しーっ、と。
ひとさし指が妙の唇にくっつく。静かにしてと瞳に訴えかけられる。慌てて、大きく開きかけた口を両手でふさぐ。
いつもならば。
こんな場面を見たら、すぐさま「姉上に何さらとんじゃコラァ!」と飛びかかることだろう(シスコンなり何なり言えばいい!)。
しかし妙本人から静かにしろと言われてしまえば、新八はどうしようもなくなった。渋々、妙の背中に寄りかかり寝息を立てる男に目を瞑る。
命拾いしたな天パコノヤローと内心毒づいたのは、決してその男の状況が羨ましいからではない。決して。


***


「まったく、困ったひとね」

私の背中を布団か何かと勘違いしてるのかしら、と妙が嘆息する。その背中には、我が物で妙の背中を占拠する男がいる。
日差しのよく当たる畳の上で、広げた洗濯物を一つひとつ丁寧にたたみ上げる妙が「ねえ、新ちゃん」と近くで作業を手伝う新八に微笑みかける。

「重いし疲れるし、第一これだと洗濯物が畳みにくいじゃない」
「たしかにそうですね」
「そうよ、そうでしょう」

ほんと困っちゃうわねえと、背中に一瞥をくれてやってから妙がブツブツ文句を言う。しかしその声はふだんより何倍も小さい。それはおそらく背中の男を起こさないためにだ。そこで生まれてくる矛盾に、新八はそうっと、苦笑いを落としてやる。
どうしたものかしら、と考える素振りをする妙は男を起こすという選択肢を考えていないようだった。

「困ってる、って言うわりには、」
「・・・わりには?」
「なんか、嬉しそうですよね」
「あら。新ちゃんはそう見えるの?」

ええ、そりゃあもう。洗濯物を両手に掴んだまま、新八は迷わず顎を引く。そう思わずにはいられない。首を傾げて質問を投げかけてきた妙は、ゆるゆると緩んだ頬を隠せずにいるのだから。
「困っちゃうわ」と嬉しそうに呟く妙。
そんな姉を見た新八の方は、原因不明の頭痛に襲われるはめになる。
ですから、姉上。
そんなに困っているならこの天パを起こせば良いんですよ。最悪、背中から畳に転がしてやればいいんです。 (目の前のほころんだ顔を見ていたら、そんなこと絶対に口にできそうにないけれど)

「・・・ああ、でも。このひとは、」

そのときふと、目に見えない小石を投げられたかのように。綺麗な形をした眉がぴくりとわずかに歪むと共に、妙の双眼が険しいものとなる。

「ひょっとしたら、いつものことなのかしら」
「え?」

不意に妙の声のトーンが落ちた気がして、新八は妙の顔を凝視する。数秒前とは打って変わり、ぎこちない頬の動きを見せる妙に「いつもって何がですか」と新八が問う。

「銀さんはこうやって、誰かの近くで惰眠を貪ることに慣れてるんでしょうねって」

その言い方には、刺々しさを含んでいる気がした。妙の言葉で、新八の脳内では常日頃の男の姿が上映される。
椅子やソファにふんぞり返り、広げたジャンプを頭に乗せていびきをかくその姿。たまに雇い主であることを忘れたくなるほどに、怠けきったその男。
だが、どうだろう。この男が今までに、こうやって特定の誰かに寄りかかり深く寝入る姿など見たことはあっただろうか。

「姉上だけですよ」

僕が知る限りですけど、と付け足して隣に座る妙を一瞥する。「・・・あら、そう」半拍空けて、妙がなんともなさ気に相槌を打った。
しかし今一瞬だけ輝いたその瞳を、新八は見逃さない。その一瞬のきらめきに新八は悟る。

(ああ、そうか)

姉上は嬉しいのだと思う。どうして嬉しいのか。

(それは、たぶん、そう、きっと、)

「姉上だけですよ、この人が甘えるのは」

その逆も、かな。たぶん。
その最後の呟きは、新八の胸だけに留めておいた。(言っても絶対、否定されしそうだ)
しかし妙本人が認めようと認めまいと、妙が甘えるのは新八ではなく、悔しいがこの男である。
姉が辛いとき、悲しいとき、そばにいるのはいつしか自分ではなくこの男に変わっていたことに、新八は気付いている。
ちらりと見やった先で、妙の背中で寝ている男の、なんとまあ幸せそうな寝顔を浮かべていることか。実際幸せなんだろう。すとんと下ろされた瞼と、ゆるく弧を描く眉がその証拠だ。
くそダメだ、やっぱりまだ認められそうにない。
あんなマダオの義弟になるだなんて。(でも、いずれは認めなきゃいけない日がくるんだよなあ)
そんな近い未来を考えただけで、悲しくなる自分はやっぱりシスコンだった。



only me,only you '101001

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