鬼畜カイジ受(を目指した)

*性描写・流血表現あり。18歳未満の方は閲覧をお控えください

*会長と命がけのギャンブルをしたカイジが負けて慰み者にされている…という設定が前提
*この文字色がカイジ視点
*この文字色が会長視点




始まりはほんの余興だった。3つのワイングラスのうち、筋弛緩剤を含んだものが一つ、催淫剤を混ぜたものが一つ、何の変哲もない普通のワインが一つ。最後のそれを取ればカイジは1千万の借金を兵藤に返済したことになり、他のものを取れば兵藤がカイジを玩具にするというだけのひねりのない単純なお遊びだった。…そうだったはずだ。

無論兵藤の飲むワインにそのような薬が仕掛けられてはいない。敗北して命を落とすはずだったカイジを生かしてやっている上に、借金がなくなれば解放してやるとまで約束してやっているのだ。破格以外の何物でもない処遇であるというのに、その上にまだ戯れ事でギャンブルをしてやるというのはあまりに馬鹿げている。
「ギャンブルがしたいのなら一人でやれば良かろう、うまく事を運べば借金をいくらか消してやる」と言ってから、カイジは「あんたもギャンブルに参加しろ」などと喚くことはなくなった。 そもそも兵藤がカイジとのギャンブルを愉しめていたのは、リスクに背を焼かれる感覚を味わえるからである。今のカイジとやりあったところで失うものなど何もないではないか。カイジが一人でギャンブルをして百面相をするさまを眺めている方が余程愉快だ。 ゆえに今回も傍観者としてただその場に座って、黒服が用意したワインを口に含んだだけだったはずだった。 ……というのになぜ今の己は床に伏して動けなくなっているのか。

(……黒服が手筈を間違えたのか)
思い返せば、カイジが運試しに使うワインと己が飲むワインが運ばれてきたのは同時だった。その際に何らかの不手際で本来カイジに差し出されるべきであった筋弛緩剤が混入したワインが己の手に渡ったのではないか、などと推測したところで後の祭りである。

「いいザマだな、兵藤」

仁王立ちで兵藤を見下ろすカイジ。初めこそ兵藤が何らかの疾患で倒れたものと思ったらしく慌てふためいていたというのに、すぐに兵藤と同じことに思い至ったらしい。2杯のワインを呷り自らの身体に一切の異変がないと分かった途端に勝ち誇ったような科白を抜かして笑う始末である。

兵藤のワインがカイジのものと入れ替わったと仮定するならばそれが手っ取り早い確かめ方なのだろうが、催淫剤入りのワインに当たる可能性を承知しながらよくもまあそのような真似ができるものだ。おかしなところで感心してしまった。
症状や効き目の現れるまでの時間からして、十中八九カイジに使うはずだった筋弛緩剤が兵藤のワインに混入 していたことは間違いない。今までに何度かカイジに同じ筋弛緩剤を盛って遊んだこともあるから、その経験からカイジは兵藤が筋弛緩剤で動けなくなったのだと気づいたのだろう。さっさと黒服を呼びに行かないあたりからして、何か好からぬことをたくらんでいるのは明白だった。

はてさて面倒なことになった、と他人事のように思いながら長い息を吐く。呼吸機能に支障をきたさない程度には薬の量を抑えているのだから当然手足も動かそうと思えば不可能ではない。だが力を振り絞って自力で椅子に戻ったり、黒服を室外に呼びに行ったりするほどのことは到底できそうになかった。
できないのならばあれこれと思い悩んで苦にしても仕方のないことである。兵藤は諦めの早い性質の人間だった。





なぜこのようなことになったのか、回想を終えて思い出しても状況の打開にはまったくこれっぽっちも役に経たない。

すっかり血の気の引いた頭が不快で吐き気を催す。兵藤のはだけた着衣、乱れが特に酷い股の間から顔を上げたカイジ。その三日月の形に裂けた口に付着している体液がぬらぬらと光るさまを見て兵藤は眉を顰めた。

「全ッ然勃たねえ。勃つまでが長いよな、あんた」

このように愚弄されても抵抗らしい抵抗すらできていない己に嫌気が差す。ついでに言うなら、おかしな気まぐれを起こしてカイジを生かした己にもほとほと愛想が尽きた。

そもそも何ゆえにそのような決断に至ったのか我ながら解せない。確かにカイジのことは気に入っていたものの、それはカイジがギャンブルで己を討つかもしれないという期待からくるものが大きかった。カイジを降し、その期待も消えてしまっても尚、なぜ己はカイジを生かしたのだろう。隙を見せればすぐさま噛みついてくる狂犬であることも承知していたというのにこの体たらく。
らしくない油断である。やはり己はどうかしているのではないか。……身体が不自由な分、思考だけはよく回った。

