らして口元を歪めた。



「初恋、終わっちゃいました」



今にも泣き出しそうな顔で、冒頭の台詞を口にした少女は寂しそうに笑った。そして俺が何か言う前に、「さようなら」と理不尽な別れの言葉を残して、その場で翻る白のセーラー服。



「おい待てッ!」



ああ、そうだ。考えてみれば簡単に答えは出た。


終わらせたくなくても終わってしまう初恋の理由は、少女が生徒で、俺が教師だからだった。俺が一年間抱えていた悩みを、少女も抱えていたということになる。


けれど両思いだと知った今なら、俺はこう思う。教師?生徒?それが一体どうしたんだ。


逃げ出そうとするそのセーラー服の裾を、俺はガッチリと掴んだ。そう掴めた。一年の、最後の日の、この瞬間に。自分でも遅過ぎたと思うが、まだ間に合うかもしれない。いや間に合わせてみせる。


「先せ・・・ッ、」

「勝手に終わらせんな・・・ッ」


初恋が終わった?俺ともう会えなくなるから?
なんて紛らわしい言い方をしやがったんだ、お前って奴は。この馬鹿。全く気付かなかった俺はもっと大馬鹿野郎だけれど。


失恋は、ちゃんと返事を聞いてから失恋ってことにしろよ。


掴んだ手に力を込めてそう言ってやれば、若干涙で濡れた目が射るように俺を見た。おいおい、ここで上目遣いは反則だろうが。


「・・・・・・なァ、志村姉、」


お前はひとつ、大きな勘違いをしてやがるんだよ。お前が俺を想っていたように、俺も、お前が、


たった二文字のはずなのに、教師だ生徒だ、何だかんだと理由をつけて約一年間。俺の心で燻ってやがった想い。それをようやく、ここで口にしてやった。


うそ、と俺の言葉に目の前で大きく見開かれる目。ほんとう、と返せれば更に大きく見開かれた。


「・・・本当、ですか」

「本当」

「本当に本当ですか?」

「本当だってば」


それでも尚、確認するように何度も本当かと問うてくる少女。終いには「嘘だったら殺しますからね」と最早脅しのような言葉をかけてくる始末。怖えーよオイ!


なんだか一々肯定するのが面倒になった俺は、手っ取り早く今の自分の気持ちを伝えられる方法をとらせてもらう。具体的に言うなら、握ったままの裾を引き寄せて、その細い身体を強く抱き寄せた。可愛い悲鳴が上がるも問答無用だ。


「これでも信じてくんねーなら、もっと証明してやるけど?」


ぎゅうと音がつく程に強く抱きしめたまま、耳元に擦り付けるようにそう囁いてやれば、すぐさまコクコクと激しく上下する少女の頭。信じます、という意味で捉えていいんだろうか。

身体を離してみれば、真っ赤な顔をした少女が目に入った。告白は随分遅すぎたような気もしたが、どうやらそうでもないらしい。告白せず無駄に悶々と過ごした一年を思い返せば、嫌でも笑いが込み上げてくる。


「あ・・・ッ!」


そのとき、目の前の少女が大きく声を上げた。その視線の先を俺も見やけば、少女の胸につけられていた式の造花がペッタンコに潰れていた。ついでに言うと俺の方も。あ、いっけね強く抱き締めすぎたか。


どうしよう先生この後みんなで写真撮影じゃないですか、と必死に造花を直そうとする少女。だがもう完全に潰れたそれは修復できそうにはなかったので、まあ別にいいじゃねェか、と俺は少女の手を制した。



結局、潰れた造花は直されることなく、そのあと撮られた3Zの集合写真。

その中に映る俺たち二人の造花だけが、ペッタンコに潰れていた。それを知るのは俺と少女のたぶん二人だけ。なんとなく優越感。あのシスコン眼鏡がこれに気付くのは時間の問題だと思うけれど、今はそれで十分だった。


潰れた造花を胸に、どこか赤い顔で笑う写真の中の少女が愛しくて、そっと小さなキスを贈った。
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