裕福な家柄、優しい家族、優れた才能。
大好きな姉が嫌ってやまなかった"幸福"の権化とも言える環境下で、
けれども私は幸せというものをはっきりと感じた事は無かった。

世界的に考えて恵まれた環境に居る私は恐らく幸福なのだろうと、無理矢理自分を納得させていた。そこに感情は存在しない。明確な形を得られる事は無いのだろうともわかっていた。

しかし、そんな私が、どうして他人を幸せにする事など出来ようか。

私が私になるには、他人の為に生まれてきた黒神めだかを完成させるには、
"幸福"の定義が必要だったのだ。味を知らなければ料理は作れない。だから、

「なあ善吉、貴様はどうしたら幸せだ?」

人生初のプロポーズと失恋を僅か10秒で済ませた後で、私は善吉に問い掛けた。
まずは目の前にいる人間を幸せにしてやりたいと。そう想った。

「幸せ?」
「心が満ち足りる、という事だ」
「ううん、よくわかんないけど、君と遊んでいると楽しいよ!」
「ならばまだ遊ぶか?」
「うん!もっと遊ぼう!」

こうして遊んでいれば善吉は楽しいのか。幸せなのか。
そう善吉が言ったから私は張り切った。物凄く張り切った。
その場にあったおもちゃは余す事無く使ったし、
おおよそ幼児の遊びと呼べないものまでやってのけた。
その度に善吉はとても楽しそうに笑うから、きっと幸せなのだと思った。
そう思う事で私も幸せになれた。
私は、幸せだった。誰かのために生きているという生き甲斐は、瑞々しく心地よくて、確かな実感としてこの胸を弾ませた。
生きることは劇的だ!
生きる意味を与えられた事で私の人生は色付いて、香り高く味気のある素晴らしいものとなった。

「嬉しいなあ、めだかちゃんが遊んでくれて」
「そうか、善吉が喜んでくれて私も嬉しいぞ」
「お母さんはあんまり遊んでくれないから」
「瞳先生は仕事が忙しいのだろう」
「うん、でも・・・・・・」

善吉が翳った表情を見せたから、私は積み木に伸ばした手を止める。
他人を慰める方法など知らなかった。だから私は、必死で記憶を探った。
なにかあった筈だ。本で読んだあれはどうだ。兄がよくしてくれるそれを、その暖かさを、善吉に与えてやれるだろうか。

天井に届くまで高く高くそびえ立つ斜塔がぐらりと揺れて崩壊を始めた。幼児の安全を考慮してだろうか、床に敷かれた柔らかいマットが落下の衝撃を吸収して、けれども木と木のぶつかる音が一拍後れて降り注ぐ。
計算し尽くされた角度で二人を避けて落下する積み木達。
異常だと呼べるその光景の中心で、
私は善吉に抱きついて、出来る限り優しく頭を撫でた。

「いい子、いい子」
「? ・・・・・・?」
「大丈夫だぞ、私がいつまでも遊んでやるから」

ぎこちない抱擁と慣れない手付きに善吉は戸惑っただろう。
けれど私が手を動かし続けると、いつしかその腕を私の背中に伸ばしてくれたのだ。

「ありがとう、めだかちゃん」
「うむ、どうという事は無い」

善吉。善吉。善吉。
胸を張って声に出して言おう。

誰かにありがとうと言われる誇らしさを。むず痒さを、照れ臭さを、温かさを、至上の喜びを。
この私に与えてくれた、あなたに心からの愛情を。

愛してる。



××years ago...


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