未だに四肢は重いまま自由にならない。例えるならちょうど手足に泥土がまとわりついたときの感覚に似ている。まだ兵藤が若かった頃、深い沼に落とされた際の記憶が不意によみがえった。カイジといると忘れたはず の思い出がどこからともなく転がり出てくる。己がおかしな気を起こしたのは恐らくそれが理由の一つなのだろうとは薄々勘付いていた。
兵藤は己の過去を忌み嫌っている。その過去の己の愚直さに輪をかけたような人間がカイジだった。忌々しいことを想起させるものが目の前にあるのならば、踏みつ けにしなければ気が済まないのが兵藤だ。しおらしくして失せれば良かったものを、その後も無駄に噛みついてくるから始末が悪い。

「一応、感覚はあるんだろ?」

言うなり陰茎を強く握られて激痛が走る。せめて声だけは漏らすまいと心に決めて、申し訳程度だろうと力を顎に込めていた兵藤は僅かにも呻かなかったが、苦痛で息が引き攣ることだけはどうにもできなかった。それを見たカイジがにんまりと笑って「気分はどうだ?」と問いかけてくる。

「少しは俺の気持ちが分かっただろう」

知ったことか。というよりも、それは君の言うところの敗北の代償というやつではないのか。大人しく負けに 甘んじるのが数少ない君の良いところだと思っていたのだがな。―――などと浮かんだ皮肉を口にすることもできない。否、何か言おうと思えばできるのだろうが、この調子ではどうせ一つの単語を発するのにも苦労して無様を晒すだけなので大人しくしている。どうせ事が終われ ばこのような馬鹿げた真似をしたカイジは即刻制裁だ。 王を辱めた罪に相応しい罰を与えた後に海にでも沈めてやる。

ふいと視線を横に逸らして天井を見やった兵藤の耳にくつくつと低く喉を鳴らす音が届いた。笑みをかみ殺しながら動けない獲物を見下ろすかがちの姿が脳裏を過って、兵藤の胸はますます悪くなる。優越を確信したものだけが浮かべる感情、常ならば兵藤が抱いているはずの気配をカイジから感じ取る。ど、ど、ど、と鼓動が強さを増したのは気のせいだと思いたかった。






なんだって俺がこんな茶番に付き合わされなければならないんだ。

さっさと殺せばよかったんだ。そういう条件の賭けだった。互いの命を賭けたテーブルに銃を置いて、負けた方はその銃弾で殺されるという筋書きだった。なのに俺を負かした兵藤は俺を生かし、邸に閉じ込め、以来ずっと慰み者にしている。 俺の身体を弄んで嬲りものにする兵藤の手を見ながら、こいつはいつ俺の首を絞めて殺すのだろうかと、いつも思っていた。そりゃあ死にたくはない。賭けに付き合えば生かしてやると言われるのならいくらだって相手をしてやる。だが1度の勝利につき1千万の借金の返済になるなんて話は端から期待していなかった。だって、俺 は負けて殺されるはずの人間だ。それが今更、気が変わったから逃がしてやるだなんてそんな虫の良い話があるものか。

俺は相応の覚悟でもって命を賭けて挑みかかったが、 兵藤はそうでもなかったのかもしれない。憤激していたし、勝負中も俺を殺してやると憎々しげに吐き捨ていたのにも関わらず、勝負が終わればあっさりと気が変わったとのたまって男色なんて悪趣味すぎるものを俺に迫るのだから。

幾度と繰り返したか分からない堂々巡りの思考に無理やり切り上げる。いつだかあいつは言っていたじゃない か、命は粗末にするものだと。その言葉をとるのなら、まさに俺が受けている仕打ちはそれそのもので、一応理には適ってるじゃないか。仇討のために賭けた命を、絶たれるはずの命を、気まぐれに生かして戯れのように凌 辱する。悪辣極まりないやり方だが、最近はそれが兵藤らしさなのかもしれないとすら思いはじめている。
きっと頭がどうかしてしまったんだ。どれだけ追い詰められようと兵藤の非道を1ミリだって肯定するものかと、ずっと思っていたはずなのに。








