「こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまいますよ。あと、こんなところで寝られていると邪魔だわ」

 おそらく今の台詞は後者の方が本音のはずだ。
 縁側のそばで仰向けになっている銀時が目蓋を持ち上げると、庭から洗濯物を回収し終えたばかりの妙が邪魔者を見るような目つきで(本当に邪魔なんだろう、細めた両目は厳しい)こちらを見下ろしていた。

「悪ィけど、もう少し寝かせてくんない。昨日の仕事で疲れてんだ。ほら、お前だって昨日、新八が帰って来た時の疲れた顔見てんだろ」
「ええ、それは知っていますよ。だからって、どうして私の家に来るんです。疲れてるんだったら、大人しく自分の家で寝てたらいいじゃありませんか」
「こっちの方が涼しくて居心地良いのー」

 語尾を延ばして言い返してやると、仕方ないですねえと返す妙の声。あとからガタンと縁側に洗濯籠を置く音がしたかと思えば、ぱたぱたと足袋の奏でる軽やかな足音が遠のく。やがて足音が戻って来る頃には、妙は手に薄黄色のタオルケットを抱えていた。ちらちらと銀時がそれらを交互に見比べていると、妙がやわく笑む。

「今日は特別です」

 次はちゃんと働いてもらいますからね。言って妙は、銀時の腹の上にタオルケットをかけてやって、すぐ隣に腰を下ろして洗濯物を畳みはじめた。どうやら、今日の妙は機嫌が良いらしい。
 ではお言葉に甘えて、と、押し寄せる眠気に抗うことなく瞼を閉じるが、なぜだか、すぐに寝つくことが出来ない。銀時がもう一度、わずかに薄目を開けてみれば、洗濯物をせっせと畳む妙がそこにいた。
 妙は若菜色の着物を着ている。その袖から真っ直ぐに伸びる白い手。ダークマターを生み出すとは思えない、器用にテキパキと洗濯物をたたんでいく綺麗な手を銀時の目が追う。
 不意に、くしゃりと音がした。銀時が頭上を見やれば、己の銀髪を梳いているものの正体を知る。
 瞼を持ち上げてみせると、銀時がまだ起きていることに気付いた妙が、慌てて手を引こうとする。反射的に捕まえてしまってから、さてどうしようかと銀時は己の手に収まった細い手首へ視線を落とした。

「起きてらしたんですか」
「…寝ようと思ったんだけど」

 お前の手が気になって眠れない。廊下にごろんと寝そべったまま、欠伸を噛み殺しながら目を擦る。銀時の言葉の意味を分かりかねたのか、よくわからないといったふうに妙が眉間にシワを寄せた。

「眠るつもりがないなら、手伝わせますよ」

 つかまれていない方の手で洗濯籠を指差して、妙が意地わるく言ってのける。だけれど、声の響きは相変わらずやわらかいままなので、銀時はまったく怖くない。

「やなこった」

 つかんだ手は、ほどいてやらない。
 女の手首は、恐ろしく細い。近くでまじまじと見ると、やはり銀時のものより何倍もきめ細やかで、何倍も柔らかだ。ゴリラだ何だと常から馬鹿にしているのが申し訳なく思ってしまうほど、妙の手は”女”をしている。
 そんなことを思ってしまったせいだったのか。あるいは単に魔が差しただけなのか。根拠は見つからないまま、急速に女を意識させられた妙の手を、銀時は手繰り寄せていた。

「銀さん?」

 こちらを不思議そうに眺めてじっとしている妙を一瞥して、銀時は手の内にある手を強く握る。指を絡ませ、さらに引き寄せる。
 ちう、と。それは口付けると言うよりかは、吸うに近かった。
 先ほどまで庭の外にいたせいだろう。日差しを受けていた女の手の甲は温かい。冷たい己の唇が、ふにゃふにゃと柔らかく溶かされる。
 唇が触れた瞬間にぴたりと動きを止めた妙が、今は一体どんな顔をしているのか。それを確かめる勇気はなく、余裕もなく。おそろしく早口で「おやすみ」を告げた銀時は、さっさと目を瞑ってしまった。

「……お、おやすみなさい」

返って来たのは、ややどもった女の声だった。重たい瞼を最後にもう一度だけと薄くひらけば、それはそれは真っ赤になってあたふたとしている女の姿があった。銀時が口付けた右手を大事そうに抱えた妙は銀時の視線に気付いたらしい。早く寝て下さいとも言いたげに、妙が伸ばした左手で銀時の目元は覆われた。ふっと暗くなった視界の中、銀時は込み上げてくる笑いを噛み締めている。



満たされて眠る '110703
title 弾丸
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