※3Z沖→神

壊れたカーテンがつくる、窓の外が覗く小さな隙間。

その向こう、窓のサッシが切り取る青の世界からブワッと夏特有の生温い風が吹きこまれ、放課後の教室はより一層強い熱気に包まれた。


窓際の席を陣取っていた俺はその風をモロに受け、一瞬顔を歪める。だが、そんな風の存在など、すぐに記憶の端に追いやられることになった。
俺の視線の先は、ただ一点。机を挟んで向き合って座るチャイナにのみ、注がれていた。



「ん・・・、なに見てるアルか」



朱色混じる珊瑚色の髪が、吹き抜けた風に揺れる。その柔らかい桃色がまた、瓶底眼鏡から透ける瞳の青と良く似合う。

茹だるような暑さに眼鏡の奥の睫毛と目を僅かに伏せて、悩ましげに眉を寄せる。そのどこか憂いを帯びた表情に。


・・・不覚にも、かなり、キた。


「おい聞いてんのかサドこら。何ヨ、私の顔になんかついてるアルか」


汗をかいた額にビタリと前髪をくっつかせたチャイナは、小首を傾げながらペタペタとシャーペンのない方の手で自身の顔に触れる。
そんな彼女に俺は、いや違う、と制する。
俺はただ、チャイナの顔に見惚れていただけなのだ。


「いや、何でもねェよ」


自分の気持ちを率直に言えない素直じゃない俺、沖田総悟十八歳の夏。
しかも、軽く相手をつっぱねるような発言をしてしまうのなんて、まるで中二じゃねェか。

しかしチャイナは、そんな冷たい俺の返しに表情を曇らせることなどなく、代わりにハッと息を飲み、次の瞬間、何を思ったのか両手でガシッと自信の身体を抱いた。
おい、何してんだ。


「さては、汗で火照る神楽様の身体を見て、変な妄想でもしてたアルか。変態!」
「・・・はァア?」


何言ってんのお前。
お母さーん、ここに自信過剰のイタイ子がいるよー。
・・・みたいなドS顔を瞬時につくった俺に、誰か賞賛を送れ。
実際のところ、今チャイナの言ったことは大体正解だったりする。
ハッ、変態で結構でィ。


「しばらく私に近づかないでヨ!」
「寝言は寝て言えって言うだろィ?そういうことは、そのペタンコボディをなんとかしてから言いなせェ」
「なっ!ペタンコの何が悪いアルか!貧乳は『すてーたす』だって、銀ちゃんが前に言ってたヨ!」
「そりゃあ、ただの哀れみだ」
「なんだとサドこらテメー!ちょっと表出るヨロシ」
「教室に表も裏もあるかィ。つーか、喧嘩する前に、まずはその補習プリント仕上げたろどうでさァ」


机の上のいまだ真っ白な紙、もとい遅刻&早弁&居眠り&器物損害の罪でチャイナに課せられた補習プリントを指差せば、「げ」と短い断末魔のような声が上がった。

揚げ足を取られたチャイナは、あーもうムカつくネ!と漏らして頭を掻く。そして俺をひと睨み、「後で決着つけてやるから、その首洗っておくがヨロシ」と一言。


・・・この暑い中、バトろうってのかィ。
元気の有り余るチャイナにウンザリして、窓の外に視線を逃した俺。


だがその直後のことである。
グイグイ。
誰かさんのシャーペンの上部、ウサギの耳部分が俺の手の甲に強く刺さる。
おいそれ止めろ地味に痛い。
苦痛に顔を歪めながら目線を向ければ、人差し指で真っ白な紙を指差すチャイナがそこにいた。


「ココ、わかんないネ。答え教えてヨ」


たった今「首を洗って待ってろ」と言い放ったばかりの相手に向かって、答えを教えろとは。図太い神経してるなコイツ。


「またかィ。しかもココ、一年んときに習ったヤツじゃねェか」
「う、うるさいアル!・・・こ、ここは丁度転校してて、すごく忙しかった時期だったのヨ!」
「その言い訳五回目だぜィ?お前は何回転校したら気が済むんでィ」


