「おかしいと思いませんか」

 きれいに整った眉を八の字に曲げる妙に向かって、はあそうですかと銀時は相槌だけを返す。突然、しかも前置きなく始まった話に、何を言ったら良いかサッパリわからなかったからだ。
 つい先程、銀時は電話で妙に呼びつけられた。
 電話口から聞こえた声の低さは、思い出すだけで恐ろしい。アレ俺何しちゃったんだろう、今度は何やっちゃったの死ぬのかね俺。なんて必死に心当たりを探しながら原付を走らせてみれば、引っ張り込まれるように志村家の居間に通されて、今に至っている。生憎、心当たりはまだ見つかっていない。

「だって、こんなのおかしいでしょう絶対」

 机を一枚挟んだ銀時の向こう側で、おかしいと妙が何度も言葉を繰り返す。ああもう、いじらしい。何がおかしいって言うのだ。そう問うてみるつもりで銀時が口を開くよりも先に、妙が思い立ったように声を発する。

「ほら、私って美人じゃないですか」
「凄いやこの人、何の躊躇いもなく自分のこと美人って言ったよ。いっそ清々しいくらい自信満々だよ」
「なのに、いつまで経っても私に素敵な人が出来ないのはおかしいと思いませんか」

 銀時の台詞は華麗にスルーされて、妙の言い分は続く。そこでようやく銀時は、話の内容を悟る。どうやら自分は愚痴を聞かされているらしかった。

「このままじゃ、私の夢が叶わないじゃない」

 大きく突き出された妙の唇は不満そうに歪んでいる。悩ましげに手のひらを頬に添えて、ほう、と妙が大きな溜息をつく。

「ちなみに聞かせてもらうけど、その夢ってのは?」
「将来の夢は玉の輿だと、五つの時に決めてあります」

 恐ろしく真剣な目をして、妙はきっぱりと言い放つ。一瞬の迷いすら感じていない口ぶりはある意味尊敬にも値する。
 この女、どんな子供時代を送っていたんだろうか。などと考えながらも口には出せずに、銀時は出された茶と羊羹の一切れを口に運んだ。

「ねえ、もう一度聞きますけど。どうして私には素敵な人が出来ないんでしょうか」
「それはアレだろ、いくらオネーサンが美人だろうと、人気NO.1キャバ嬢だろうと、内面がゴリラじゃ何も始まらないよね。始まってもいないよね。もっと淑やかになるとか、玉子料理以外にも手を出すとか。いやアレはもう料理ってジャンルの枠からはみ出たモンだけど。とりあえず、まずはそのゴリラのような普段の所業を改めないと、嫁の貰い手なんざ一生現れねーんじゃねえかなうん」
「急須投げられたいんですか」
「えっ、オイちょっと待て待て待てェ! オネーサンそん中カラじゃないから! まだ熱ぅいお茶が入ってるから!」

 妙が机の上の急須をわし掴む。そのままスローイングの体勢を取ろうとするのを、銀時は慌てて制する。ようく見れば、妙の額には青筋が浮かんでいる。この女にゴリラだとかの単語は禁句だったのを、今更になって思い出した。
 銀時の必死な訴えが効いたのか。それとも元々本気ではなかったのか。妙は諦めたように急須を机に下ろしてくれる。しかし手には変わらず急須が握られたままであるから、銀時は迂闊なことを言えなくなってしまった。

「それで、」

 妙は相変わらずひどく真面目な目をしていた。右手には急須をガッチリ掴んだままで、妙からこちらへ目配せのようなものが寄こされる。何だってんだ。いぶかしんで眉を寄せる。

「ここからが問題なんです、銀さん。どうして私には素敵な男性が寄ってこないのかしら、って。おりょうとか同僚のみんなに尋ねてみたんです」
「へえ」
「そしたら、口を揃えてこう言うの」

 ずいっと、妙が手を伸ばした。不躾に指を突きつけられる。ピンと真っ直ぐに伸びた妙の指先は、銀時を捉えて離さない。なぜだか、息が詰まる思いがした。

「銀さんのせいだ、って」
「……そりゃあ、また」

 難儀な話をされてしまった、と思う。
 この話が難儀なのではない。この話を、妙本人から切り出されたことが問題なのだ。どうにも気まずくなって、突き出された指先から目を逸らす。しかし妙は逃がすつもりはないようで、じっと銀時をねめつけてくる。