兵藤からしてみれば少し変わった獣を手に入れた気分だった。いや、獣というよりは虫か。真夏に避暑地の別 荘へ羽を休めに向かって、庭先を散歩していた兵藤の着物の袖に虫が留まった。それがカイジだったというだけだ。常ならばはたき落として踏み潰していたはずのものをどうして持ち帰ったかなど、兵藤の知ったことではない。気紛れに遊んでみたら思いの外胸が空いたというだけで、これ以上に目をかけてやろうとも思わなかった。
和也に何度か「カイジさんが気に入ったの?」と尋ねられたが、そもそも兵藤はカイジの業の深さとしぶとさは好ましく思っていても、カイジの人間性を好ましいと思ったためしは一度だってない。むしろ高尚で清廉な善意を語られるたびに反吐が出ると思う。机上の空論ほど無意味なものはないように、役に立たない綺麗事ほど聞くに堪えないものはない。 兵藤はカイジをいかようにもできた。不愉快な気分にさせられたら折檻しても良いし、その気に食わない性根を叩きなおしても良かった。だがそれ以上に面倒くささが勝ったのだ。ここのところずっと、どこか倦怠感があってやる気が出ない。仕事上で制裁を告げた後も今までは 「こういった目に遭わせろ」と指定することが多かった が、最近は側近の黒服に任せきりである。公私にわたってあらゆることに熱意が感じられなくなり、手を抜くようになっていた。
特にトラブルがあるわけでもない、体調を崩しているわけでもない、というのにどうにも毎日が面白くない。 いつ頃からだったろうか?最近というほどだからそう遠い出来事でもないはず……。記憶を遡って順に思い出そうとしたところで、無駄に廻りが早くなっている頭が一足 飛びに候補を上げてくる。 そこで兵藤ははたと気づいてしまった。次いで、その気づきが否定や異論を挟む余地がないほど強い確信であることにも心付いてぞっとする。思わずカイジを見やるが、カイジは兵藤の顔になど目もくれない。 ……カイジとのギャンブルで命のやりとりをして勝利を収めた、その翌日からのことだ。己が無気力な感覚を抱くようになったのは。






もしも兵藤が改心してこれまでの暴虐を懺悔するとしても、俺はそんな姿は決して見たくなかった。ただあの場で俺に負けて死んでくれればよかったのだ。これまでどうあっても他人を殺せなかった俺が、あの勝負のときだけは明確な殺意とともに「命を賭けろ」と迫った。あのとき俺が勝って兵藤が床にひれ伏して無様に命乞いをしたとしても(まああいつはそんな真似はしないだろうけど…)きっと俺は容赦なく銃の引き金を引いただろう。 現に兵藤に殺されたみんなの名前を唱えて「みんなに死んで詫びろっ……!」と泣きながら銃弾を撃ち込む悪夢を何度となく見ては飛び起きている。 悪逆を咎めるたびに兵藤は憎々しいものを見るような目で俺を一瞥して「そこまで他人が哀れだというのなら君が身代わりになってやればいい。わしは別にそれでも構わんよ」と嘲る。きっとこいつは俺にそうして死んでほしいのだろうなと、何となくだが勘付いていた。俺のことを偽善者だとか愚か者だと蔑むくせに、身代わりになれと言われて言葉に詰まる俺を見てがっかりしたような顔をする兵藤も大概、頭がどうかしている。

「……っ」

射殺さんばかりの目で睨めつけて、歯を食いしばって声を殺して。額に汗を浮かばせている兵藤を見ていると、俺がはじめて兵藤に組み敷かれた時のことを思い出す。あの時の俺も歯を食いしばってひたすら凌辱に耐えながら兵藤を睨みつけていた。心の中で何度も兵藤への呪詛を唱えた。今の兵藤もそうなのだろうか。だとしたらなんと痛快なことだろう。
ざまあないな。さっさと殺せばよかったのに、気が変わったなんて悠長なことを言っているからこういう目に遭うんだ。
俺がこいつにとって一体どれだけの価値のあるものかなんて知りたくもない。時折向けられる好意的な態度や、敵意や悪意のない表情を垣間見るたびに、胸がずんと重くなって死にたくなる。俺は殺されたみんなの仇を討つために戦ったのに、そのせいで僅かにも兵藤に気に入られるなど冗談ではなかった。 死ねばよかったんだ、勝てなかった俺なんて。みんなと異なって俺だけが慈悲をかけられて生き延びるなんて誰が許しても俺自身が許せない。

**







カイジの考えることは大方が兵藤の理解の外にある。なにせ兵藤がカイジだったならこのようにねちねちと回りくどい真似はせずにさっさと手をかけているので。憎いだの許さないだの殺してやるだのと吠え立てて噛みつ いてくるわりには、何につけてもどうにも詰めが甘いのだ。女々しい腰抜けめ。「人の命や心を尊ぶことができないあんたは人じゃない」などと高遠なことを抜かしておいて結局は兵藤に勝てず、やることと言えばこの程度のことである。

