「ご夫婦で買物ですかな?」

なーんて。スーパーの袋を両手に携える俺と隣に並ぶお妙の姿は、見知らぬジーさんの目にはそんな風に映ったようだ。
目を点にして固まる俺たちに構わず、「若いのに夫婦仲良く買い物なんて、世間じゃ珍しいねぇ」と、えくぼが浮かんだ頬が吊り上がり、温かい微笑がこちらに向けられる。
思わず、「誰がこんなゴリラの旦那だ」と殴られること前提の台詞を飲み込んだ。

「じゃあね、おふたりさん」

ふにゃっと目元を曲げたジーさんは俺たちに別れを告げる。
俺たちの進行方向とは真逆へ去って行く、折れ曲がった背中。
いつでも反論の余地はあったはずだ。
けれど、いつまで経っても「夫婦じゃないです」。
その一言はどちらの口からも発されることはない。

「否定、しないんですね」

青空の片鱗さえ残さない、綺麗な夕暮れの空の下。
人通りが疎らになった商店街の通りは、普段より二割り増しで寂れて見える。

「そっちこそ」

普段のお前なら、たとえジーさん相手でも「誰がこんなダメ侍の嫁じゃコラ」ってな具合に殴りかかるはずだろ。

「このままだと誤解されたままになるけど」
「じゃあ、今から追いかけて誤解を解きに行ってきます?」

冗談なのか本気なのか判別つかない言葉が投げかけられて、返答に困った。
うーんと首を捻るフリをして、そのまま後ろを振り返る。
ここから見えるジーさんの背中は、決して遠くはない距離にあった。
足腰が弱いせいか、歩幅はスローペース。
年は取りたくねーもんだ。
いつか自分にも来る未来に顔をしかめながら、俺はその小さな背中の見送りに徹する。
わざわざ追いかけてまで、誤解を解く気にはなれなかった。

「噂になったらどうしましょうか」

近所で噂の坂田夫婦とか。あらやだ、新ちゃんが聞いたら発狂しますね。
何やら不穏なことを言い出されて、急に片頭痛的なものに襲われるはめになった。

「お前ね、それあんまり笑えない」

ジーさんが俺たちを夫婦だと思っていたところで何かが変わるとは思えないが、もしもってことがある。
もしこれが重度のシスコンの耳に触れるようなことがあったら、俺の命は危うい。

「つーか、お前は本当に良かったのか、アレで」
「ええ。いちいち否定していたらキリがないでしょう」

面倒じゃないですかと、お妙は言う。一度もこちらを見ようとしない横顔をチラリと盗み見ながら、そーなのと間延びした相槌を打つ。
面倒くさかっただけ、ね。
なにかを期待していた自分の心が疼いたのがわかる。
まあ、わかっちゃいたさ。そういう理由だってことぐらい。

「それにね、」

クスッと笑う気配がした。それはまるで、今から言う自分の台詞に俺がどんな反応をしてくれるのか、とほくそ笑むような感じだ。

「それほど、嫌じゃないですから」

お妙の歌うような声が俺の鼓膜を刺激する。何が嫌じゃないのかなんて聞くのは野暮というものか。

「銀さんはどうです?」
「・・・あァ?」

カランコロン。足元で鳴っていた下駄のリズムが不意に途切れ、お妙に歩幅を合わせていた俺も立ち止まることになる。

「銀さんは、私と夫婦って言われるのは嫌ですか」
「・・・嫌じゃねーよ」

ああ、嫌じゃないさ。
本当は言い訳の一つや二つ付けてやりたいが、口はモゴモゴと入れ歯のないババーみたいにしか動いてくれない。

「なら、いいですね」

私も銀さんも嫌じゃないなら否定しなくてもいいですよね。繰り返してクスクスと笑う声がかかる。
俺の心情を見透かすような声音に、羞恥の念がさらに募った。

「・・・そーだな」

嫌じゃないなら夫婦って言われてもいい。ああ、ごもっともだ。


***


「少し遅い買物になったかしら」

お妙が頭上を見上げてふと呟くので、俺もそれに習う。
見上げた空はいつのまにか、茜から群青へと染まりつつあった。

「帰ったら急いで飯つくらねーと」
「ああ、それなら。私も手伝いますよ」

顎の辺りに指をくっつけて、名案とばかりにお妙は瞳を輝かせて俺を見る。

「いやいや、何を手伝うって?」

俺は無差別テロを犯すつもりはなグハアアアッ!
言い終わらないうちに肘が打ち込まれた。鳩尾はダメだって。

「冗談を言う暇があったら、足を動かしてくださいな」

ほらほら、と俺を急かしてくる。
お妙は冗談と言ったが、俺たちにとっては冗談では済まされない。命が懸かってるんだ。
第二撃目がやってきそうなのでそれは口に留めておくが。

「神楽ちゃん、怒ってるわね」

志村家に待たせた神楽のことを気にかけて、お妙が眉をへの字に垂らしてみせた。

「怒ってるっていうより、暴れてんじゃねーの」
「あらあら、それは大変だわ」

腹を空かせたアイツは凶暴になる。今頃、新八に八つ当たりをぶちかましている頃じゃないかね。

「冷蔵庫の西瓜で機嫌を直してくれるといいんですけど」
「西瓜かぁ」

遅いアル!待ちくたびれたネ!
腹を空かせてブーブーと頬を膨らませる神楽に、西瓜の存在を教えたらどうなるか。
一秒とかからず、目を眩いばかりにキラッキラ輝かせてアネゴ大好きヨー!とお妙に飛びつく姿が想像できてしまった。
お妙も同じ結論に行き着いたのか、ふふっと口元を綻ばせる。つられた俺の口角も僅かに上がる。

「ったく、あの食い意地の悪さは一体誰に似たんだか」

ハゲ親父の影響か、ビンボー時代の影響なのか。
はたまた、酢昆布が及ぼした未知のエネルギーがそうさせているのか。
そのとき隣から「あら、」と声が降ってくる。

「何を言ってるんです。神楽ちゃんは、あなたに似たんですよ」

はた、と。足を止めて、お妙の顔をまじまじと見つめる。
いやいや、ただの聞き間違いだろ。ありえねーし。
しかし間違いだとわかっていても、「銀さん?」と不審げに声をかけてきたお妙にドキリとしてしまう俺って奴はほんっと、バカ。

「どうなさったんです?」
「あー、うん。いや、なんでもねーよ」

空いてる方の手で頭を掻いて、すっかり暗くなった空を仰いだ。
くそ、あのジジー。今度会ったら覚えてろよ。

全てはそう、あの一言が悪い。俺は悪くない。
夫婦だとか、そんなことを言うのがいけない。

「早く、帰んぞ」

今の「あなた」が別の「あなた」に聞こえてしまったなんて、言えるわけがない。



夏の夕暮れ、商店街にて '100825

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