どうして私だったのか、よくわからない。


たまたま目についたから。少しだけ銃の扱いが他の子供より上手かったから。はたまた私の顔が彼の好みだったのか。
考えてみたけれど、分からなかった。ただ幸運だったとは思う。

誰に使われようと、慰み者にされようと、それが私の運命なのだから。
そこに、怒りも、悲しみも、痛みすら、私は感じる事はない。

「君には僕の道具になってもらう」

切嗣は出会い頭にそう言った。
灰色の空と、血塗れの景色に、硝煙の匂いをさせて。


今にも泣き出しそうな顔だったのを、私はよく覚えている。




「食べられるか?」

拾われて最初に与えられたのは、雪のように白いクリームに覆われた生菓子だった。苺がまるごと一個載っていて、赤と白が綺麗な食べ物。当時の私はそれを『ケーキ』と呼ぶ事すら知らなかった。

(あまい、あまい、まずい、きもちわるい。)

私はそれを、一口食べてすぐに吐き出した。
それまでろくな食事も与えられていなかった私には、その脂っこい砂糖の固まりが、気持ち悪くて堪らなかったのだ。

ごめんなさい、ごめんなさい。
汚して、醜くて、ごめんなさい。

怒られる、笑われる、乱暴される。
えずきながら繰り返し謝った。それが私の見つけた一番いい生き方だった。
叱られる事には慣れている。

なのに、怒鳴る声も髪を引っ張る乱暴な腕も、いつまでたっても訪れない。
それを不自然に思い、嘔吐物に塗れた顔を上げる。


「・・・・・・え、」


彼は、ひどく動揺していた。

暗い瞳を震わせて、
雷鳴に打たれたかのようにただ立ち尽くしていた。


「・・・・・・すまなかった」


その顔と言葉に私も混乱したものだ。
どうして謝るのか。何故あなたが傷付いた顔をするのか。
その一瞬だけ、馬鹿みたいに二人で固まっていた。




それから切嗣はとても慎重に、私に食べ物を与えるようになった。
私は出されたものはすべて食べ、もう味の濃いものを拒む事も無くなった。
後から切嗣に聞いた話だけれど、パンをだんだん甘くして、スープの具を段々増やしていったらしい。中々加減が難しかったと。



「顔色が良くなったな」

彼に拾われて一月が経った。
偽造パスポートに印された、その日が私の誕生日だった。

私は切嗣に呼ばれていた。試験をするから、と。 私が戦場で働くのに相応しいかどうかを確かめる、大切な試験。
戦う術は拾われた時よりも格段に向上していたけれど、捨てられるかもしれないという薄暗い不安が胸の中に巣食っていた。

椅子に腰掛けて切嗣を待つ。ことり。目の前のテーブルに何かが置かれた。
それは、雪のように真っ白な、ふわふわの―――


「これを食べられたら、もう身体は大丈夫だろう」


大きな苺の、ショートケーキ。


「テストだ舞弥。食べてご覧」


そう言った声はひどく柔らかかった。まるで娘を慈しむ父のような声だった。いくら子供でもわかると言うものだ。
嘘をつくのが下手なひと。 ・・・不器用で、優しいひと。


口の中に広がる甘さが、私の世界を愛おしく塗り直していった。


「……おいしい」


泣いた。生まれて初めて、痛みからではない涙を流した。
あなたが最初に与えてくれたものは、こんなにも、涙が出るほどおいしかったのか。

(あまい、あまい、おいしい、うそみたい)

涙と共に言葉を落とした。
ありがとう、と。


「そうか、美味しいか」
「はい」
「よかったな、合格だよ」
「・・・・・・はい」

切嗣が不器用に私の頭に手を伸ばして、わしゃわしゃと撫でまわす。
その瞬間にやっと気付いたのだ。

この人は私を"人"として見てしまっている。

道具だと言ったのに。 人間扱いなんて望んでいないのに。
切嗣はその優しさ故に、私を使い捨てる事ができない。

私を拾った事に責任を感じているのだ。

ケーキみたいに繊細なあなた。
一度慣れてしまえばその甘さは私を虜にする。


ねえ、きりつぐ。
あなたがわたしをたいせつにしてくれているのなら。
わたしをあいしてくれているのなら。

だめ、だよ。
あなたのじゃまはしたくない。



だから私は私の意志で、















「お前の役目は終わりだ」


その言葉を聞きたかった。


切嗣、あなたは知らないと思いますが、

私はあなたの腕の中で死ねて、

きっとマダムにも負けないくらい、


世界で一番しあわせでした。











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