仕事帰りの妙を道場へと送る途中だった。前をゆく女の歩幅がいつもより大きいことに気付かされた。それはどうしようもなく些細なことで、例えば新八や神楽だったとしても、この小さな違和に気付けたかは怪しい。普段から歩幅を合わせている自分だから分かったのかもしれない、と、銀時は少し得意げになりかけた。
「ご機嫌ですか、オネーサン」
吐き出した息が白い靄になる。最近はまた一段と肌寒くなった。十月最終日の今日、外の寒さはもう冬のそれだ。
前を歩いていた妙がこちらを振り向く。ご機嫌ですかと声をかけた銀時に対して、ご機嫌ですよ、と応えるように。その口元がやわやわとほどかれた。
「ええ、だって、今日は特別な日じゃない」
誕生日ぐらい手放しで喜ばせて下さいな、と微笑む妙の声は弾んでいる。銀時は一瞬目を丸くさせられたが、すぐに、ああ成る程と納得する。
この女もまだ、十八の娘だ。何時もは恐ろしいくらい大人びた様子をしていても、誕生日となれば年相応に浮かれてみせたりもするらしかった。
それに気付いた瞬間から、目の前で微笑む女が急に幼く見えてくる。
面倒なことに、誕生日効果で大いに緩められた妙の目尻やら頬やら唇やら。普段は見受けられないあどけなさを見つけることが出来てしまうから。見事にざわざわと心が掻き乱される。
たった今、まだ子供だと自覚したばかりの女に、何を心ざわめかせてるのか。なんだか居たたまれない気分になって、銀時は目を伏せた。
「……何だよ」
妙が大股で距離を詰めて来た。不審げに呼びかけるも、向こうは含みある微笑みをひとつ寄こしたきりで何も答えない。
妙が、銀時の眼前に自身の両手を持ってきて開く。親に宝物か何かを見せびらかす子供のように。ほら、見て下さいな。妙の両の手のひらは、ふわふわした白い手袋が覆っていた。
「この手袋はね、今朝に新ちゃんから貰ったんです」
「へえ」
とっても温かいのよ。そう言って、手袋をはめた手が握ったり開いたりを繰り返す。
(姉上はひどい冷え性持ちなんです。けど、先月に買ったばかりの手袋を失くしてしまったみたいで。気に入っていたものだったんですかね、また失くしたらいけないからって、今年はもう買わないなんて言ってるんですよ、あの人ったら。)
心の底から呆れてやるような、しかしその意地っ張りな所もいとおしむような。優しい声音をしていた新八の言葉を銀時は思い出す。
好きなアイドルのCDを買うのを先延ばしにしてまで、貯金していたようだった。つい三日前には神楽を連れてデパートに行って二時間かけて妙に見合うものを選別していたことも銀時は知っている。
だから銀時は、プレゼントに手袋を選べなかったのだ。
「このマフラーは、神楽ちゃんから」
「ほぉ」
可愛いでしょうと、妙は首に巻いた薄桃色のマフラーを指差してくる。ところどころ編み目が荒れているのが目立つのは、あの少女なりに精一杯頑張った証拠だ。妙が目を伏せてマフラーに視線を落とす。その表情はひどく優しい。
当然ながら銀時は、何日もかけてマフラーを編んでいた神楽の努力を知っている。だから、プレゼントにマフラーを選べなかったわけである。
「他のはおりょうや花子ちゃん、お客さんから頂いたものです」
暗がりのせいで言われるまで気付けなかったが、紙袋が妙の腕にぶら下がっていた。銀時がプレゼントにアクセサリーやらバックなんてものを選べなかったわけはこういう理由である。(そもそも、買う金がない!)
贈り物の出元を一通り説明し終えた妙が、満足げに笑う。今宵の彼女の機嫌の良さは、これらが原因だったらしかった。
つまるところ妙は、ただ自慢がしたかったのだろうか。何かが腑に落ちなくて銀時が首を傾げるのと同時、笑いを堪えるみたいに妙が唇を震わせた。
「そういえば私、まだ銀さんから誕生日プレゼントを頂いてませんね」
「………」
まさしく今気付きましたみたいな感じに言っているつもりだろうが余りにも白々しい。計算した上での発言に違いない。
なんでこのタイミングで言うの、お前は。
銀時がじっと恨みがましく見つめてやるが、妙は依然として涼しい顔を崩さずにその場で佇んでいる。今まで散々自慢したあとにそれっておかしくね、おかしいよねコレ。ドSプレイですか言葉攻めですか。そう毒づいてやりたかったのに、実際に銀時が出来たことといえば目を泳がせることだけだった。
開いた唇は何も言えず、定まらない視線がぐるぐる漂う。手袋。マフラー。アクセサリー。服。ブランド物。誕生日プレゼントに相応しい、ありきたりなものは全て、妙はもう手にしているというのに。
「なあ、…あの、これさァ、」
「なんですか」
「別に、俺があげなくてもよくないですか」
「良いわけないでしょう」
妙がキッパリと否定する。声音こそは相変わらず弾んでいるが、銀時に向けられた突き刺さらんばかりの鋭い妙の目が「おら早く寄越せよ」と言っている。本当は用意してるんでしょう、とも言っている。なんで知ってるんだと思う。
「ああ、銀さん。そういえば私、嘘をついたわ」
「…うそ?」
「ええ。誕生日だから、なんて言いましたけど、まあ確かにそれもあるんです。けどね、違うの。本当の理由はそうじゃないのよ。私の機嫌が良かったのは、これがずっと楽しみだったからですよ」
何を、と銀時が口を挟む猶予も与えない。妙は愉しそうに言葉を続ける。
「銀さんが悩みに悩んだ結果、私に何をくださるのかなって」
ぐっと唾を飲み込んだのを、妙は目ざとく気付いたらしかった。肩を揺らして、うれしそうに微笑む。
きっと銀時が新八や神楽と被らないように物を選んでやることを、妙は分かっているんだろう。ブランド物を買う甲斐性もないことも知っている。
ならば最後に自分に残された手段はせいぜい、これくらいしかない。
目の前の妙は銀時が何を差し出すのか分かっているような目をしている。この女は変な所で勘が鋭すぎるから、可愛くない。こうして人の思考を読んで先回りしてくるものだから、いつだって銀時は妙を可愛くない女と呼ぶ羽目になっているのだ。
さあ、いつ言ったらいい。
なかなか言い出すタイミングが掴めなくて、先程から心臓がかゆくて仕方ない。
銀時の舌の上には、滅多に言ってやることのない愛の言葉が乗っかっている。
何をくれるの '111106
title うきわ