「あ゛?」
いつになく不機嫌そうな低い声が響く。
けれどオレはそれに構うこともなく「だから、邪魔だっつってんの」
何ならもっかい言おうか?とニヤけながら挑発する。
するとスッと細められた目が鈍く光った。
やがてぽつりと放たれた「くそガキ…」という小さな呟きに、オレは思い切り噴き出してしまった。
そうだよ。オレはくそガキだ。
まだこの世に生まれ落ちてからたったの13年しか経ってない、
身長だってまだまだ成長期には程遠い、
どうしようもなく生意気なくそガキだよ?
けどそれを言ったら目の前のコイツもまだギリギリ未成年のくせに粋がって煙草に酒は当たり前っていう、とんだくそガキなんじゃない?
要するに五十歩百歩だよね。
13も19もそう変わんないって。
「同じ未成年同士、仲良くしよーよ?」
「………」
「そんな怖い顔しないでさぁ…」
くすくす。
生意気な乾いた笑いが冷たい空気にスッと溶けていく。
「お前、なんか必死だな」
「え?そう?」
「気味悪い」
「お互い様じゃないの」
オレから言わしてもらえば19だって相当不気味なんだけど。
もう同じ赤木しげるとは思いたくもないくらい。
「これが同族嫌悪ってやつなのかな」
「さぁ。……かもな」
「クク……」
ああおかしい。
片やセーフティーが外れている拳銃を手に突っ立ってて、
片や今にも飛び掛かってきそうな雰囲気で鋭い刃物を持ってて。
こんなの正気の沙汰じゃない。
って、カイジさんなら言うんだろう。
あいにく今はどう思うかなんて聞けないんだけれど。
拳銃を手にしてるオレの方が有利だ、とは微塵も思わない。
19ならきっと弾の軌道を見切ってしまえるだろうから。
そんなの人間業じゃないって思うけど。
人間じゃ、ないから。
19はぞっとするほど冷静で、嫌味なほど頭が切れて、
身体能力も高くて、悪魔をも味方につけている、
とにかくとんでもない化け物だから。
……認めたくはないけれど。
だからセーフティーが外れて指も引き金にかかっているというのにオレは未だに動けずにいるのだ。
あいつはここからどう動く?
包丁でいきなり切りかかってくるのか?
少しも視線を外さず、ひたすら相手を観察する。
この際、包丁の刃にネギが少しくっついていることは不問に付しておこう。
たぶんカイジさんがその包丁でネギをざくざく切ってたんだろう。
ここはカイジさんの部屋なのであって、その包丁もカイジさんの所有物だから。
膠着状態が続く。
恐らく19はオレの反応を見て愉しんでいるんだ。
ほんと、やな奴!
「………おまえは」
「は?」
「カイジさんを独り占めしたいって思うのか?」
唐突過ぎる19からの問い。
そんなもん。
「そりゃしたいに決まってる」
目が痛くなるほど強く睨みつけて、吐き捨てるように答える。
「でも、オレらがお互いに譲らない限りカイジさんはどっちのものにもならない」
「ったりまえのこと言うね」
「で、提案なんだけど」
「……なに」
「オレとお前でカイジさんを共有するっていうのはどう」
「きょう……ゆう…?」
「はっ、変な顔」
「あんたがいきなりおかしなこと言うからだろ」
「でも悪くはないでしょ」
19とオレでカイジさんを共有…?
そもそもオレの辞書に「共有」の文字はなかったので、なんというか虚をつかれて一瞬思考が停止した。
「カイジさんはさ」
ネギがついた包丁を下に降ろして、19は気持ち楽しそうに口を弛めた。きもちわる。
「たぶんどっちかを選ぶなんて出来ないんだよ」
「………」
それには頷けた。
カイジさんには死の淵を渡り歩く度胸がある。
理でギャンブルを潜り抜けようという賢さもある。
けれど同時に、
どうしようもなく人間として致命的に甘いところがあるのだ。
自分のことでいっぱいいっぱいのくせに。
色々と背負いすぎて疲れ切ってるくせに。
こんな面倒くさいオレたちを拾って、挙句喧嘩に巻き込まれてる。
かわいそうな人。
下手に切り捨てることができない故に巻き込まれちゃう人。
「そこがカイジさんのかわいいところでもあるけど」
「……うん」
「同時に憎いところでもある」
そうだ。
赤の他人なんて、
面倒事なんて、
すべて切り捨ててしまえばいいのに。
オレだけを選べばいいのに。
オレだけ見てくれればいいのに。
カイジさんにはどうしてもそれが出来ない。
何度裏切られてもまたすぐに人を信じようとする。
どんなに重くても構わず背負い込んでしまおうとする。
オレ以外の誰かを。
「……バカだよね」
「オレもそう思う」
「でもそんなカイジさんを好きになった」
「オレも」
カイジさんの話をすると明らかに19の纏う気配が変わる。
少し指を翳すだけで切れてしまいそうな得体の知れない鋭さが緩和されて、ちょっぴり人間らしくなる。
カイジさんがこいつを人間にしてるんだなぁ、と思う。