「どうして銀さんがいたら、私に良い人が寄ってこないんですか」
「……さァ?」

 なんででしょうかねえ。なんでそんなことになってんのかねえ。不思議だねえ。何食わぬ顔で言葉を返して、何食わぬ顔で茶菓子を口に運び、何食わぬ顔で茶をすする。
 本当のところ、妙のところに良い男が現れない理由を、銀時が知らないわけがなかったが。

(料理が出来ない。性格はマウンテンゴリラ。あとは……シスコン。)

 机の下で、妙に見えないように問題点を指折り数えてやる。今思いつくのはそれくらいだがきっともっとある。数え切れないほどに。
 だけれど悪いところを探していれば、当然いいところも必然的に見つかるものである。特に、銀時はよく知っている方であった。
 本人が言った通り、彼女は街を出歩けば大勢の目を掻っ攫うほどの器量良し。言葉遣いや日常の所作も美しいし、芯が強い、何かとよく出来た女なのだ。妙という女は。本来なら嫁の貰い手くらい、数多にありそうな話だろう。
 それでなぜ男が寄って行かないのか。その理由が分かってないのはきっと、この女だけなのだ。

「オイ」

 手に納まっていた湯飲みを机へ下ろす。どうしたんですか、と妙がまばたきを繰り返す。
 今度は銀時が指をつきつける番だった。ずいっと伸ばした指の先には、銀時を不思議そうに見つめる妙がいる。

「お前に、男が出来ないのが俺のせいだって言うなら、」
「言うなら?」
「……俺が責任取ってやってもいいけど」
「責任って、なんの責任ですか」

 賠償金でも払って下さるつもりですか。要りませんよそんなもの。そんなものより滞納している新ちゃんのお給料を払ったらどうですか。
 間髪入れずに返って来た台詞がそれだった。きょとん、と、妙の純粋な眼差しが銀時に容赦なく突き刺さる。
 言葉の先を紡ごうとするも、口は思うように動かない。どうやら自分はとんでもなく動揺しているらしい。ビシリ! と妙に向けていた銀時の指は、いつのまにか、無残にもへにょりと歪んで下へ落ちてしまった。

(いやいやいや…、いくら何でも、鈍すぎるんじゃないでしょーか、ねえ。)

 銀時が、なんの理由があって毎晩仕事終わりの妙を迎えに行っていると思っているのか。寂しい懐なので、寒い店の外で妙を何時間も待つ夜だってある。
 そうして、妙にとっての素敵なひと(銀時にしてみればただの悪い虫)が寄って来ないように、必死に守ってきた。妙は気づいていないが、言い寄ろうとする男にはいつだって、銀時が射殺さんばかりの視線で追い払ってきたのだ。
 そう、妙に男が出来ないのは結果的には銀時のせいだった。

「はあぁ」
「なんで私の方を見ながら溜息をつくんですか。溜息なんてね、よくないからやめたほうがいいですよ。吐くと幸せが逃げるって、よく言うでしょう」

 もう逃げているんですけどお前のせいだわコンチキショー。
 完敗だ、と、銀時は机の上にぐたりと突っ伏した。上から妙の声がしているが、素知らぬふりをしてふて寝を決め込む。
 だいたい、なにが俺が責任とってやってもいい、だ。わかりにくいわ。ヅラでもこれ以上もっと上手い口説き文句が言えるはずだった。こんなので、この鈍いお嬢さんに伝わるかってんだバカヤローめ。
 突っ伏したまま、自分の行いを後悔する。もっとこうストレートに言うべきだったね、そうたとえば俺の髪のように、と思う。かといって、もう一度それを言うタイミングが訪れたとしても。「お前に男が出来ないのなら俺が娶ってやる」だとか、そんな台詞を言える勇気は銀時にはない。



おれの気持ちをしってるか '111216
title 弾丸
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