空や海よりも、清く澄んだスカイブルーの瞳が、食い入るようにテレビを見つめている。
向かいのソファに腰かける僕から見た、横顔はひどく真剣だ。見ているこちらまで、思わず身体を強張らせてしまう。
僕としては、真剣な彼女の邪魔はあまりしたくないんだけれど、今は昼食中だ。茶碗と箸を両手に握りしめたままソファから立ち上がり、食卓の並ぶテーブルから身を乗り出すのはマナーとしていただけないだろう。食べるときはちゃんと、椅子に座って食べないと。

「行儀が悪いよ、神楽ちゃん」

うるさい駄メガネ邪魔すんな、なんて、きっつい毒舌が返ってくるのも承知していながら僕がたしなめる。だけど、返答は来ない。

「神楽ちゃん?」
「・・・・」

ひょっとしたら自分の地味さ加減がついにレベルアップして僕の存在にすら気づいてもらえなくなった、という恐ろしい考えが頭をよぎってしまった。が、それは杞憂だったみたいだ。
彼女は最初から、僕の声など聞いていなかったのである。
今の彼女の目も耳もすべての感覚器官は、目の前のテレビだけに向かっている。
数分前からずっと、それだけが変わらない。
一体、何が彼女をそうさせているんだろう。僕の視線も自然とテレビに向かう。そして驚いた。
奇怪なことに、テレビのチャンネルはニュース番組に設定されていたのだ。明日の天気は雪か、それとも槍か。どちらにせよ、僕はてっきり、昼時には相応しくない泥沼の昼ドラにでも夢中になっていると思っていた。
食い入る視線をテレビに向かわせる彼女。天人である彼女は、画面に映る文字やキャスターの早口をちゃんと理解できているのだろうか。
画面に映っているのは、小さなテロ事件の報道だった。

「なんだか最近、テロ事件が多くなった気がするね」

そういえば昨日も、一昨日も、別々のテロ事件が新聞やらテレビで騒がれていた。なんてことを思い出しながら、どうせ聞こえてないと思って、僕はそれを独り言のように声に出した。

「どっかの汚職警察共がいなくなったからヨ」

目ん玉を見開いて丸くする僕。その向かい側で、テレビから視線を外した彼女がソファに腰をどっかりと下ろした。
それから彼女の白い手がテレビのリモコンをひっつかみ、テレビは別のチャンネルに切り換えられる。ニュース番組はもう、終わったらしかった。

「汚職警察って、もしかして真選組のこと?」
「そうとも言うアルな」
「いなくなったから、って。どういうこと、神楽ちゃん」
「どういうことって、そのまんまの意味アル」

いなくなったのヨ。と、彼女が繰り返す。
この町から、江戸から。なんかよくわからないけど、戦いに行くんだって。
ぽつりぽつり、途切れ途切れの断片を唇から漏らす彼女の顔が、僕には少しだけ切なげに見えた。気のせいだと片付けてしまうには、その表情は随分と、重くて。

「だから最近、犯罪が増えてるのかな」
「うん。たぶん」

カチャンと硬質な音が響いた。食器と箸がテーブルに置かれた音だった。いつの間にか昼食を食べ終えていたらしい彼女は、ごちそうさま、ごはん粒がはしっこについた唇をモゴモゴと動かした。

「ねえ、神楽ちゃん」
「なに」
「どうして真選組のこと、知ってるの」

僕は初耳だった。真選組がそんな大変なことになっているなんて知らなかった。雇用主である男がこの事実を知っているのかは分からないが、たとえ男が知っていたとしても、彼女には伝えないと思う。これは直感だ。
では彼女は、一体誰から真選組のことを聞き出したのか。しかし、喉から出かかった問いかけは、彼女の声によって遮られてしまう。

「アイツ、私に嘘つく気アル」
「アイツ・・・?嘘?」
「私を殺すのは俺だ、なんて、一丁前に言ってたネ。……あいつ、」

嘘にする気アルか、約束破る気アルか。小さく続いた台詞の語尾に、バカ、と付け足されたのを僕はしっかりと聞いていた。彼女の待ち人の正体が、僕には想像ついた。
いつのまに、二人は、そんな関係になったのやら。

(いやもしかしたら、まだ二人はただのライバルのままなんじゃないだろうか。)
(最後の最後まで、本当の気持ちを覆い隠して、別れを迎えた。そんな気がする。いつも喧嘩ばかりの、ふたりのことだから。)

好きとか愛してるだとか、待っててくれだとか。そんな恋人に向けるような台詞を言われたわけではないのかもしれない。だったら今の彼女に、彼を待っててやる義理などない、のに。
それでも彼女は、彼を待っているのだ。
いつも自分をなじり、罵倒をぶつけ、いつか彼女を殺してやるとまで宣言した相手の帰りを彼女はただ、じっと。その理由は、ひどく単純。

(…もっと早くから、気づいてあげれたら良かったのに)

昨日も同じような光景を見た気がする。そういえばたしか先週もだ。先々週も。
思えば、彼女はずっと、テレビの前にいたのだ。
今日みたいにニュース番組にかじりついて、誰かさんの名前が出ないか、瞬き一つでも惜しそうに画面を見つめる。
薄く涙の膜が張ったブルーの瞳を不安と動揺でかすかに揺らして。誰かさんの行き先を、消息を、必死に求めていた。

(はやく、迎えに来い、あんのドS)

生きて、生きて帰って来い。絶対にだ。
あのテレビの前で小さく丸まった背中を抱きしめてやるという、僕には絶対にできない大きな役目が、お前にはまだ残ってるんだから。



ぼくの知らないブルー ’11----
title ジューン

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