「銀さんを見ていると、なぜかしら、抱きしめてあげたくなってしまうんです」
なんでかしらねえ、と、しみじみといった様子で妙が感慨深げに呟いてみせた。
銀時が読んでいたジャンプから頭を引き上げれば、座っている椅子の向こう、来客用のソファに腰かけている妙と目が合った。その眼差しがあまりにも強いものであったので、銀時はその場で身じろぐ。
「今、お前、何て言ったよ」
「ええ、ですから。銀さんを見ていたら抱きしめたいなって気持ちになるんですけど、これ、どうしてだと思います?」
「……なんでそれを俺に聞くの」
だって、誰かに尋ねるよりかは本人に尋ねる方が早いと思って。妙は穏やかに微笑んで言ってのける。よくもまあ、こんなこっぱずかしい質問を平然と言えるものだ。銀時にしてみれば感心すら覚えてしまう。少しは照れがあったりした方が可愛げがあって良いのに、とも思うけれど口に出したりはしなかった。
その代わり、嫌な考えが銀時の頭をよぎる。
妙が言っている、自分を抱きしめたいだのの感情は、お前の「父上」や「新ちゃん」とやらに俺を重ねているだけじゃないかと。本当に抱きしめてやりたいのは俺ではない、別の誰かなのではないか。妙があまりにも軽々と言ってのけてしまうものだから、妙な勘繰りをしてしまうのだった。
「なあに、銀さんたら、変な顔して」
「変な顔にさせたのは、お前だっつーの」
唇を突き出した銀時が不機嫌さを主張してやっても、なんで私が原因なんですか、向こうは何も分かっちゃいない目で銀時を見つめ返す。
銀時の胸の内を渦巻いている嫉妬も葛藤も何も知らぬこの瞳は、一人で悶々と悩んでいる自分が馬鹿のように思わせられるから不思議だった。
「…言っておきますけどね。理由は分かりませんけど、これは銀さんだけですよ」
「なにが」
「私が抱きしめてあげたいと思うのは銀さんだけですからね、って。だから銀さんに聞いてるんじゃない」
銀さん以外に聞いたって、意味ないでしょう。
不意打ち気味にそのようなことを言われたものだから、バサリ、緩んだ手元からジャンプが膝元に落ちた。
大きく見開いているだろう目をそのままに、銀時は睨むように妙を見た。妙は静かに笑っている。そっと人差し指を銀時に向ける動作に、嫉妬していたでしょう、と心を読まれたような気分になる。急に恥ずかしさとむず痒さが押し寄せて、がしがしと頭を掻く。
銀さんだけですからね。
さっきの言葉を舌の上で何度も転がして、反芻する。何か言い返してやりたいのに、上手く言葉にならないので結局黙るはめになった。
(…たまに。いや、本当にたまに、ごくごく稀になんだけれど)
この可愛くない女は、突拍子もなく可愛いことを言うのだ。それが普段とのギャップになって、落とされた男は数知れず。銀時はそれをようく知っている。なぜなら、自分もそういうギャップにやられた一人だから。
デスクの上にジャンプを乱暴に投げ出す。ページの端が折れてしまっているが今はそれどころではなかった。
あァ新八と神楽が出掛けていて良かった。思いながら、銀時は椅子から立ち上がる。ぺたぺたと素足を鳴らしながらソファに近づき、妙の隣に腰を下ろした。
そこで両手を差し出してみせれば、目を細めた妙からの訝しげな視線を頂戴する。
「なんです、この手は」
「え。抱きしめてくれんじゃないの」
「誰が、いつ、そんな話をしましたか」
「お前が。いま。言ったじゃねーか、抱きしめたいって」
「……そういうつもりで言ったんじゃないわ」
ちょっとだけ鼻の先を赤く染めた妙が言い切るよりも早く、銀時の腕がたぐり寄せていた。抵抗はされない。「いつもはああなのにどうしてこういう時だけ…」などと、呆れたような、もしくは困ったような声音で、妙の息が銀時の肩口に触れた。
いつもはああなのに、って何だよ。唇を引き上げた銀時が苦笑気味に笑う。
「ねえ」
「あァ?」
「私がなんで銀さんを抱きしめたくなるのか、分かった気がするわ」
「へえ」
一体どういう理由だったわけ。なんだか尋ねるこちらまで恥ずかしくなる質問だと思いながら、銀時がそう問うてやる。ええ、腕の中の妙がしかと強く頷き返して、ゆらゆらと頭を楽しそうに揺らす。ポニーテールのやわい毛先が銀時に触れる。
「たぶんこれが、愛しているってことなんじゃないですか。誰かを抱きしめたいだとか、そういう感情を、きっと人は、愛してるって言うんだと思うわ」
躊躇いがちに、そうっと妙の手が銀時の背中に回りこむ。やわらかい気配。銀時が妙の顔を覗きこもうとする。が、その前に妙が銀時の胸板に顔を埋めてしまってかなわない。しかし隠しきれていない赤い耳元を見つけることが出来て、銀時はひっそりと笑う。
ああやはり、抱きしめてもらうより抱きしめる方が自分には性に合っている。腕の中にいる妙を閉じ込める力を強めながら銀時は思う。
誰かを抱きしめたいだとか、そういう感情を愛していると言うのならば。
妙は自分を抱きしめてやりたいと言ったが、それはこっちの台詞だ。
ただ愛していると伝えるための両腕 '110911
title 不在証明