いっそここで兵藤の腹を割いてみればよいのだ。何の変哲もないどこにでもある色のありふれた形をした人間のはらわたが飛び出すのだから。







殺せたらいいのに。今この場で、俺がずっと兵藤にそうされるのを待っていたことを実行してやれたらどんなにいいだろう。だのにこんな時に限って過りやがるんだ、俺に和也のことを自慢する兵藤の姿が。親の欲目としか言いようのない内容と楽しげな語り口がずっと呪いのテープみたいに頭の中をぐるぐると回る。以前和也と俺が賭けをした時に、もし和也が死んでいたのなら兵藤は泣いて怒ったのだろうか?少なくとも俺を生かそうなんて思いはしなかっただろうな。 兵藤がごくごく人間らしい情を持っていて、それを自分の子供にそそいでいる姿を見せられるたび、俺の中の決意が揺らぐようでたまらなかった。 俺が今ここで兵藤を殺したら、和也も泣くのだろうか。
考えてはいけない方向に転がりかけた思考を無理やり打ち切る。後先のことを考えて一体何になるんだ。俺は俺のやらなければならないことだけを見据えて脇目もふらずひた進めばいいんだ。俺はこいつが憎くて、辱められた恨みを晴らしたい。それだけでいいじゃないか。 いっそ突っ込んでやろうか。兵藤が俺にそうしたみたいに。初めて犯された時の俺みたいに兵藤を泣き叫ばせたら、一矢報いたことになるだろうか。このやりきれない感情もどこかへ消えてくれるかもしれない。



**





「!!」


カイジの手が尻に回った。 体液にまみれた指先が菊門に触れて、いよいよ兵藤の頭から血の気が引く。この状況になってから頭の片隅で予想していた最悪の展開だった。









(あ、青ざめた)

兵藤の視線が泳いでから俺と絡む。信じられないって感じの顔だ。愕然とした雰囲気が伝わってきて、なんだか面白くなってきてしまう。 あの兵藤がここまで動揺するなんて思ってもみなかった。見たこともない真っ青な顔に至っては痛快さしか湧き上がらない。きっと俺はこの顔が見たかったんだ。


**






―――よもや突っ込むつもりか。このわしに。いやまさか、そのようなことはないだろう。同性、しかも老人に事を致して悦ぶような性癖はさすがにカイジにはないは ず。……ないはずだ。そうでないと困る。―――だがカイジは兵藤に並々ならぬ怨嗟を抱いていた。この好機に己の矜持を踏みにじってやろうと考えていることも容易に察しがつく。

……珍しく狼狽した思考が、己の冷静な見解に沈黙させられる。

「き、さま、」

痺れで普段以上に掠れた声を絞り出す。兵藤自身が思う以上に怨念と殺意に満ちた声音だった。 もはやこの期に及んで反応を示してやるのは相手の思うつぼであると重々承知していながら、それでも黙って抱かれることだけは我慢ならない。 持てる力を以って首を持ち上げてカイジを睨めつける。わしの思い浮かべたことを実行してみろ、殺してや る、必ず、どのようなことがあっても、この上なく苦痛 と恥辱に満ちた方法で惨たらしく殺してやる。 兵藤の中で荒れ狂う激情の中から、言葉として口を突いたのは「殺す」の一言のみであった。威嚇ではなく宣告としての意味合いが強い科白を耳にしても、カイジは僅かにも怖気づかない。むしろ興味深そうな目をして兵藤を見つめ返す。

……このようにあからさまな意思表示をすれば、どうせこの後に殺されるなら今ここで仇を討っても同じことだと捨て鉢になったカイジが兵藤の命を絶とうとするやもしれない。だが、だがそれがどうだというのだ。死んだ方がましだと思う屈辱があるならば兵藤にとってはそれがカイジに犯されることである。その辺の個人的な感情も抱かない虫けらならばあるいは耐えきれたやもしれぬが、カイジなどのために王たるこの己が娼婦のような扱いを受けるなど冗談ではなかった。 ここに至ってようやく、兵藤は自らがカイジを殺さなかった理由に思い至った。……特別だったのだ。少なくともただの虫けらではなかった。ギャンブルの相手として 好奇の対象にしたのと同時に、自らの憎い過去を想起させるカイジの愚直さを完膚なきまで踏みにじりたかっ た。そのためにはカイジはあの勝負であのような負け方をしてはならなかったのだ。 もっとしぶとく持ち直して食い下がってくるカイジを叩きのめさなければ満足するに足りない。カイジを負かした時に自らの胸に満ちた感覚が達成や優越ではなく喪失や失望に近かったのも、カイジを生かして度々くだらないギャンブルをさせているのも、この状況に必要以上に動じてしまうのも、要は己はカイジに特別な期待を寄せていたというだけのことだった。






