※黒槍×剣、士剣要素あり
※後味が悪い






「シロウ!」

血だまりに横たわる身体に黄色い槍が突き刺さっていた。その短槍は、シロウを地面に縫い止める程に深く深く抉っていて、誰が見てもそこにあるのは既に息絶えた屍だった。

「ああ、シロウ、返事をして下さい!」

夥しい量の血液が床へと流れ出てはいるが…幸いあの身体には私の鞘が収まっている。きっとマスターは気を失っているだけだ。急いで駆け付ければ彼はすぐにでも息を吹き返すだろう。けれど、体が動かない。どうやらシロウを刺した人間が私を縛りつけているようだ。
私の動きを封じるそれは長く伸びた茨だった。手足から胸元にかけて絡み付く茨が、藻掻けば藻掻くほどに身体をきつく締め付ける。構わず逃げ出そうとすれば、固く尖った刺が鋭く服を切り裂いて、やがて肌から血が滴った。力の限り振りほどこうとするのに、魔力が足りない。シロウはまだ目を覚まさない。

「ぐっ…シロウ…シロウ…!」
「必滅の黄薔薇の効果は知っているだろう。お前のマスターは死んだ」
「貴方は…!」

暗闇に浮かび上がるように、一つの影が現れた。

10年の時を隔てて現界した今でも決してその声を忘れる事は無かった。聞く者全てを惑わせるような、甘く鼻にかかったような低音。蠱惑的な魅力を持ちながらどこか秘めた情熱すら感じさせる言葉達。

「また会ったな、セイバー」


前回の戦争…今となっては思い出すのも悔やまれる程に不甲斐ない結末を迎えたあの戦いで、ただ一人私を認めてくれた人。好敵手として私を支えてくれた人。

第四次のランサーのサーヴァント。真名はディルムッド・オディナ。

私の、大好きだったひと。

「何故、貴方が私のマスターを。貴方はそのような事をする人では無かった!」
「はっ!お前がそれを言うのか?かつての俺の主を殺したのは貴様であっただろう?よもや、忘れたとは言わせぬぞ」

何も。何も言い返せなかった。言い返す事など出来なかった。そこにどんな理由があろうとランサーの仕えるマスターを最終的に手に掛けたのは私であったし、そうなるように仕向けたのもまた私が仕えたマスターだったからだ。
沈黙を肯定と受け取ったのか、ランサーの瞳は更に暗く濁った。


「マスターのいない状態ではそのうち消えてしまうだろう。これは情けだ」

無理矢理に顎を捕まれ、乱暴に口づけされる。唇を割って入ってきた舌が口内を掻き乱して、火傷しそうに熱い魔力が注がれていく。


──きたない。
──いやだ。こんなのは、こんな魔力なんて、いらない。

押し寄せて来る甘美な力の波に息も絶え絶えになりながら、なんとか舌に噛み付いてやると、ランサーは目を細めて笑った。

若草の背中は漆黒に染まり、渇いた血涙が美しかった頬を汚している。そうして彼が見せた笑みは以前の涼やかさなど微塵も感じさせない、人の道を外れた外道のものだった。

「お前は俺を裏切った。救い救われる間柄だと信じていた。しんじていたのだ、アルトリア」

再び彼にその名を呼ばれる日を少女のように夢見ていた。けれど、低く囁くその声は、胸を焦がした想い人のものと思えない冷酷な響きに包まれていた。信じられない。信じたくない。あの優しかった彼が、ここまで墜ちてしまったなんて。嘘だ、嘘だと言ってくれ。

「教えてやろう。この身に降り懸かった果てしなき絶望を。愛でてやろう、その身体が音を立てて壊れるまで。俺の怒りを受け入れろ」

放たれる怒りの言葉と共に、蕩けるような蜂蜜色だった瞳が血の色に輝き私を責め立てるのだ。彼を救えなかった私を、そして、今も彼を救えない私を。
きっと彼はもうあの頃の気高い英霊ではない。ディルムッド・オディナの魂はあの日あの瞬間に終わりを告げた。これは、ディルムッドだったモノの残り滓なのだ。彼が最後に見せた怨念の、怨嗟の叫びの塊。騎士でも、英霊でも、ヒトでもない。ただの、呪い。私に降り懸かった一つの呪い。

けれど、それと同じように。
私もあの日には戻れ無い。


「この身体はもう以前のように清らかな物ではありません。貴方と並んでいた時の純潔は失われてしまった」
「それでもいいのなら。こんな、つまらない女ごときの操を奪い蹂躙するだけで貴方が満足できるなら安いものだ」
「私は貴方を好いていました。報われないと知りながらその気持ちを捨てる事など出来なかった。けして報われてはいけない想いだった」
「けれど今、わたしの全てはマスターのもの。私の心はシロウと共にある。ディルムッドだったモノよ、この身体も命も好きにしたらいい。好きなだけ痛め、辱め、本能のままに壊せばいい」

「それでも私は……決して貴方に心を捧げは、しない」

そう一息に言い切ってしまえば後は楽だった。彼に身を委ねてしまえばいい。なに、あの時ランサーを切り裂いた絶望に比べれば、たいしたことは無いだろう。痛みならもう既に味わった。今度は優しさも無いだろうが、失う物だって何も無い。先程までの震えは収まった。涙も瞼の奥に閉じ込めた。暴れるのを止めた事と無理矢理に受け取った魔力のおかげか、皮肉なことに、肌の傷は一つ残らず癒えていた。

「そうか、もうお前は手に入らないのか。お前は昔のお前では、無いのだな」
「貴方がそれを言いますか」
「お前が俺のものにならないならそんな身体など必要無い」




「壊してやろう。終わらせてやろう。"セイバーだったモノ"よ、楽に死ねる事を喜ぶがいい」


その言葉を理解する前に、ランサーは既に槍を手にしていた。
至近距離で長槍を具現化した彼に、反応一つ許されない。


ああ、殺される。
そう理解はすれども抵抗する気は起きなかった。

あの時彼自身を貫いた槍が、今度は私を射殺すのだろう。
私の背中にも綺麗な薔薇が咲くのだろう。


申し訳ありません、
シロウ、貴方を守る事が出来なかった。


破魔の紅薔薇が私の胸をえぐるのと、
シロウが回復を済ませてランサーに切り掛かるのは、
全く同時だったように思えた。

そうして私が最後に見たものは。





翡翠の胸に突き刺さる短剣と、

えぐり取られた竜の心臓と、

琥珀色に輝く―――――












(カムランの丘で私はまた貴方の事を思い出すでしょう)
(この俺がお前を永遠に葬ってやりたかった)


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