通学途中にある、自宅近くの分かれ道だった。右の坂道に入れば俺の家で、左の路地を行って角を曲がると彼女の家。ようするに、ここでお別れだったのだ。

「それじゃあ、ばいばい。また明日ネ」

分かれ道のちょうど真ん中、そこに立った彼女はひらひらと片手を振った。
学校から今まで、ずっと隣を歩いていた彼女が離れてしまうと、さっきまで彼女が居た左側がどこか冷たくなってしまった気がする。
いつもの自分なら、おうと頷いて手を振り返すだろう。また明日なって言ったきり、黙ってその背中を見送るだろう。
けれども、今日は違う。気がついたらいつのまにか、ひらひらするその手首を掴んで、彼女の身体ごとを引き寄せていた。
彼女の口から、うおぅと間の抜けた声が飛び出た。こんな男らしい悲鳴にでさえ愛着を感じてしまう俺はもう末期だった。

「ねえ、」
「ん、」

抱きしめた体勢でそちらを覗き込む。腕の中の彼女はぎょっとしたように顔を歪めていた。まんまるく見開いた青い目が俺の顔を映している。

「何のつもりアル」
「ほら。こうゆう、別れ際の時ってよ、」

何かするもんだろィ、世間で言うコイビトたちのサヨナラって。何かって何ネ。そりゃあお前アレだろアレ。だからアレって何だヨ、言わないとわかんない。だからさァ。

「目、」
「・・・目?」
「目ェ、閉じてろィ」

わけがわからない、と言うように。彼女は怪訝な表情をする。どうやらこちらの意図は伝わらなかったらしい。
仕方なく、「キスするから」と直球に言った。途端、ハッと息を飲んだ彼女は慌てたように瞼を閉じた。そんなに強く瞑らなくてもいいのにと思う。

睫毛から頬にかけてを、薄くのっぺりとした影が落ちる。睫毛が長いとか、肌が白いとか。付き合う前から知っていたはずの事を再認識する。
一体何と戦うつもりなのか、強く握られた拳。真一文字にキュッと結ばれた唇は、わなわなと震えている。それらに気づいて、変な女、と思った。

「らしくねェな」

いつもの威勢はどうした。ビビってんのかィ。聞こえるはずもないと思って、小さく呟いたそれはしかし、地獄耳の彼女には聞こえてしまったらしかった。

「び、ビビってなんかないネ!」
「いや、何を今さら。思いっきりビビってんじゃねェか」
「うっせーヨ、本人がビビってないって言ってんだからビビってないネ」

彼女が閉じていた瞼をバッチリ開いて、抗議の声を騒ぎ立てる。なんて強情な奴だろうこの女は。はいはいそーですか、と半ば呆れ混じりの相槌をついた、その時だった。
目の前の彼女がはっ、と鼻で笑った。

「だ、大体!おっ、おおお怖じ気づいてんのはお前の方じゃないアルか!」

ビシィッと勢いよく指を差される。俺は眉をひそめて後方を振り返ったが、誰もそこには居なかった。あるのは道端の電柱ぐらいだ。まさか電柱に向かって「ビビッてる」なんて言うわけがないので、つまり、彼女が指を指したのは俺自身ということになる。
へえ、と。己の口から低い声が出たのがわかった。

「俺がビビってる、ねェ?」

言ってくれるじゃないか。この俺がヘタレ野郎だなんて。しかし不思議だ、罵られたわりには内心機嫌が良い。口元がニヤニヤと笑い出す。

「そんじゃ、証明してやろうかィ」
「おう、証明してみやがれヨ・・・・・って、あぁっ?」

しまった、という顔をする彼女に向けて俺は笑った。それはきっと、いつものニヤリとした質の悪い笑顔だったに違いない。
彼女の顎を手のひらで包むように掴む。咄嗟に身を引いた身体を逃がさないように、もう片方の手で肩を抱き寄せる。ぐんと、ふたりの鼻先が近くなる。
茹で蛸みたいに赤い頬と耳と、ぷるぷると震える瞼が間近に迫った。本人は否定しているが、明らかに怯えと不安の色をした瞳がグラグラと揺れていて、それが妙に熱っぽく俺を見つめてきた。

「・・・嫌か、」

と聞いた。嫌か、俺とこういう事するのは。

「嫌じゃない」
「じゃあ、なんで、そんな目すんの」

なんで。俺の問いかけの声は弱々しい。彼女に拒否の反応をされた事は意外にも、俺のハートに深刻なダメージを与えていたらしい。あれ、俺ってこんな弱っちい奴だっけ。

「だ、だって!」

マイナスだった思考に、彼女の大声が入り込んだ。現実に引き戻される。思っていたより声が出てしまったのか、彼女自身も自分の言葉に驚いた表情をしている。

「だって。わかんない、んだヨ・・・!」
「・・・」
「私だって、ネ、ちゃんとしたいのに。でもなんか、」

わかんないのヨ、呟くようにそう言って、彼女は強く組んだ両手でぎゅうっと胸を押さえつけた。

「お前が珍しくまっすぐこっち見てくるから、」

心臓ばくばくいって変になるのヨ、と。その言葉だけで、十分だった。
彼女の頬の赤みが、俺にも感染った気がする。極めつけは、キッとこちらを睨んでの一言だ。

「これぜんぶ、お前のせいヨ」

沖田コノヤロウ、と文句の言葉は、俺が彼女を抱き締めた事で途切れた。
ちょ、おまえ、離すネ!コラ!セクハラアル!抱きついた相手が何かをギャーギャー言ってるが聞こえない。バンバンと背中を叩かれるが、問答無用だ。滅茶苦茶痛いが、この際気になどしてられない。
このまま抱きしめ続けてやりたいのだ。心からそう思った。舐めたら甘い味がしそうな、その真っ赤な耳に、頬に、唇に噛みついてやりたい、とも。

どうしようか、そんなことしたら今度こそ嫌われるか、しかしでも。
しばらく理性と本能の境目で戦い続けていると、腕の中でジタバタ暴れていた彼女が大人しくなっている事に気づく。どうしたのかと思っていれば、ゆるゆると、ぎこちなく背中に回される手の感覚。
あ、抱きしめ返されたんだ、と気づいた。




まだまだ青二才の僕ら
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