「神楽ちゃん、電話」

 沖田さんから、と言う新八の顔が少しだけ気まずそう(それでいて、なんだか嬉しそう)で、なんだか神楽も落ち着かない気分で受話器を受け取った。
 ソワソワしている新八と反対に、ソファに寝そべる銀時からは何の反応もない。昨日の晩に飲みに出かけて朝方になって帰宅した銀時は、二日酔いを引きずって寝込んでいるのだ。だらしない大人の代表を横目に見ながら、神楽は電話に出た。

「もしもし」
『おう、午後から暇かィ』

 出し抜けに予定を聞かれて、こんな時間に誘われるなんて珍しい、と神楽は目をしばたいた。
 今は真昼間で、こちらだって仕事があれば電話に出れない可能もある。それに、沖田が非番ではない日は基本的に会う約束をしない。たとえば定春の散歩だとかで、偶然に市中で顔を合わせるくらいだ。

『昨日のオフが捕り物で潰れただろ、その埋め合わせでィ』

 電話の経緯を尋ねた答えがそれで、ああ、と神楽は合点がいく。
 昨日は確かに沖田と会う約束をしていた。だが、直前になってから沖田が仕事に出かけてしまったのだ。

『んで、どうなんでィ。お前どうせ暇だろ?』
「どうせって何ネ」
『どうせ仕事入ってねーんだろって意味』
「説明しなくてもわかるアル!おいてめっ、あんま万事屋なめてんじゃねーぞコラァ」
『ほーう?』

 意外だとでも言いたいのか、電話の向こうで沖田が愉快そうに笑う。

『そんな言い方するってこたァ、万事屋にはさぞ仕事がたんまり舞い込んでることでしょうねェ』
「……ないから余計ムカついてるアル」
『ほらみろ』
「このドSチワワ。電話切るぞ」
『は、ちょっ、待て。おい、切んな』

 受話器を耳から遠ざけてやると、焦ったように相手は切るな、切るなと早口で繰り返した。
 しょうがない奴ヨと思いつつも、神楽はしぶしぶ受話器を元に戻してやった。

「早く本題を話すアル」
『じゃあ確認するけど。暇なんだな?』
「まあネ」
『待ち合わせは一時間後に、河原んとこでいいか。俺今出先だから、そのまんま行くから』
「はいはい分かったヨ」
『……』
「? 要件はそんだけアルか?」

 電話を切るタイミングを計りかねて神楽が聞くと、やや間があってから『お前さ、』と癖の強いハスキーが紡いだ。

『怒ってる?』
「さっきの発言ならもういいアル。実際暇だったからネ」
『あー、いやそっちじゃなくて』
「どっちヨ」
『悪かったな。昨日のドタキャン』

 すまなそうな沖田の声が聞こえて、驚いて神楽は目を見開いた。まさか謝られるとは思っていなかったからだ。

「そっちも別に怒ってないネ」

 くだらないことをいちいち聞くんじゃないと思いながら、神楽は短くそう答えた。
 時々忘れそうになるが、沖田は曲がりなりにも警察だ。非番だろうがデートだろうが、これからもテロが起きれば沖田は現場に飛んで行くんだろう。
 でも、神楽だって万事屋がピンチのときは沖田のことなんか放っておくだろうからお互い様だ。だから神楽がここで沖田に謝られる義理はない。
 ただ、それをそのまま告げてやるほど神楽は素直じゃないので、

「怒ってないアル」

 と、もう一度そう繰り返すだけに留めた。
 神楽の言葉に、沖田はいつまでたっても返事を寄越さなかった。何か思うところがあったのかもしれない。

「埋め合わせってさっきお前言っただろ」
『……言ったけど?』

 なんとなく会話を終わらせる雰囲気ではなかったから、神楽が思いついた話題をそのまま声に出した。すると今度ばかりは沖田からも返事がある。

「でもお前、今日仕事だったんじゃないアルか?」
『ああ、その件に関しては大丈夫でさァ』

 ちょっとだけ間をあけてから、『俺ァ納得いかねえけどな』と沖田が不満げに呟く。

『さっき土方さんに、デート潰されたんでどうにかしてください、できねーなら死んで詫びろ土方、って言ってみたらあの野郎、だったら午後から休みだって言いやがって』

 一日潰れたのに休みは半日かよ、とブツブツ文句が続く。それでも、さっき神楽に謝罪をしてきた時より、今の沖田の声は若干トーンが高いような気がした。
 愚痴はこちらが許す限り永遠と続きそうだったので、神楽は早々に話を切り上げて、やっとこさガチャンコと受話器をおろすのに成功した。
 待ち合わせは一時間後だが、急ぐのに越したことはない。そう思って、神楽は準備をするため洗面台へ急いだ。


 ***


「それじゃ、出かけて来るヨ」
「はい、いってらっしゃい」

 大急ぎで髪をセットし直して神楽が傘を片手に玄関に立つと、新八が見送ってくれる。
 幸か不幸か、神楽が出かける頃になるまで仕事の依頼は一つも来なかった。今のような状態を「閑古鳥が鳴いている」と言うらしい。新八が渋い顔になって教えてくれた。

「神楽ァ」

 玄関を出ようとした時、間延びした声が神楽の背中にかかった。ちょっと待っていると、二日酔いの銀時がのそのそ玄関まで起き出してくる。

「あー頭痛ェ」

 しんどそうに呟く銀時の頭には寝ぐせがついている。上司の情けない姿に、神楽は新八と二人して顔を見合わせて、同時に深いため息をついた。

「やっと起きたアルかダメ人間」
「いいだろ仕事ないんだから」
「仕事がないこと自体よくないってことに気づいてください!」

 そんな新八のツッコミを鬱陶しそうに手で振り払って、

「神楽、そこにある箱。お前のだから」

 銀時が靴箱の上に置いてある箱を指さす。

「お前は寝てたから知らねェだろうが、あの靴届いたぞ。折角だからこっち履いてけば」
「おおー!」

 注文したのは今週だったのにもう届くなんて!と神楽は宇宙の宅配システムにほとほと感心したあと、玄関にあった箱をぱかりと開けた。
 もしも朝帰りした銀時がタイミングよく荷物を受け取ってくれなかったら、神楽はこれを履いて行けなかった。なんてラッキーなんだろうと神楽は喜びに胸を躍らせながら、新しい靴を履いた足ですくっと立ち上がる。

「ちょっと硬いアルな」
「歩いてりゃ慣れんだろ」

 靴を履いた足で床をトントン叩くと、爪先が少し窮屈だった。だが銀時の言う通り、一回り大きいサイズを買ったはずなのですぐに慣れるだろう。

「ずいぶん楽しそうな顔してんじゃねーか」

 若いねえ、と銀時に囃し立てるみたいな言い方をされる。不思議と神楽の気分は悪くなかった。楽しそうに見えるのは当たり前だ。

「だって楽しいからネ」
「バカ、開き直んじゃねーよ」

 てっきり神楽が照れるものと踏んでいたのか、思わぬ反応に銀時は苦笑してみせた。神楽はなんとなく銀時に勝ったような気分になって、意気揚々と万事屋の玄関を出た。
 パンッと頭上で傘を広げて振り返れば、銀時と新八と目が合う。神楽は大きく息を吸った。

「いってくるアル!」



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