「ただいま戻りましたー」

つい一時間ほど前に依頼された荷物運搬の仕事を終えた僕は、戻ってきたばかりの万事屋の中へ呼びかけた。
玄関には珍しく綺麗に並べられた上司のブーツ。自分と同じ従業員である少女の靴はない。定春の散歩かなと推測する。
そして僕は、今朝家を出る時に見た女物の草履を発見した。
どうやら汚く転がしたブーツを並べ直したのは上司自身ではないらしい。

ふと耳を澄ませば、リビングの方から上司と自分の姉の声が聞こえてきた。それも、少し大きい。喧嘩とまではいかないが、何かを言い合っているようだ。

僕疲れてるんだけどなぁ、と。
これから自分が受けるであろう『とばっちり』を予想して、僕は少しだけ眉をしかめた。重くなったような気がする足を引きずって、リビングの戸を開いた。

「あら、新ちゃん。ちょっとお邪魔してるわね」
「おー、ごくろーさん、新八ー」

何かの口論を一時休戦して、僕を出迎える二人。

「・・・二人とも、何をそんなに熱くなっているんですか」
「あら、聞こえてたの?」
「そりゃあもう」

僕の視線の先には、テーブルの上の冷めたお茶と食べかけの和菓子。普通、お茶が冷めれば気遣い上手な姉上が入れ直すだろうし、銀さんが菓子を食べずに話込むなんてよっぽどのことだ。一体、今日の二人は何を口論していたのか。
その時、僕を見ていた銀さんが、突然ピーンと人差し指を立てた。

「よーし!このままじゃ埒が明かねェ。だから新八に聞いてみようぜ」
「ええ、銀さんが良いならどうぞ?」
「え、何をですか?」
「まあまあ、とりあえずそこに座れって」

銀さんに促されるまま、僕は姉上の隣に腰掛けることになった。

「新ちゃん」
「え、あ、はい。なんですか姉上」

なにやら真剣な面持ちをした姉上が低い声音で僕に話しかけてくる。何だかシリアスな予感がして、僕の身体が強張る。
身構えた僕へ向けて、姉上の形の良い唇が言葉を紡ぐ。

「子供は絶対、女の子がいいわよね?」
「・・・・・・へ?」

予想だにしない質問に、思わず眼鏡がずり落ちた。
姉上?今、何て言いました?
混乱に陥る僕。しかもそこへ拍車をかけるが如く、「いやいや」とテーブルを挟んだ向こうで銀さんが口を開く。

「いやいや新八くん、女より断然男だよな」
「・・・・・・はい?」

最早何を言っているのかわからない僕とは違い、隣に座る姉上は珍しく年相応の子供っぽいムッとした顔で口を尖らせる。

「たしかに男の子もいいですけど、やっぱり女の子でしょう」
「いーや、男だね」
「女の子です!」
「男だ!」
「いやいやいや・・・・、はい?」

子供?
女の子がいい?男がいい?
僕の頭の中では、意味不明な言葉が無限ループしてどうにかなりそうだ。何を言っているんだ、この人たち。

「・・・すみません。全く状況が掴めないんですけど」
「だーかーらー、子供は男と女どっちがいいって話だよ」

当たり前のように、銀さんはそう言った。
・・・ああ、なんだ。姉上と銀さんが言い争っていたのは、子供は男の子と女の子のどっちがいいってことだったのか。そうか、そうか。・・・・・・って、え?

「絶対女の子よ!」
「絶対男だ!」
「女の子!」
「男!」
「オイコラ待てェェエエッ!」

テンパる僕に構わず口論を続ける二人の間を裂くように、僕の怒声が響いた。
そして勢いよく立ち上がった僕は湧き上がる怒りに身を任せて、向かいのソファに座る銀さんの襟首を強く掴みあげた。

「オイいつからだ天パァ!いつからそんな関係になったァァアアッ!」
「え、何!?どーしたの新八くーん!怖い!怖いよ!眼鏡の奥からレーザー出せるよ今の君!」
「レーザーはいいから答えろォ!いつの間にガキなんてつくりやがった、アァ?」
「ちょっと何を言ってるの、新ちゃん?」
「姉上もです!どうしてそんな大事なことを今まで黙っていたんですか!」
「大事なこと?」
「二人の子供のことですよ!」
「「・・・・・・はあ?」」

一瞬の、静寂。
半ば叫ぶような僕の声に何を思ったのか、ポカンと銀さんと姉上が固まる。アレ、僕何かおかしなこと言いましたっけ。

「何言ってんの、新八。俺にもコイツにも、ガキなんていねェけど」
「え?」

パッと僕の手が離れると、銀さんは疲れた顔で「なんかお前勘違いしてね?」と口を開いた。
なんでも銀さん曰く、それは約30分前のこと。
リビングのテレビに映った、まだ一歳にも満たない赤ちゃんを見て、『子供は女の子がいいわね』と姉上が呟いたそうだ。それが事の発端らしい。
それから銀さんが『いや男じゃね?』と言い出して二人の意見は対立、そして今に至ったらしいのだ。

「もう、新ちゃんたら。一体何を勘違いしていたの?」
「・・・いえ、なんでもありません」
「おうおう、怖いねェ。キレやすい最近の十代ってヤツですかコノヤロー」

誰のせいでこうなったと思っているんだと、思わずその白髪頭をかち割りたくなる。しかし実際は、僕の勘違いだったみたいなのでそれはできない。
でも僕が謝るのは、なぜかとても理不尽な気がしてならない。
だって。

「そもそも、何でそんなに女にこだわるんだよ」
「あら、女の子なら可愛くしてあげれるじゃない。大きくなったら一緒に買い物だってできるし。他にも色々あるわ。銀さんも女の子が生まれれば、きっと良さがわかりますよ」
「そうかァ?」
「ええ。・・・ああ、でも女の子からしたら、天パってかなりのコンプレックスになるものよね」
「オイ待て。生まれてくるガキは天パ前提か。させねーよ俺は!遺伝子捻じ曲げてもサラサラストレートのガキにすっから!」
「ていうか銀さんこそ、どうして男の子が良いんですか?」
「いいじゃねーか、男。きっと俺みたいな立派な侍が生まれるぞ」
「この世に糖尿天パ侍は二人もいらないです」
「だからなんで天パ前提ィィイイ!?」

ほら、見てくれないだろうか。
僕の目の前で繰り広げられる二人の会話は、まさに『そういう』会話じゃないか。

「・・・はぁ」
「オイ、何溜息ついてんだよ」
「言いたいことがあるなら言いなさい、新ちゃん」
「ああ、すみませんでした二人とも。なんでもないんです。僕には構わず、どうぞ続けてください」

僕は両手を差し出して、どうぞどうぞと促す。やけに大人しい僕の様子にしばらく頭上に疑問符を浮かべていた二人だったが、どちらからともなく再び口論を開始した。

「だから女の子の方がいいわ!」
「いーや、俺は絶対男がいい!」

終わりの見えない『子供の性別』についての議論戦争。それを眺めながら、今度は隠れて、こっそりと僕は溜息をついた。

そもそもどうして、そんなに熱心に語り合う必要があるのか。
別に、銀さんの子供が男だろうが、姉上の子供が女だろうが、お互い関係ないだろう。
当事者同士でもあるまいし。




家族計画 '100605

別にお前ら二人の子供じゃないんだからと。新八が指摘してやっと事に気づいた二人が一緒に赤面したらいいじゃない。

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