呆れを通り越して笑えてくる。
しかし、いいからさっさと教えろヨ。そんな怒ったような言葉に急かされて、俺は仕方なく真っ白いプリントを覗き込んだ。

そのとき、ぐいと俺の反対側からも、プリントに顔を寄せる奴が一人。


「おいチャイナ」
「なんだヨ」
「・・・ちょっと離れろィ」
「はぁ?何でネ、離れてると見難いアル」
「いいから、さっさと離れやがれ」


今の俺とチャイナの距離は机一つ分。
しかし顔は、鼻と鼻がくっつくような距離。数値に表せば、距離は20センチ以下。ふと顔をあげれば、真っ青な目とかち合った。


いつも、あァんやんのかテメーコノヤローと睨み合ったり、死にやがれ!いやお前の方が死ね!と罵り合ったりするとき。
マウントポジョションを取ったり取られたりするとき。
高三の男女とは思えないほど、俺たちの距離はいつもかなりの近距離だ。


だから、こんな距離、いつもと変わらないじゃねーか俺。
そう言い聞かせてみる。
随分前に、この距離で胸倉掴まれた上に頭突きされたことだってある。



それなのに、なんでこう、心臓に負担がかかってるんだか。
あと、顔がものすげー熱い。暑いから、という理由だけには出来ないくらい。



「プププ、もしかして、サドのくせに意識しやがってるアルか?」


憎たらしく笑うこの笑みを、どうやったら崩してやれるのか。



そーだよ、意識してて悪いかィ。



きっとチャイナのこの憎たらしい顔を一瞬で歪められる、そんな素晴らしい切り返しは一秒で思いついたのだが、実際にそんな風に返せていたら、今頃俺はとっくにチャイナに告れているはずだ。



「さっきも言っただろィ、寝言は寝て言え。バカチャイナ」



ハッとチャイナの言葉を鼻であしらった俺は、汗で滲んだ手でプリントを自分側に寄せる。
俺を吸い込まんとするかのように、俺を見つめ続ける青に心臓が酷く煩い。
動揺を見せないよう、サラサラと頭の中の公式をプリントに書き殴る。


「・・・あ!わかったアル!」
「そりゃ公式に当てはめりゃ誰だって解けるだろ」
「ありがとうヨ。まあ、サドごときに教わるなんてちょっと屈辱だけどな」


サドごときって何だオイ。
しかし、ありがとうと言われた照れで俺の今の感情は満たされてしまったようで、怒る気など起きやしなかった。
アレ、なんか安いな俺の感情。


「他にもわかんないところがあるヨ」
「あァ?どこでィ」
「えーと、この下のヤツ三つと、その横のヤツ五つと、あとこれネ!」
「はいはい・・・ってオイ、残り全部じゃねーか。分けて言っても騙されねェぞコラ」


宿題手伝ってヨ。

帰り際、そんな台詞と共にされた、上目遣いに騙された俺が阿呆だった。
そういや、銀八が女の上目遣いには気をつけろとか言ってたな。どうやらアレは正しかったらしい。
どこが手伝え、だ。
私の代わりにやれヨ、の方が正しいだろ。


フーッと脱力して席にもたれる俺。
そして俺の疲れ果てた顔がそんなに面白いのか、ニシシッとちっとも女子らしくなく笑いやがるチャイナ。


普通の男なら全く意味はないんだろうが、生憎、チャイナに惚れてる俺には効果があってしまうんだから質が悪い。
くそ、可愛い。


あーあ。



「ベタ惚れだなァ、こりゃ」



「・・・は?いま、何か言ったネ?」
「アーホバーカ鈍感チャイナ、って言ったんでさァ」
「んな!アホとかバカとは何ヨ!ていうか今の、そんな長い台詞じゃなかっただろ!」


今日、何度目かの嘘だった(鈍感チャイナはマジだけど)
そうして俺は、今日も素直になれないまま。




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