駄菓子屋の軒下のベンチに腰掛けて神楽が待つことしばらく、ビニール袋をガサガサ言わせて沖田が駄菓子屋から出てきた。

「ほらよ」

 ベンチの正面に立つ沖田から袋が手渡される。中身を確かめれば酢昆布が五個入っていて、太っ腹!と神楽は思わず声を上げる。

「ん」

 酢昆布をゲットした上機嫌さをそのままに、神楽は白い靴を履いた両足を沖田の前に突き出した。靴屋で一度試しに履いたはずだが、沖田は今ここで初めて目にするみたいにジッと神楽の履いた靴を眺めた。それから、目尻をふっと緩めて沖田が笑う。

「おう、似合ってんじゃねーか」
「ニヤニヤすんな。なんか気持ち悪いネ」
「一応彼氏に向かって気持ち悪いはないんじゃねェの」

 撤回しろとばかりに唇を尖らせる沖田だったが、その目がひどく優しいのを神楽もちゃんと知っていた。嬉しいんだろうなと誰が見てもわかる顔で、沖田が熱っぽい視線を神楽に送ってくるから、照れ隠しのつもりで「気持ち悪いアル」と神楽は重ねて言った。

「仕方ねーだろィ」

 いったい何がそんなに嬉しいのやらと神楽が思っていると、言い訳じみた言葉が沖田の口から吐かれる。

「惚れた女が俺の選んで買った靴履いてんだぜ。それってなんか、チャイナが俺のもんだって感じがすんだろィ」
「っな、ばっ…っ!」

 喉奥で息がつまってカッと頬が凄まじい熱を持つのを神楽は自覚した。沖田が照れた様子もなく真顔で言い放ってみせるので、それが余計に恥ずかしかった。
 誰がお前のもんだ!と神楽が返すより先に、沖田は歌うように続けた。

「手ェ出すなって隊の奴らに牽制するより、こっちのほうがよっぽど独占欲満たされるってもんでさァ」
「あーーッ!お前、アレやっぱり確信犯だったアルか!」
「たりめーだろィ」

 神楽がハッと瞠目すると、沖田は反省のかけらもないドヤ顔を披露した。その顔を蹴り飛ばしてやりたい衝動に駆られるが、今考えなくちゃならないのは屯所のことだ。先日の沖田の発言によって、屯所の人々のおかしな態度はきっと今も健在なんだろうと考えて、どうしたもんかと神楽は頭を抱えた。

「一つ聞いていいアルか」
「どーぞ?」
「つまり、さっきお前が言ってたドクセンヨクってゆーのは、これで満たされたってことアルな」
「まァだいたい」
「よし。だったら早く屯所の奴らの誤解とくがヨロシ」
「いや無理じゃね?」

 ひょいと肩を竦めて「だって誤解じゃねーからなァ」と沖田が言う。いいやこれは誤解だ、お前が変な言い方をしたせいで面倒な事になっているんだと神楽は額に青筋を浮かべた。

「そんなに嫌なのかィ」
「嫌っていうか、普通に接してほしいだけヨ。お前がなんとかしないなら、私もう屯所には行かないアル」

 突っぱねるように言えば、神楽がすっかり不貞腐れているのを沖田も理解したらしい。仕方ねェなと言って、これみよがしに沖田がため息をつく。

「屯所の奴らには俺がうまいこと言っとく」
「ホントだろーな。男に二言はないアルヨ」
「ああ。だからオメーも、せっかくその靴買ってやったんだから、屯所来る時は次からそれ履いて来いよ」

 これが交換条件だと言うようなそれに、神楽はちょっと迷ってから横に首を振る。「はァ?」と沖田が目を見開くので神楽は慌てて弁解した。

「あっ、この靴が気に入ってないってわけじゃないネ。あんまり履いて汚しちゃうのが嫌なのヨ」

 神楽は以前履いていた靴がボロボロになったのを思い出して、沖田に買ってもらったこの靴も同じ運命を辿るのかと思うと忍びなくてならなかった。だから、履くペースを落とせば靴の寿命も長くなるんじゃないかと考えたのだ。そんな思いを知ってか知らずか、沖田は何でもないような顔で話を受け止めている。

「なんでェ、そんなことか」
「そんなことって何ネ」

 大切な靴が汚れてしまうことを「そんなこと」で片づけられて、神楽がムキになって言い返すと沖田は怪訝な顔をした。

「オメーが遠慮なんてするタマだったか」
「なにが言いたいネ」
「下手に気ィ使う必要なんてねーって言ってんだ」

 沖田がちょんと神楽の両足を指さすので、導かれるように神楽も買ったばかりの白い靴を見つめた。

「デート用の靴なんだろ」
「……そうヨ」

 デート云々というのは靴屋に出かける前、沖田を説得するために自分で言ったのだが、神楽は少し恥ずかしさを覚える。それでも今は、眼前の沖田が真っ直ぐに見つめて話すので、ここはしっかりと頷いた。

「だったら、俺と会う時はいつもそれ履いて来い。そりゃあ、いっぱい履けば汚れるが、こればっかりは気を付けてもどうしようもねェよ。どうしようもねえんだったら、好きなだけ履いてやった方がいいだろィ」
「……そうアルな」
「ああ。いっぱい履いて、そんでまたボロくなったら、俺がまた靴買ってやらァ」

 そんなことを言う沖田の目は優しいものをしていて、神楽は意地を張ることもできずに、ただただ素直に頷くしかできなかった。

「……言い忘れてたアル」
「あァ、なに?」
「靴買ってくれてありがとアル」
「おー」
「あと、お前の言う通りアル。好きなだけ履いて、この靴もすぐボロボロにしてやるネ」
「なんか、俺の言ってんのと違くね」
「大事にしろって事でしょ。わかってるアル」
「ホントかよ」
「うん」

 眉をひょいっと上げて沖田が訝しむので、神楽は強く頷きを返して、ベンチからこぼれた足をぶらぶらさせた。
 これはデート用として買ってもらった靴だ。しかしそんなの構わずに、これからも神楽は沖田とかけっこや喧嘩をするので、そのうち靴は汚れたり擦り切れてしまうことだろう。せっかくの可愛い靴を汚してしまうのは悲しいが、沖田の言うとおりだ。この靴も、前の靴みたいにグズクズになるまでたくさん履いてやろうと思う。
 白い靴から沖田へと視線を戻して、神楽はにっこり笑った。

「大事に履いて、大事にボロボロにするアル。だからその時はまた靴買ってヨ」
「なんだそれ」

 小さく笑ってから、沖田が手を差し出してくる。神楽は迷うことなくその手を取って、引き寄せられるみたいにベンチから立ち上がる。
 酢昆布と傘と、仕事用の靴が入った紙袋を一気に抱えると、荷物が一気に増えて大変だったが、神楽の足取りはびっくりするくらい軽い。
 大事にするアル。
 沖田と自分に言い聞かせるように、もう一度そう神楽は呟いた。



靴は消耗品 '140211
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -