「やっぱ花束とか夜景とか、そーゆーモンに憧れるわけ?」

テレビに視線を固定して、用意された煎餅をバリボリやりながら一言。できればお茶もセットで欲しいところ。(しかし注文すれば客人のくせに図々しいと睨まれそうなので黙っておく)

「花束・・・って、何の話をしてるんです?」

何かの祝い事ですか。
見当違いの台詞を口にしながら、銀時の近くで洗濯物を畳んでいる妙が面を上げる。
ちげーよ、と煎餅を一杯に含んだ口でモゴモゴと否定の言葉を吐けば、「物を食べながら喋らないでください」とたしなめられる。
お前は俺の母ちゃんか、と銀時が心の中でツッコミを入れた。

「違うなら、じゃあ何の話だったんですか」
「何ってプロポー・・・あー、いや、ほら、」

口内にはもう煎餅の欠片は残っていないはずなのに、何かが詰まったように言葉が続けられなくなって言い淀む。
その理由は簡単。なんとなく、その単語を口に出すのに恥ずかしさを感じてしまったのである。(三十路間近にして恥ずかしいもクソもないんだろうけれど)
どうやら今の己の口は使い物にならないらしい。
仕方なく、癖の強い自身の髪を片手でかき回しながら、もう片方の手を自分が観ているテレビの方へ向ける。
妙の頭も銀時の指につられて、そちらを向いた。それから納得したように「ああ、」と頷いてみせる。

「・・・ああ、これですか」
「うん」

テーブルを挟んだ先に鎮座したテレビ。その中では現在、所謂、プロポーズのシチュエーション特集なるものがやっていた。
こんなもんよりスイーツ特集やれよコノヤロー、とさっきまで愚痴を零していたのだが、意外にも見入ってしまうんだから不思議だ。テレビ業界ってのは視聴者のツボみたいなものを心得ているらしい。

「百本の薔薇の花束・・・、ちょっとベタじゃありません?」

画面越しに映る、シチュエーションの一つを妙の唇が読み上げる。
実際そんなにたくさん貰ったら飾る場所に困ります、となぜか実体験のように妙が語る。どこぞのゴリラにでも貰った思い出があるんだろうか。

それからしばらく経っても、妙の視線はテレビに釘付けになっていた。反比例して洗濯物の作業は疎かになる。
ナレーターがシチュエーションを紹介していくたびに、「へぇ」やら「ふぅん」と相槌を打つその横顔。
たとえば宝物を愛おしそうに眺める子供の顔とか。それによく似ていると思った。今の妙の表情は。

「やっぱり女ってこういうのが好きなのかね」
「さあ?世の中の女性の理想が全て同じとは限りませんから、私は何も言えませんよ」
「で?」
「・・・で、とは?」
「お前はどうって聞いてんの」

話が繋がってませんけど、と妙が脈絡のなし具合に眉を細めてみせる。
けれども銀時は「いいから、いいから。言ってみろよ」と妙に答えを促すばかりである。
話が繋がっていなくても構わない。こっちはもとから、「この話」が本題だったのだから。

「そうですねぇ・・・」

新八の着物を畳んでいた手が止まる。わざとらしくうーんと唸った妙は、眉を強く寄せて大きく首を傾げた。
真剣に悩んでいるのかと思ったが、一分も経たずに回答が出た。

「年収1000万以上の方からプロポーズされたいです」
「それシチュエーションじゃないから。ただの身分差別だから」

1000万ってお前それはねーだろ。世間のオッサンたちに喧嘩売ってるぞオイ。
思わず、頭をガクンとうな垂れる。
そもそも自営業の俺は問題外じゃねーか、とか色々考えてへこんでしまったのである。
冗談ですよ、と笑いを含んだ妙の言葉が続いた後も、しばらくそうしていた。
お前が言うと全然冗談に聞こえないんだって。

「じゃあベタに、夜景の見える超高級レストランとか」
「ベタだけど・・・やっぱりハイレベルなご注文ですね、お姉サン」

二枚目の煎餅をバリボリやりながら、ほうと息をつく。
高級じゃなくて超高級ってあたりがコイツらしいなと思う。

「あら、別にいいじゃない」

これは理想なんだから、と妙が口元に手を当てて上品に笑う。理想、のあたりを強調された気がする。

「私はちゃんと、わかってますもの」
「何をわかってるって?」
「万年金欠のダメ天パ侍には、お金のかかった素敵なプロポーズなんて無理って。ちゃーんとわかってます」
「・・・・・・天パは関係ねーだろ」

たしかに、よくわかってらっしゃる。
いやいや、言っとくけど俺だってやればできるんだからね。超高級とはいかなくても洒落たレストランくらいなら時々連れて行けるかもしれねーよ?今は無理だけど。と、一気に捲くし立ててやりたい気持ちをぐっと堪えて。

「あのさ、お妙」

せめて指輪の一つでも用意していれば良かったか。
格好つかねーの、と自身の不甲斐無さに苦笑しつつ、まあこれが俺らしいかと開き直ってみた。



それぞれの愛の伝え方 '100830

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