オレも世の中の汚い部分を散々見てきて心はすっかり冷え切ってしまっているけれど、カイジさんのことを考えるとじんわりと氷の棘が消えていく気がしている。
でも、
カイジさんをオレのものにしたい。
そう思えば思うほど、カイジさんは遠ざかっていくような気がしていた。
カイジさんはオレに優しくしてくれるけれど、19にも同じように優しくしている………
オレだけに優しく、オレだけを特別扱いってことは、
絶対にない。
「この前……」
「え?」
「カイジさんのこと、気持ち悪い目で見てる男がいた」
「何それ」
「知らないけど。どうせまた何かで……カイジさんのことだから」
「……ふうん」
19が言いたいことが少しずつ分かってきた。
要はそういう男が付け込む隙すら与えないようにカイジさんをオレたちのものにしちゃえばいいってことなんだろう。
この際、どっちのものとかは一切考えず。
カイジさんを、二人の赤木しげるで独占しちゃえばいい。
そして平等に分配するように、愛でる。
「共有って…そういうことか…」
「正直13と共有って気持ち悪いけど、この際しょうがないと思ってね」
「フン」
こっちだってカイジさんを19と共有なんて真っ平ごめんだ。
吐き気がする。
それでも一日中一人でカイジさんを監視しているわけにはいかないのが現実で。
オレたちが見ていない間に変な奴がカイジさんに目をつけることは充分ありえるのだ。
だったら、そうだね。
同じ赤木しげるに任せてみるのも、一興かも。
「カイジさんってどうもおかしな奴に好かれちまうらしいね」
「それってちょうどオレたちみたいな?」
「クク…。そうそう」
「ふふ」
カイジさんを共有。
正直考えたこともなかったけれど。
「カイジさんって変な奴にほど好かれるよね」
「ありえないほどの金持ちとか」
「人間離れしてる強運の持ち主とか」
「死ぬほどワガママな奴も追加で」
「そういえばちょっと前にまたおかしな男に目をつけられてた」
「カイジさんって本当に救えないね」
「でもそこがいいんじゃない」
―――――いいかも、しれない。
「抜け駆けはナシで」
「ったりまえでしょ」
「じゃあカイジさんの“ハジメテ”はオレから戴いちゃっていいな?」
「はぁ?何言ってんの?何が『じゃあ』なの意味分かんない」
「黙ってここは年上に譲れくそガキ」
「たった6歳年上なだけで威張るな」
「たった?…6歳はデカいだろ」
「カイジさんから見れば19もくそガキでしょ」
「はーもううっさい。ロシアンルーレットで決める」
「っていうかカイジさんに“ハジメテ”はどっちがいいか訊いてみればいいんじゃない」
19は一瞬きょとんとして、すぐにニヤリとどす黒い笑みを浮かべた。うえぇ。吐きそうなくらい気持ち悪い。
「いいけど。13はそれでいいんだね」
「いいよ。…カイジさんの決定が絶対ということで」
カイジさんは絶対どっちかを選んだりしない。
たぶん、どっちも嫌だって言うんだ。
けど、今日は。
絶対どっちかを選ばせる。
オレたちは正々堂々、恨みっこ一切なしでカイジさんのハジメテの相手を決めよう。
オレには確信がある。
ハジメテは多分痛いから、サイズ的にはまだ小さいオレの方を選んでくれるんじゃないかって。
それに19はしょっちゅうカイジさんをいじったりしてSっぽいとこ見せてるけど(それでいて甘えることもあるから本当に薄気味悪い)、
オレはそんなことしてないし。
カイジさんもオレを可愛がってくれてる。
今は単なる弟のようでもね。
普段優しい声で「しげる」って声を掛けてくれるカイジさんは、もうオレのことを懐に入れてくれてるのだと思う。
少なくともいじわるしたりちょっかいかける19よりは。
そんなわけで“ハジメテ”の相手としてはオレの方が選びやすいんじゃないかな、と思ってる。
だから。
「ねぇ」
オレたちの足元に転がされてさっきからうーうー唸ってるカイジさんを見下ろして、優しく問いかける。
口に噛ませたタオルはじっとり濡れていた。
ただ床に転がってるだけなのにその姿はひどく扇情的だ。
黒髪が床の上で乱れて色っぽい。
けれど、
「カイジさん」
ロクに身動きもできないほど縛り上げたからだを見て「ちょっとやりすぎた?」とは別に思わなかった。
それよりも隙をついて逃げられる方が嫌だ。
だから身動きできないように縛り上げただけ。
カイジさんの目からは大粒の涙がぼろぼろと零れている。
なんでこんなことをするの?と言いたげな、ひどく純粋な目をしているのがたまらない。
かわいいかわいいカイジさん。
オレたちで大事にしてあげようね。
「……綺麗」
「ほんとだ」
カイジさんは美しい人だ、と思う。
内面も、そして外見も。
実際、涙一つとってもため息が零れるほど美しい。
「ねえ、カイジさん」
「ふふっ」
ちゃんと、答えてね。
“ハジメテ”はどっちの赤木しげるがいいか。
喧嘩を終わらせる方法はあるか
Jan. 5. 2015
>>
top
>>
main