「よォ」 「っ!?」 仕事を終えた妙が店の裏口からから出ようとしたところ、突き当たりの暗い通りの方から声をかけられた。 一瞬びっくりして後ずさるが、月明りが照らす銀色の髪の毛に妙はホッと息をついた。 「……銀さん、ですか?」 「おー、銀さんでーす」 妙が通りの中の影に近づくと、こちらに手をひらひら振っている銀時の姿が見えた。 いつものように引き締まらないダラけた顔と、死んだ魚のような目。 「あの、ちょっとオネーサン。心の声が聞こえてるんですけど」 ピクピクと僅かに怒った表情を浮かべる銀時に、妙は笑顔で返す。 「あら、すみません。でも本当のことじゃないですか。いつも締まりのない顔して。たまにしか煌かないんじゃなくて、常日頃からその顔引き締めたらどうですか?」 「普段だらしねェから、いざ煌くとカッコいいんだよ。二倍増しぐらいで。ギャップ萌えを狙ってるんですぅ」 「三十路のマダオにギャップ萌え要素はいらないです」 「銀さんはまだ三十路じゃありませーん。まだピッチピチの二十代ですぅ」 口を尖らせる銀時に、あなたのどこかピチピチなんですかと、妙は目を細めてみせた。 「どうなさったんですか、こんな遅くに」 時刻は深夜過ぎ。いつもはもう少し遅いが、今だって十分に遅い時刻である。 「オメー、今から帰るんだろ?」 「ええ」 「送ってやる」 銀時が親指で指差した先には、裏口の横に止められた銀時愛用の原付があった。普段ではありえない銀時の行動に、妙は眉を寄せた。 「ありがたいですけど、あの、」 「あー、いや、アレですよオネーサン。別に俺はお前は迎えに来るのが第一目的だったというワケではなくてよ、ほら、今日月曜日じゃん?実は俺としたことがジャンプ買い忘れちまってよー。んで買った後、そーいやコンビニからここまで近ェからついでに寄ってみるかー、と、ここに来たところ、丁度オメーが出てきたってワケだ。いやー、ナイスタイミング」 ボリボリと頭を掻く手とは違う手には、コンビニの袋がぶら下がっていた。 「じゃあ、お言葉に甘えて。お願いしますね」 にっこりと微笑んだ自分は、本物だった。 丁度、今日はセクハラ親父の暴行に疲れていたところだったから。 早く帰って眠りたいと思っていたから。 けれど、自分はジャンプのついでかと、心のどこかで悔しがる自分がいる。 自分がどうして悔しいのかわからない。 銀時は向かいに来てくれたのだ。 それ以上の何を望んでいるのだろうか。 もし彼が、自分を向かいにくるためにスクーターを走らせていれば。 このよくわからない、モヤモヤとした気持ちは消えていただろうか。 「ジャンプなんて、明日にすればいいじゃないですか」 「いや、一度ジャンプの存在を思い出したら眠れなかった」 「相変わらず子供みたいですね」 「男はいつまで経っても、心は少年ままなんだよ」 そんなやり取りをしながら、銀時はヘルメットを妙に投げる。 二人が乗ると、ボロボロの原付にエンジンがかかり、ゆっくりと走り出した。 「しっかり捕まっとけ」 「はい」 銀時の言葉に従い、妙は銀時の白い着流しを握り締めた。 「え?」 「あァ? どうしたよ?」 後ろの妙に向けて、銀時から怪訝な声がかかる。 「いえ、何でもありません」 妙はそう言って、握った着流しに力を加えた。握り締めた着流しは、冷たかった。 *** 「ありがとうございました、銀さん」 「どーいたしまして」 志村家の前で、妙は頭を下げた。 原付に跨ったままの銀時は、相変わらず表情の読み取れない顔で、妙は言おうと思っていた言葉を飲み込んだ。 (寒かったでしょう? なんて聞けない。) 握った着流しは、ほんの数分の冷たさじゃなかった。 ナイスタイミング。なんて言っていたけれど、冷たい秋風の中、彼はそのタイミングをどれだけ待っていたのだろうか。 そんなことを聞いてしまったら、きっと何かが変わってしまう。 たとえそれが良い方向に変るであろうと、今の妙にはそれがとても怖いのだ。 これでも一応、18歳の少女。この心のざわめきの理由は、まだ知らない。いや、知らなくてもいい。だから、 「おやすみなさい、銀さん」 気づかないフリをする。 彼の気持ちも。緩んでいる自分の頬も。すべて何も知らないフリを。 気づかないフリ '100223 title 銀妙好きに15のお題。 |