「“殺す”?」

(は、勝手にしやがれ)
兵藤が倒れた理由に気づいてから絶えず俺の心内に落ちては広がっている波紋の大きさが増し、波も高くなる。その感情と衝動が狂気と呼ばれるものであると知りながら、俺は容赦なく指を挿し入れた。 どう頑張ったって身じろぎ程度にしか動けない身体で は、異物を阻もうと力を込めても高が知れている。俺自身が嫌と言うほど強いられたことだから、兵藤の今の状態も心情も用意に察しがついた。どんなに屈辱だろう、気持ち悪かろう。なんだったら嘔吐したっていいんだぜ、吐瀉物が喉を詰まって窒息しないように介抱してやるから。あのときのお前が初めて犯した俺にそうしたようにな。

力に任せて肉壁を無理やり押しのけて指先を奥へと進める。滲む赤い体液がつうと尻を伝っていく様が見るからに痛々しい。兵藤の呼吸の音が徐々に引きつったような様相に変わっていく。殺意で血走った眼はしっかと俺を捉えたまま逸らされることもない。
とても性的興奮なんて覚えられる光景じゃなかった。 だが射精の快楽とは比べ物にならないほど気をよくしている自分に気づいて、例えようのない感情がこみ上げてくる。

男なんて抱いて何が楽しいのかとずっと思っていたが、立場が変わるだけでこうも胸が空くものなのか。責め苦に悶え泣き這いずって逃げようとする俺を押さえつけて、好き放題に犯す兵藤の胸中はさぞ愉快だったことだろう。

きっと、人殺しも同じだ。みんなが争って蹴落とし合う様や、死んでいく様を高みから見物して、小気味良いと嗤う兵藤の姿を思い浮かべる。 暴虐と非道を嗜む悪党、他者の辛苦と哀哭を欣快とする外道、人の絶望と命を喰らって生きている怪物、人間の皮を被った悪魔め。無性にやりきれない思いにまかせて肉壁に強く爪を立てる。どうしてこんな奴がのさばっているのだろう。どうしてこんな奴のために石田さんたちが死ななければならなかったのだろう。 きっとこんなヤツのために救われない気持ちになるのは賢くない奴のすることだ。なにしろこいつは狂っているから何を言ってもやっても無駄で、真剣に取り合ったり感じ入ったりするだけ不毛なのだから。
したがって殺さねばならないのだ。以前たどり着いたものと同じ結論に帰着した自らに失望する。憎悪に取り憑かれて凶行に至ったが、わずかでも憂さが晴れて余裕が舞い戻ればこれなのだから。所詮俺なんてその程度の、底の浅い人間なんだ。だから兵藤にも負けたんだろう。
相手は他人をいたぶることを人生の娯楽と位置づけて しまった気違いだ。どれほど言葉を尽くしてもその心に響くものなどありはしないのだろう。分かり合うことなどできはしないし、説得も叶わない。殺す以外にどんな方法があるっていうんだ。
いつの間にか兵藤の上に馬乗りになって、その首に手を添えていた。動けるようになれば兵藤は黒服を呼んで俺を殺すだろう。もうこんな好機は二度とない。呼吸が浅くなる。今ここで殺そう、そうだそれがいい。人間死にもの狂いになればできないことはないと言うじゃないか。こいつが憎くてこんな変態みたいな真似まできたんだ。きっと殺しだってできる。負けてこんなざまになってしまったけれど、実際に殺すつもりでこい つに挑みかかったんじゃないか。夢の中でも何度もこいつを殺したじゃあないか。必死に自分に言い聞かせながら手に力を込めていく。














数々のギャンブルの場面でそうしたように祈った。早く、早く終わってくれ。頼むから早く。思いと祈りをそのまま手指に託して力を込める。もう仕舞いにしてくれ。疲れたんだ、もう限界なんだよ。兵藤のためにどれだけの人間が失わなくて良いものを奪われ、流さなくとも良いはずの涙や血を枯らして、悲痛に咽びながらあっけなく死んでいったことだろう。大部分においてこいつが悪い、こいつさえいなくなれば世の中が幾分かマシになる。そういうことでいいじゃないか。少なくとも俺の人生からこいつが消えるなら、出会ってからずっと俺の頭を押え込んでいた重圧から解き放たれる。こいつがい るのといないのとでは、きっと俺の不幸の度合いがずっと変わってくるに違いないんだ。だから早く、早く、お願いだから神様早くこいつをあの世に連れて行ってくれ。きっともう二度とこんなチャンスは巡ってこない。 だから早く。悪魔だって死神だってなんでもいいから早くこいつを、

