くぁ、と猫みたいな欠伸がひとつ落ちてくる。 眠いのかと月明かりだけの暗がりで問えば、ふんっと鼻を鳴らして「まだ十二時前アル。歌舞伎町の女王様をなめるなヨ」と彼女は言う。 しかし、半ば閉じかけてうつらうつらとする目で言われても全く説得力がない。そこを指摘してやればうるせーバカと理不尽過ぎる暴言を吐かれた。うるせーバカ。 その後も、何度か桃色頭はこっくりこっくりと宙を彷徨いながら船を漕ぐ。 そして不意に眠りから覚めると、決まって彼女はこちらを向いて、「寝てないからな!」「これは今、ちょっと首のストレッチしてただけアル!」と、俺が聞いてもいないことをペラペラと勝手に言ってきた。それじゃあ自分で寝てましたと言ってるものではないだろうか。 しばらくそれが繰り返された頃。 ガクンッと、今までの中で一番大きく、彼女の頭が揺れ傾いた。それからしばらくしても、寝てないと弁解が発せられることはない。 「オーイ」 「・・・・・・」 呼びかけてみたが反応はなし。 腕時計を見やれば十二時半といったところ。まあ、いつも九時には寝ているという良い子なコイツにしてはかなり頑張った方だろうなと思う。 ふと、彼女の身体がプルプルと震えているのに気がついて、慌てて彼女の肩にかかっていたブランケットを首元に強く巻きつける。それでもまだ寒そうだったので、俺にかかっていたモノも巻きつけてやる。 「・・寒ィ」 身体を覆っていた温かさが消えた途端、夜の冷気が隊服の上から刺してきた。 しかし彼女から奪い返すなんて真似はできない。したくない。 どうしやしょうかねと段々冷えていく自身の身体の心配をし始めた、そんなときだった。 突然、小さな重みが加わった。 その重みは、俺の肩にコテンと乗せられた桃色頭のもので。 目が覚めたのかと一瞬ドキリとするが、すぅすぅと意外に可愛い寝息が聞こえてきてすぐに安堵した。たしかに意識がある時に、彼女がこんな可愛いことをしてくれるはずがないよなと心の中で苦く笑った。 規則的に彼女の身体が上下するたび、桃色の髪が頬にあたってくすぐったい。 そして彼女の子供体温が冷たくなった皮膚を溶かしてくれるように、じんわりと俺の身体に熱が広がっていく。俺も彼女も温かい。そして俺は幸せだ。なんという一石二鳥。 ありがとうなァと聞こえない感謝を彼女に告げて、彼女の肩に腕を回し俺は満足気に空を仰いだ。 その時、俺は空に起こった違和に目を細めた。 きらりと、夜空が瞬くのが見えたのだ。 「 あ 」 俺は、見た。 何隻かの宇宙船のさらに向こう側で、次々に空を飛び交っていく、星屑たちを。 「オイ、起きろ」 お前はコレが見たかったんだろう。 今日この瞬間のために、俺たちはこの寒い中外で空を見上げていたんだろう。 夜の冷たい空気を吸い込んで、声を絞り出そうとする。が、それは声にならず喉の奥に飲み込まれる。 なぜなら残念なことに、ブランケットに埋もれた彼女はもう完全に夢の中だった。一度や二度の声で起きそうにはなかったし、第一に、二重のブランケットの温かさに頬を緩めて、安らかに眠る寝顔は誰にも邪魔できないだろう。仕方なく俺はもう一度、一人で夜空を仰いだ。 天使みたいな寝顔は見ていたい。 けれども、どうして起こしてくれなかったネ!と後から責められるのは面倒だ。どうしたらいい。 そうだ。俺も寝ちまったことにしよう。それなら後からなんやかんや言われても、お前も寝てただろうがと返してやればコイツも黙るだろう。 そう決めて、肩にかかる重さの上に、少しだけ頭を乗せてみた。キラキラと瞬き続ける空を視界の端で眺めながら。 肩でモゾリと、彼女の頭が動いたのはそのすぐあとのことだ。 「いかないで」 不意に聞こえてきたそれにギクリとしてそちらを見やる。閉じた目は狸とは思えないから、今のはたぶん寝言。 (・・・いかないで、ねえ) そのあとに続けられたのは、「マミー」という名詞。ふぅ、と思わず息が漏れた。 銀ちゃん、とかだったら嫉妬が芽生えただろうが、さすがに彼女の母親に嫉妬するほど俺は嫉妬深くない。 嫉妬の代わりに、ぎゅっと効果音がつきそうなほどに強く、けれども優しく、彼女の柔らかい身体を抱きしめた。俺はどこにも行かねェよと伝えたくなって。 そういえば流星群も一応流れ星と呼べるんだっけ。 じゃあ俺は今すぐに、コイツの幸せを願ってやりたい。なんて、柄にもないことを思った。 「・・・だい、すき」 また寝言だ。そう寝言。続けられるのは、また「マミー」だと思っていた。 だが、そのあとに続いたのは、「おきた」なんて名詞で。 おきた、沖田。 俺が知る限り、沖田ていう人間は俺以外のだれでもないはずだった。 俺のことを大好き、と、彼女は言ったのだ。 静かな夜に響きそうなほどに大きくなった心臓の音を隠すように、より強く彼女の身体を抱きしめる。照れ隠しだった。 彼女の幸せを星に願うのはやっぱり止めだ。 流れ星なんて信用ならないじゃないか。 それに、神様や星なんかじゃなくて、俺が幸せにしてやらなきゃダメなんだと気付いた、そんなある温かい夜のこと。 星が降る夜 '100530 |