手が綺麗だとよく言われる。
たとえば同僚とお茶をしている時だったり、夜の仕事で客にグラスを差し出した時であったり。それは時に、ただのお世辞からだったりするのだろうけど。それでもやっぱり、綺麗と言われて嬉しくない女はいない。
仕事でどんなに疲れている日であろうと毎日毎日、高級なハンドクリームや保湿クリームを塗り続けるという陰の努力をしてきた私にとっては、その言葉はとても嬉しいものとなる。
つまるところ、私は自信を持っていたのだ。
影で努力して、皆から褒められるこの綺麗な手に。それなのに。

「お前の手、硬いな」

太陽が南中して数時間後の、ある日の午後のこと。居間でテレビを観ていた私の手を、いきなり掴んできた手。それは、テーブルの向かいに座って私と同じようにテレビを眺めていた、銀髪の男のもので。
握り締められた手に、何事かと目を見開き驚けば、男はそんなことを言った。少しでもドキリとしてしまった私の純情を返してほしい。

「硬いってなんですか。硬いって」
「だって本当に硬ェもん。たとえるなら、ほら。お前の拳とか胸みたいに」
「あら。拳はともかく、触ったこともないくせに胸が硬いなんて言わないでくださる?」
「触らなくてもその断崖絶壁見てればまるわかりだっつーのダダダァァアアッ!痛い痛い痛い!」

掴まれていない方の手で白髪のような銀髪をギリギリと掴めば、掴まれていた手はすぐに離された。急速に早まっていた鼓動は落ち着いてくれたが、残念な気もする。
痛ェと口を尖らせながら頭をさする男に、自業自得よと私は目を細める。
突然手を掴んできたかと思えば、私の努力を踏みにじるような発言。そして最後にはセクハラ発言。当然の報いじゃないか。

「なァ、ひょっとしてお前」
「なんですか?」

今度はなんだ。次私の機嫌を損ねることを言ったら、今度は自慢のストレートを決めてやる、そう決心して男を睨んだ。
しかし、次に男の口から出た言葉は予想外のものだった。

「剣・・・いや、竹刀とか握ってる?」
「え?」

男の発言は、手を掴まれたときより私を驚かせた。だってそうだろう。そのことは、誰からも気付かれたことがないのに。

「わかるんですか」

我が弟はその事実を知ってるが、誰にも言わないでと口封じ(軽い脅しを含む)をしたはずだ。だとしたら、この男は私の何かに気付いたんだろう。

「剣握ってると、皮が硬くなんだよ」

ああ、だからさっきと、私は先程の男の行動をやっと理解した。
その台詞の後、それにほら、と男が指差したのは、随分前に潰れた竹刀ダコの痕。もう、かなり消えかかっていたのに。どうやら男はこれを目ざとく見つけて、私の手を握り締めてきたようだ。

男の言うとおり、私は竹刀を振るっている。それも、毎日のように。
たとえ毎日高級クリームを使っていようが、同じように、毎日竹刀を振り続ければその効果は薄まる。いや効果なんてなくなっているかもしれない。
そもそも私は、綺麗さを磨くために高級クリームなんて使っているワケじゃないのだ。
全てはこの、竹刀ダコや硬い皮膚を隠すため。

これからもずっと、竹刀を振り続けていれば、その内この手を綺麗だと言う人はいなくなるだろう。いるとすれば、あのストーカーゴリラくらいだ。ちっとも嬉しくないけれど。

今はまだ、美しいと言われる自分の手を私が寂しそうに見つめ続けていると、男が口を開いた。

「折角綺麗な手してんだ。大事にしろよ」

綺麗な手。
色んな人から何度も言われた台詞だが、これほど、顔が焼けるように熱いのは今日が初めてだ。
すぐにでも男の言葉に、はいと返事をしたかった。しかし、それはできなかった。

「それは・・・、できない」
「なんで?」
「道場を護るために練習は欠かせませんから」
「道場護るってもよォ。新八も今は結構できるようになったし、第一お前は女なんだし。お前が竹刀振り回す必要はねーだろ」
「そうもいかないんですよ。新ちゃんはいずれ修行に出るわ。その間、誰がこの道場を護るって言うんです?」

道場破りなんて現れたらどうしたらいいのだ。私も武家の娘。自分の居場所くらい自分で護ってやる。たとえ、自分のこの手を犠牲にしても。

私は強い意志を込めて男を見つめた。しかし、私の瞳に一切気圧されることもなく、だったら、と男は続けた。

「俺が護ってやらァ」
「はい?」

何を言ってるんですか、と口を開こうとしたら、先に言葉を続けられた。

「新八がいない間、この道場は俺が護ってやる」

それなら、お前も竹刀を手放すだろう?
そう言って、テーブル越しに向けられたのは、いつもの馬鹿っぽさや厭らしさを含んだ笑みではなく。滅多に見せない、柔らかい微笑みだ。
男の表情に、言葉に、私の胸が、心臓が、心が、押しつぶされるような感覚に陥る。

「・・・珍しいですね」
「何が」
「銀さんが自分から「護る」なんて口に出すこと」

あなた、普段はあまり荷物を背負いたがらないでしょう?
それは私の心の中で呟いたものだけど、男を見やればちゃんと通じたようだ。

「お前の綺麗な手護れんなら、それくらい安いもんよ」

本当に、この男は。私ばかり振り回されてるじゃない。
心の内から沸々と湧き上がる、悔しさ。もしこの台詞すべてが無意識からきたものだったとしたらもっとムカつく。
あまりにも悔しいから、私は心の中で一息つく。
そしてフッと息を吸い込んで、にっこり笑顔で男を見据えた。

「じゃあ、よろしくお願いしますね」
「おー」
「そうだわ。どうせ護ってくれるなら、新ちゃんが戻ってくるまでとは言わず、ずっと護っててくださいな」
「へーへー、わかりましたよー・・・って、・・・・・・えあァ?」

テーブルの上に空になった二つの湯飲みを見つけて、わざとらしく「お茶を入れてきますね」と立ち上がる。
その時後ろから聞こえた、オイ何今のどういう意味だねぇちょっと聞いてるのオネーサン、と少し、いやかなり焦ったような声は聞こえないフリをして私は台所へ歩を進めた。(私を散々振り回した罪は重いんです)



うつくしい手 '100528

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