―――この期に及んで何に祈ろうというのかね

鼓膜を打った嘲笑に驚いて目を見開く。首を絞めているはずの兵藤の声がどうしてするのかと思うのと、それが自分と兵藤が命を賭けた勝負の最中に言われた言葉だということに気づいたのはほぼ同時だった。幻聴が聞こえるまでに俺の精神は参っているのかと今更になって思い知る。

熱を持った頭の、特に目と耳の奥がひどく痛む。何も聞きたくないし何も考えたくない。そんなことよりも早く死んでくれよなんでこんなに長々と時間がかかるんだよふざけるな、俺の仲間や知り合いはみんな瞬く間に死んでしまったのにどうしてこいつはこんなにもしぶといんだ?

視線を巡らせて壁の時計を見やってから愕然とする。 ……まだ首を絞めはじめてから3分も経ってない。 頭から血の気が引いた。それに引きずられて一瞬ぐらついた目を動かして急いで焦点を合わせる、兵藤の首に。

(はやくはやくはやく)
早くしてくれよ俺の気が変わってしまう前に、俺が正気に戻ってしまう前にはやく、頼むからお願いだからはやく、今すぐだなんて無茶は言わないからなるべくはやく。悪夢が覚めるのを待つ子供のように祈る。ひたすら

(………祈るって、誰に?)

祈って助けられたことなんて一度もなかったのに。だから俺はここまで追い詰められて今こんなことをしているんじゃないか。それなのに今更何に祈っているんだ? ひゅう、と音を立てて空気が俺の喉を通った。
兵藤の顔は絶対に見ない。だって死ぬ間際まで兵藤の双眸が俺を冷たくとらえていたらどうすればいい。何もかもを見透かしたような暗い目の中に、俺を憐れむ色を見つけしまったら。……いや、それくらいならまだマシだ、ずっといい。もし俺になど見向きもせず、和也の写 真が飾られている棚の方を見つめられでもしたら……。考えるだけでおぞましかった。子供の写真を見つめる無抵抗の男の首を絞める自分という想像が脳裏を過ってから 一拍もしないうちに、その光景のあまりの醜悪さに胃が ぎゅうとねじれて吐瀉物がこみあげてきそうになる。 (それにしても、なんだってこいつは人殺しなんてしているんだろう。人の道を外れないで大人しくしていれば自分だって殺されずに済んだのだろうに) ぼんやりと浮かんだ言葉が俺と兵藤のどちらに向けられたものなのか、俺自身にもよく分からない。 だって仕方ないだろう、俺は狂ってしまっているし、 兵藤も同様だ。誰に向けたのかも分からない弁解だった。

きっとどちらもどうしようもなく手前勝手なんだ。他人の命と引き換えに手に入れたいものがあるのだから。 あの勝負のときに俺が勝利して兵藤を撃ち殺していたのなら、その後はどうしたのだろう。何食わぬ顔で今まで通りの生活に戻ることなんてできないだろう。かといって剃髪して仏門に入れるほど聖人じみた生き方ができるのなら、はじめからギャンブルにのめり込まない。 ともすればどんな生き方があったのだろうか。何にせよ、そのうち和也あたりに仇を討たれてお陀仏していそうな気がした。

ひとつ確かなのは、俺と兵藤のどちらもが生きたままの未来なんて想像がつかないってことだ。兵藤の悪行を看過することなどけっしてできやしない。俺は兵藤を打ち倒さなければいられないだろうし、兵藤とてみすみす討たれるはずもない。かといって放っておけば俺は何度でも兵藤に挑みかかる。だからきっと、どちらかが死ぬまで終わらない。


**














視線を巡らせても棚の写真立てはガラス戸の光の反射で見つけられなかった。







犬死には無様だが、生にしがみ付く姿も醜いものだ。 このように手も足も出ない状況ではなお更に。 どうせカイジとの勝負に負けていれば失っていた命である。そうでなくともこのような歳ではいつ何かの拍子にぽっくりと逝くかも分からない。身内に囲まれ見守ら れる中で安らかに息を引き取るシチュエーションを人生の最後に持ってきたいと思っていたわけでもなし。人間の死にざまなど大抵が唐突な災厄である。良い恰好で死ねる者の方がずっと少ないと思えば、まあ仕方ないかと納得できる。それにしても今の兵藤が死体になるとあまりに不格好極まりなかったが。 ともあれ無差別殺人に巻き込まれて死ぬのなら荒唐無稽さが残るが、散々債務者を殺してきた者が債務者に殺されるのは筋が通っているし、特に外傷のない死体が残るのはまあマシな部類の死に方なんじゃないか。死んだ後のことなど兵藤の知ったことではないので、この辱められた格好の死体を他人が見てどう思うかなど気にするところでもなかった。 苦しさに顔が歪む。いつまでもカイジの間抜け面を見ていてもなんの面白味もないので早々に目を閉じた。 この腑抜けた聖人気取りの男にも人が殺せるのか、と妙に感慨深く思う。まあ、知能や身体に余程不自由していない限りはできないなどということはありえないのが人殺しなのだから、カイジにもできて当然のことなのだが。己はカイジのことをひどく見くびっていたのか、それとも異様に買いかぶっていたのか、ともかくカイジの行動は意外性があった。

