ソファの背もたれに隊服の上着を掛けて、スカーフとベストも一緒に放っておく。隊服はずいぶん消耗したように見えるから、全部片付いた日には新調してもらうつもりだった。
 ソファに腰掛けて刀を床に置けば、なんだか肩の荷を下ろした心持ちになる。
 長机の上に出された茶と握り飯ひとつをありがたく頂戴して、しばらく空っぽだった胃を満たすことができる。食欲が消えたら次は睡眠欲。瞼の裏で一気に眠気が猛威をふるう。

(このまま俺が眠っちまったら、毛布ぐらいはかけてくれる。)

 うとうと瞼が落ちかかった視界で、ソファに横座りしたチャイナの姿をとらえる。俺の右手に包帯を巻くために頭を俯けているので、この位置からじゃ、ちいさなつむじしか見えない。
 動かないつむじ。
 見ていると、なんとなく、まだ起きていたいと思う。
 右手以外の処置はとっくに終わっている。チャイナは救急箱から取り出した消毒液やテープを使って、手馴れた調子で俺の頬の傷やら擦り傷にガーゼを貼り付けていた。

(全身包帯ぐるぐる巻きにされたらどうしよう、なんて思ってたのはここだけの話。)

(見様見真似なのだと、消毒液を振りかけながらチャイナは言っていた。旦那の真似にしてはずいぶんと丁寧な手つきだったから、眼鏡か姐さんの真似だ。)

 皴にならないように、何度も巻き直される包帯。その作業をぼんやりと見つめながら、旦那や眼鏡はいないのかと訊いた。チャイナ曰く、今日は全員が別々の仕事を担当しているそうだ。チャイナは昼に、旦那は早朝に。眼鏡も実家から直接仕事場に向かう方が効率的のようで、全員が帰宅するのは夕方ごろだという。
 万事屋って意外にちゃんと働いてんだな。失礼な感想は胸の内だけで呟いた。

「これが終わったら、電話貸してくれねーかィ。ケータイの充電がなくなっちまって」
「電話?」
「あァ、山崎あたり呼び出せば来るだろ、はやく屯所に戻らねえと」
「お前、どっかで頭打ったアルか」

 ちょきちょきと包帯を鋏で断裁する手をぴたりと止めて、チャイナが顔を上げた。怪訝な表情を浮かべている。俺が首をかしげれば、向こうの視線は横に逸れる。

「休んでけば、ってことヨ」

 チャイナの青色の目が、ソファの背もたれにかけてある汗と血に塗れた隊服の上着を見つめる。

「ちょっとだけ仮眠くらい取っていったって罰は当たらないアル。私の知ってるお前は、サボれるときにサボっとく、そういう奴だったネ」
「ひでえ言い方」
「間違ってないだろ」

 まあな、と苦笑いで返事。たしかに俺らしくない考え。最近の、働くことしか頭になかった影響がこんなところにまで。
 誰かに休めと言われたのは昨日の昼前。相手は近藤さん。あのとき俺は半ば強制的に仮眠を取らされた。思えばあのとき仮眠をとっていなければ、今朝の乱闘中にぶっ倒れていたかもしれない。わりと本気でそう思う。
 現場から消えた俺を、あの人はたいそう心配しているはずだ。帰ったら、謝らなきゃいけない。
 ただ一つ問題があるとすれば、近藤さんに頬のガーゼやら右手の包帯を発見されたら、その上、誰にやってもらったか訊かれた日には。いったい俺はどんな顔をしたらいいか。
 ちらりとチャイナの顔を窺おうとした。包帯を巻く手は再開している。相変わらず、つむじしか見えない。



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