「手ぇ、出せ」

 眼前に拳が突き出される。いぶかしみつつ、男の声に従うまま妙は素直に片手を差し出してみた。と、次の瞬間。男の握り拳がぱっと開く。男が握りしめていた『それ』は、妙の手のひらに落ちてコロンと転がった。

「やる。お前に」

 それだけ言ってしまうと、男は居間の畳にどかっと寝そべってしまった。いきなり人の家に上がり込んで何をする気なのかと思えば、どうやらこれで用件は済んだらしい。図々しいのは男の得意技だ。こちらから何かを言う間も与えてくれない。

「まあどうなさったんです、これ」
「気になる?」
「ええ。どこから盗んできたんですか」
「オイそれどういう意味」

 何の悪意も含まない疑問をぶつけたつもりだったのだが、寝そべっていた男が勢い良く身を起こした。失礼な! とばかりに、男の眉間には深い皺が寄っていた。

「あら、違うの?」
「お前ねぇ、ふだん俺のこと、どういう目して見てんの? 犯罪者?」
「万年金欠の駄目天然パーマ侍」

 にこやかに言い放ってしまえば、男はわざとらしく肩を落としてがっくりと項垂れてしまった。ただ、男を傷つけるつもりなど妙の心には微塵もない。ただ、ありのままの事を言ったまでなのだった。

「貰ったんだよ」

 さっきの仕事で。盗みなんかしちゃいねェよ。ツンと口を尖らせた男が言う。泥棒扱いされたのが気に食わないらしい。しかし、気に食わないのは妙も同じだ。こんなものより現金はどうした。溜まっている弟の給料はいつになったら支払われるのか。不満の声のひとつでも漏らしてやりたい気分だ。

「貰った、ねぇ…」

 畳に寝転がる男から、手のひらの上の『それ』へと妙は視線を移す。ちんまりと手のひらに乗っているのは、指輪だ。小さい頃、駄菓子屋で菓子を買った時にもらったオマケのような。小さな石がくっついた、一目で安物だとわかる玩具みたいな代物。ただ、綺麗に澄んだ青色の石には、惹きつけられるものがある。

「安っぽい…けど、綺麗ですね」
「つけてみれば」
「え、」

 視線を上げると仏頂面した男が居た。なぜか視線が合わない。「お前にやったもんなんだから」と、男の言葉に促されるように、妙はそっと指輪をつまんだ。サイズが合うかどうかはわからないが、物は試しだ。指を差し入れて、根元まで指輪を動かす。きゅっと確かな感触。「あら、」

「ぴったり」

 指輪をはめた、己の手を掲げる。男が『貰った』と言う指輪。それはまるで、図ったかのように己の指にカッチリとはまった。

「ほら銀さん見て、ぴったりだわ」
「そうだな」

 うん、ぴったりだな、うん、と男が曖昧に頷く。今の男の顔は、どこかホッとしたような、気まずさに満ちているような、そんな顔をしている。あらやだ変な顔。と、妙は心中で笑ってしまう。

「それにしても不思議ですね」
「なにが不思議だって?」
「貰った指輪が私の指と同じサイズだなんて、不思議ね、って」
「……、ああ、不思議だな」
「偶然かしら」
「ぐーぜんだな」

 男は、先程から一度も妙と目を合わせてくれない。ぐーぜんだよ、ぐーぜん、と繰り返すやけに白々しい男の言葉に思わず苦笑する。
 口先から生まれてきたような男が、今日はいつにも増して口数が少ない。その理由は、なんとなく、わかってしまって。唇はひっそりと微笑む。

「ありがとうございます」

 大切に使わせてもらいますね。指輪。
 微笑みを絶やさぬまま、礼を言う。だがその時、男がすっと目を細めて、妙の手先をねめつけてくる。どうしたのか、と妙は首をかしげた。

「なんでその指」
「え?」

 きょとんと佇む妙とは対照的に、不機嫌さを携えた目つきで、男の表情がむっと歪む。なんでその指、って。どの指なの。妙には意味がわからない。ただ、右手の中指で輝く指輪を見つめる事しかできずにいる。

「ちょっと、来い」

 ああもう、と、呆れた声。それと同時に、近寄ってきた男から腕が伸ばされた。妙の右手首を、節くれだった男の手のひらが強めに包む。

「え、あっちょ…、っと!」

 待ってください。そんな妙の静止の声も聞かずに、するり、と、はめたばかりの指輪は右手の中指から引き抜かれる。かと思えば、今度は左手を男に捕まえられる。

「なんなんですか、いきなり!」
「俺がはめてやる」
「はめるって何を」
「指輪」

 妙の前にあぐらを掻いた男が、淡々と告げる。指輪をはめてやる。と、男は言う。意味がわからなかった。別に、やってもらわなくとも自分で出来る。そもそも、指輪は最初からちゃんとはまっていたではないか。
 申し立てたいことは山々あった。なのに、妙の体は身動きを止める。そのまま、左手を委ねてしまう。

「動くなよ」

 はいと小さく頷くと、手首を掴む手に力が加わった。男の目は細められて、神妙に、掴んだ左手を凝視する。男の親指と人差し指につままれた指輪が、ゆっくりと妙の指に近づく。心なしか、男の指は震えているように見えた。
 すっ、と指輪がはまる。
 指輪が光る場所は、薬指。
 妙が頭上を見上げる。と、男と目が合った。

「馬鹿みたい」
「っるせー、言ってろ」

 こんな事の為にわざわざ指輪を付け替えたのか。妙の言葉に、バツが悪そうにそっぽを向く横顔。それを見つめていると、今にも大声で笑い出してしまいそうになる。むずむずと痒い口元を慌てて押さえた。

「別に、指なんかどうでもいいじゃありませんか」
「どうでもいいなら、どの指でもいいだろ」

 俺はこの指にしてほしいんだよ。
 そう、男から言われた瞬間。心臓がきゅうっとわななくのを、妙の鼓膜は確かに聴いた。なんとなく居心地が悪くなって静かに目を伏せると、己の左手がいやでも目に入ってくる。わあわあと耳元で心臓が騒ぎ立てる。

「ああ、綺麗ね。やっぱり」

 きらきらと光を反射する青い宝石の輝きに目を細めた。婚約指輪にするなら、イマイチ輝きが足らないけれども。この、やわらかな淡い光がとても好きだ。

「ああ、綺麗だ」

 男にしては珍しいほどの陳腐な台詞だった。らしくないと思った矢先に、妙は視線を感じる。指輪からそっと頭を上げる、と、こちらを真っ直ぐに見つめる男が居た。
 はて、今の言葉は指輪と自分、一体どちらに向けられたものだったのだろう。



犯人は左手 '110220
title 弾丸
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