「……!」



何か液体が兵藤の頬に落ちた感覚で我に返った。思惑の中にいるうちに自らの首に絡まる手指の力が弱まっていたことに気づく。怪訝に思って瞼を持ち上げた瞬間、左目に何かが落ちた。驚いて目を瞬かせながらカイジの顔に焦点を合わせる。

「……、」

目に涙を溜めて、声を押し殺して泣いているのだと認識した途端に、兵藤は張りつめた感情がゆるゆると解けるのを感じた。兵藤の頬や目に落ちたのはカイジの涙だったらしい。
相も変わらずどうしようもない奴だな、と苛立ちまぎれに口の中で毒づく。カイジのこういったところが兵藤は大嫌いだ。きっとこの一部始終を切り取って他者に見せたのならカイジのこの性質を好意的に言ったり、それどころか褒めるような輩まで出てくるのだろうが、兵藤にしてみれば心底どこまでも甚だ気に食わないの一言に尽きた。事がここまで至っても意気地のなさを発揮できるのだからある意味これは才能なのではないか。そのような才能などくそくらえであるが。 カイジの涙が兵藤の顔にぽたぽたと落ちて、それが横顔や首筋に流れていった。殺した呼吸がやけに耳に障る。兵藤の首からカイジの両手が退けられ、次いで身体の上にのしかかっていた体重も消えるが、もはや脅威ではなくなったカイジのこれからの行動は気にかからなかった。

少しは男気があるのかと感心した己が馬鹿らしい。ここまでの好条件で仇討に乗りだせたというのに、結局は生ぬるい復讐劇に兵藤を巻き込んで無駄に恥辱を味わわせただけか。なんと面白味のない展開なのだろう。人間ドラマを売りにする創作物で目にするような、いかにもといった感じの茶番だ。まこと興ざめである。

興ざめ?一体何に。カイジに?……カイジが己を殺さなかったことが興ざめだと? ぞっとして息を詰める。 落ち着け。失望したのは殺されなかったことにではなくカイジの軟弱さである、何もうろたえることなどない。と自らに言い聞かせる間にも、「だがカイジの度胸が見たかったということは殺されたかったということではないのか」と考えてしまって収集がつかない。それをきっかけに頭の中で様々な視点から好き勝手な見解が一斉に飛び交う。「自分が殺されたかったからカイジを殺さなかったんだ」「そんな馬鹿げた話があるか、ただ面白いから殺すのに惜しいと思っただけだ」「そう言う割には必要以上に目をかけてやっているじゃないか」「それは―――」うんざりした気分で強引に思考に終止符を打った。殺されなかっただけで辱めはまだ終わっていない。くだらない考え事はやめだ。 視線を左右に彷徨わせてカイジの姿を探す。ここに至って兵藤を殺せないとなれば、どうせ自分を恥じて自害する度胸もないのだろう。これから何をしでかすつもりなのか。



賭けに使ったワイングラスの載ったテーブルワゴンの前にカイジの後姿を見つける。空のワイングラスを片手 に服の袖で涙をぬぐっているらしい。なんだ、やけ酒かと思った一拍後には、カイジの目の前のテーブルワゴンに乗っている残りの2つのグラスが空であることに気づいて眉根を寄せた。よもや呷ったのか。催淫剤の入った最後の一杯を。

今更そのようなことをして何になるというのか、と怪訝に目を眇めている兵藤をカイジがくるりと振り返った。そのまま兵藤の足元にやってきたと思ったら、時折鼻を啜りながら衣服を脱ぎ捨てていく。

