*アクさく前提のべーさく





「暑いですねー」


夏。熱の篭もる事務所。
猛暑だというのに生憎クーラーは壊れていて、そこにいる一人と一匹は汗だくだった。


「はやくアクタベさん帰ってこないかなぁ」


そう言いながら佐隈は手で自分を扇ぐ。ぱたぱた、ぱたぱた。
それだけではあまり意味が無いと悟ったのか、シャツの前を軽くつまんで動かし、服の中に風を送ろうとする。

それをちらりと見て、ソファーに座るベルゼブブは目を逸らした。
ちらちらと覗く白い肌が目に毒だったからなんて、いよいよ自分も暑さでおかしくなったのか。


「アクタベ氏が帰ってきたとして、アナタに何の得があると言うのです」

「アイス。買って来てくれるように頼んだんですよ」

「なんですと!?それは勿論私の分もあるんでしょうね!?」

「ちゃんとみんなの分頼みましたよー」


いつもならあの悪魔の様な男が帰って来たところで嬉しい事などないのだが、
今回は思いもよらぬ豪華なイケニエが貰えそうだと、ベルゼブブは素直に喜んだ。
この暑さではカレーも作れないだろうし、ちょうどいい。

それにしても芥辺は相変わらず佐隈に甘い。
彼が佐隈の尻に敷かれ始めたのはいつからだったか。

自分がここに来てからの日々を思い返すが、それは突然起こった変化ではなく、夜が明けるように雪が積もるように少しづつ出来上がっていった関係なのだと気付く。
おそらくまだキスしてもいないのだろう二人は、それでも長年連れ添った夫婦のようだ。


ソファから降りて佐隈の膝に飛び乗り、
チョコレートソフトクリームを所望しますと言うと、
"そうだと思いました"なんて彼女は笑った。



蒸し暑い部屋。


「さくまさん」


動いてなどいないのに、流れ落ちる汗。


「ちょっと、前開け過ぎじゃありませんか」


夏の始まりの、ふたりきりの、ひととき。
熱が私を狂わせる。


「誰もいないですし。今だけですよ」

「ここに私がいるではありませんか」

「ベルゼブブさんは大丈夫です。アザゼルさんと違って紳士ですから」


2つ3つと開けられたシャツのボタンを注意する。
それなのにへらへら笑いやがって、この処女まるでわかっていない。
クソアマと罵ってやろうかと思ったがやめた。そんなことをして何になる。

彼女はこのぬいぐるみの様な自分を、ほんのひとかけらも異性として意識していない。
この姿が押さえつけるのはけして悪魔の力だけではないのだ。ああ、うっとおしい。

数千年もの時を生きてきた悪魔である私が、ただの人間の女とどうにかなるなんて、そんな事は考えたことは無かったし、今だってそうだ。
けれど、少しだけ、この女と対等な関係でいたいと思った。


「いいから閉めてください」

「ちょっと、それくらい自分でできますよ」

「うっせーな!黙ってろよピチグソ女がァ!」


抵抗する佐隈に有無を言わせず無理矢理シャツに手をかけて、乱暴にボタンを閉じていく。


「…あれ」


風でカーテンが舞い、二人は窓から入った強い日差しに照らされる。
その瞬間、ほんの一瞬だけ飛び込んできた映像に、佐隈は目を疑った。


そこに居たのは、いつか目にした、どこかの国の王子様のような――――


慌てて目を擦ると、目の前には眠そうな目をしたペンギン型の悪魔。「どうしました、さくまさん」

「…いえ、何でもないです」


きっと目の錯覚か何かだろう。そう結論付けてベルゼブブに返事をした。
その間に作業は終わったようだ。

綺麗に首元まで閉じたシャツを見て、ベルゼブブは満足そうに笑った。



(ナツウメ揺れた)








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夏の始まりに余所で書いたもの。
タイトルのナツウメは木天蓼の事で、夏に白い花を咲かせるらしいです



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