*付き合ってる設定




ふう、と私は溜め息を吐いた。
今日の依頼も無事解決し終わって悪魔達を魔界に帰して、あとは事務の仕事が少し残っているくらい。けれどいつもなら気が楽なはずなのに今日は違った。前々から気になっていた事が、久しぶりに呼んだある悪魔のおかげで気になって仕方がないのだ。

だから私は言ってみることにした。
愛しい愛しい、私の恋人に。


「すきって言ってください」

「は?」

悪魔達のいない二人きりの事務所で、私は突然そんなことを口走った。
アクタベさんは子供向けの絵本を読んでいた目を上げて、驚いたように聞き返す。

「だから、すきって言ってくださいよ」

「酔っ払ってるのか」

「違います」

違いますよ、アクタベさん。
いつもみたいに酔っ払ってこんな事を言っているわけじゃないんです。
自分でも恥ずかしくて顔から火が出そうだけど、これでも勇気を出して言っているんです。
だから、聞いてください。


「私たち、付き合ってるんですよね?」

それは今日からちょうど一ヶ月ほど前の事だ。
今みたいに二人きりの時、アクタベさんは言ったのだ。いきなり「付き合って」と、たった一言だけ。わけがわからなかった私は「依頼ですか?いいですよ」なんてとぼけた事を言ったりもしたのだが、ちゃんとアクタベさんの言いたい事も伝わって今は晴れて恋人と言うことになっている。
そのはずだ。


「ああ、うん」

「じゃあ言ってくださいよ」


アクタベさんが付き合ってって言ってくれて私は嬉しかった。
悪魔より悪魔のように見えても、たとえ人間じゃなくても、本当は優しいことを知っていたから。
アクタベさんは誰よりも頼りになる私の大切な人だ。

けれど付き合いはじめたのに関係は何も変わらない。好きだなんて言って貰えたこともないし、手を繋いだり抱き合ったりとかそういうのも一切ない。

そんな関係にもやもやしていた時にちょうど呼び出されたのが嫉妬の悪魔"アンダイン"だった。

「アンダインさんにはすきって言うのに…」

「あれはただのイケニエだ。気持ちなんてこもってない」

「…っ、それでもっ」

「そんなに言葉が大切か?」

アクタベさんは、大切なのは気持ちであって、いくら言葉で飾っても気持ちが無ければ意味がないとかそういうことを言いたいんだと思う。
ただでさえアクタベさんは普段無口だし、言いづらい事なのかも知れない。
だけど、そう言うアクタベさんの瞳は暗くて感情が読めなくて、なんだか悲しくなった。
この人は本当に私の事を好きなんだろうか。わからない。仕事を辞めさせないために言っているだけじゃないんだろうか。


「言わなきゃ気持ちは伝わらないんですよ!」

私にはアクタベさんの気持ちがわかりません、そう言って鞄を持って事務所を出ようとした。けれど強い力で腕を捕まれてそれは叶わなかった。


「…いたい、離してください」

「やだ」

「離してってば!!…んうっ」


なんとか振りほどこうともがいたけれど、ただの女子大生の私がアクタベさんに敵うはずもない。腕の痛みに声を上げるとアクタベさんは駄々をこねるように拒否する。そんな事を言ったって、私は怒っているのだ。簡単には許せない。
いよいよ堪えられなくなって大声を出すと、顎を掴まれ、ドアの方を向いていた視線がぐいっとアクタベさんの方を向き口を塞がれた。

マウストゥーマウス。
いわゆるキスと言うやつだ。
好きだと言われたことも無いので勿論キスなんかもしたことは無い。
こんな風に無理矢理にされて、恋人同士の初めてのキスなのにちっとも嬉しくない。


「…ん、なにす、」

「…さくまさんは」

「?」

「あんな魚類と同じ言葉が欲しいのか」


しばらくして唇が離れて、カサカサしたアクタベさんのそれが言葉を紡ぎだす。
その言葉に、キスの間に沈下していた怒りを再び覚えた。


「それでも女の子はすきって言ってもらいたいんですよ!アクタベさんのわからずや!!」

やばい、怒られると思ったけれど言ってしまったものは仕方が無い。正直すごく怖いが、怒られようと私はこの気持ちをごまかさないだろう。

案の定アクタベさんはこめかみに青筋を浮かばせて、そしてこう言った。


「愛してる」

泣く子も黙るどす黒いオーラを背景に愛の告白。
あまりにも顔とセリフが合わなくて、理解するのに時間がかかった。
そして理解すると共に、ボンと音が聞こえるくらい顔が耳まで熱くなる。

「イケニエに使うようなあんな言葉じゃ、おれの気持ちの一割にも満たない。好きなんかじゃ足りないんだよ。それだけだ」

一気にそれだけ言ってアクタベさんは俯いた。
そして、照れているのかそれっきり何も言わなくなってしまった。
あいしてる。
そのセリフを何度も頭の中でリピートしてかみ砕く。徐々に徐々にその言葉は私の心に染み込んでいって、さっきまでの事が嘘のように私は機嫌が良くなった。真っ赤に染まった頬が自然と上がる。

あのアクタベさんがこんな事を言うなんて、アザゼルさん達が聞いたらさぞ驚く事だろう。
求めた私ですら予想外すぎて、信じられない気持ちでいっぱいだ。

それでも。
アクタベさんの気持ちは恥ずかしいくらいに伝わった。


「…すみません、アクタベさん。私わかってませんでした」

「………」

「私も、その、愛してますよ。アクタベさんのこと」


愛してるだなんて言ったことも言われたことも無いから馴れなくて、ぎこちなく聞こえただろう。
それでも私の気持ちは伝わっただろうか。
アクタベさんに負けないくらいの私の気持ちは。

今日の晩御飯はアクタベさんのリクエストにしようと考えながらニコニコしていると、


「そうか。わかった」

アクタベさんが笑った。
楽しそうに、ではない。悪魔のように、笑った。
その笑顔に違和感を感じて首を捻る。

そして私は数秒後にその意味を理解することになる。

さっきと同様に突然に、アクタベさんが私の手を引いてソファに押し倒したのだ。

「このおれにここまで言わせたんだ、わかってるよな?」

「はい…?」

「俺達は愛しあってるんだから別にいいだろ」

「えっ、ちょちょちょちょっと待ってくださ」


「それじゃ、貰おうか」

"さくまさんの処女"

アクタベさんはそう言って私の肩に噛み付いた。




(さよならアルテミス)





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