「………」


どうやらまだ続けるつもりらしい。もはやそのような空気も流れもとっくにだれてしまっているし、見るからにカイジのものも萎えている。無論兵藤も同じである。そんな薬を飲まねばやっていられないほどならいっそ黒服を呼んでお縄を頂戴し、楽になればよいのにと思う。 痺れが抜け始めた指先を動かして感覚を確かめる兵藤の姿を見てもカイジは何も言わないどころか、眉ひとつ動かさない。放っておけば反撃を喰らうのも時間の問題だというのに、対策を講じるつもりはないようだった。 馬鹿だな、と思う。兵藤の懐に常に小刀を忍ばせてあることも知っているだろうに、それで反撃されるとは思わないのだろうか。 それに、どうせ殺そうと思ったのなら懐刀を奪い取って兵藤の喉をひと突きすればあっさりと窒息死しただろうに。あるいは動脈を掻き切って失血死というのもある。もっと面白いのは舌を切るという手だ。切られた舌が喉の中で絡まって気道を塞ぎ、窒息する。どうせ薬で顎に力も入らないのだし、噛まれる心配もない中で手頃 に相手が窒息して死ぬ様を眺めるのは愉快であろう。…… といっても己がそのような目に遭うのはまっぴらだから、カイジの小心にはまことに助かったが。 そのように一瞬の手間で片が付く方法でなく、絞首という時間のかかる手段を選んだのが間違いだったのだろう。人間は暇があるとろくなことを考えないし、決意も鈍りやすい。




「殺せよ、さっさと」

未だに涙の残るカイジの目の中にいくつもの照明の反射光がちらついている。 見覚えのある表情だった。これまでの人生で飽きるほど相対してきた感情をたたえた目の縁から、またじわじわと涙があふれ出す。自らの限界を認めて白旗を上げた負け犬。諦観に取り憑かれた者のする顔だ。

「そういう約束だったろう」

気丈を装おうとしながらも明らかに震えている声音についてどう感じるべきなのか、それとも無感動に切り捨てるべきか、一瞬だけでも逡巡した己に面食らった。この期に及んで己はどこまでカイジに対して寛大なのだろう。

兵藤はカイジを憎らしく思っている。そのような奴の望む通りに事を運んでやるほど、兵藤は素直な人間でもなかった。いくら兵藤が口で説明しないとはいえ、カイジを殺さないで生かしているのはそれなりに気に入ったところがいくつかあるからだということくらいは想像がつくだろうに。本当に馬鹿だ。大人しく小動物のように縮まって、時折牙をむいて、適度に兵藤に媚びていればよかったものを。

まあ、そういった立ち回りができないからこそ社会からあぶれて借金にまみれ、賭博にのめり込み帝愛に喧嘩を売り、兵藤に真正面から挑みかかり、挙句の果てにこのような無謀を冒すことができたのだろうが。
というか、あの勝負の決着のことを今もまだ引きずっているらしいことに驚いた。勝者の兵藤が不問に処すといったのだから、それでよいではないか。
まさかあの口約束のためだけに仇討を寸でのところで思いとどまったとでもいうのではなかろうな。だとしたら救いようのない一級の律義者である。呆れを通り越して哀れにすら感じられた。……だからこそカイジらしいと言えるが。
手のかかる子供ほど愛しくなるように、ペットも多少は癖があって間が抜けている方が可愛げがあって良いのかもしれない。などと手緩い結論を出すのは軽率が過ぎるだろうか。
(まあ、よい)
どうせ時間はいくらでもあるのだから、カイジをどう処分するかは今決めなくても良い。いつぞやと同じことを考えている己に、兵藤は微苦笑した。







**


兵藤の上にまたがって、陰茎を自分の中に迎え入れようと位置を調節する。俺を見上げる兵藤の顔が光の加減で嗤っているようにも眉を顰めているようにも見えるのが憎らしくて仕方ない。

「あんたなんて死んじまえばいいんだ、今すぐ」

情けないほど震えた声で八つ当たりめいた呪詛を浴びせられても、痛くも痒くもないのだろう。鼻で笑うばかりでは飽き足らず、痺れて上手く回らない舌で「君こそ今すぐ命乞いをした方が身のためだと思うがな」と勝ち誇ったようなことを言うのだから、忌々しいことこの上なかった。


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(140405)

――――――

(会長から受けた)鬼畜(な仕打ちをそのままやり返す)カイジ受
たぶんこの後のカイジは殺されない






あああああああああん(その場に崩れ落ちる)
もう何度読んでも夢中になり呼吸も忘れるほどのめり込んでいます。会長がぐるぐると考えごとしているところにすごく萌え、カイジさんが零した涙にときめいて。何回読んでも心臓がバクバクしてしまいます。こんな超大作を“鬼畜カイジ受”という難テーマで書き切ってくださった志枝ちゃん師匠に多謝!!特殊といっちゃそうなんだけど志枝ちゃんと“鬼畜カイジ受”のお話いっぱいできて嬉しかった!ありがとうございました!!

わ、わたしも早く“鬼畜カイジ受”完成させるね…!!(私信)








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