がちゃりと玄関のドアが開く音がした。
こんなボロアパート。
侵入してくるのは今のところあいつしか考えられない。
……とか考えてたら案の定、
「カイジさん、おはよ」
当たり前のように部屋に入ってきたのはアカギだった。
もうおはようっていう時間じゃないけど。
まぁいつものことだ。
オレはすぐ視線を雑誌に戻す。
「…はよ」
「なに読んでるの?」
「これか?いつもの」
「ああ、ヤニマガね」
――――それ兵藤ナントカってのが出てきてずっとカイジさんといるのが気に入らないんだけど。
アカギはぼそりと呟きつつオレの背後をスッと通る。
そのついでのつもりだろうか、
ちゅっとわざとらしく音を立てて首筋を舐めてきやがった。
「ひっ……」
「あはは、カイジさん敏感」
「てめ…」
「まぁそうカリカリしないで」
これもらってきたからさ…と意味ありげに言いながらアカギは持ってたビニール袋をがさがさ揺らした。
音にひきつけられて視線をアカギの手元へ移す。
したらそこには見覚えのあるパッケージ。
「これは…」
「そう、ポッキー」
「アカギがお菓子って珍しいな」
「今日は特別なもんで」
「…へぇ」
このときオレは雑誌の面白さに気を取られていて。
アカギの様子は明らかにいつもと違っていたというのに、つい言及するのを疎かにしてしまっていた。
恐らくそれがオレの最大の敗因だ。
今にして思えばこれがラストチャンスだったのに。
――――もちろん、逃げるための。
「カイジさん、ギャンブルだ」
「え」
「手慰みにはちょうどいいでしょう」
「…やる」
オレはアカギの誘いに素早くノった。
雑誌の読みたいところは既に読み終えていたし、何よりこういうちょっとした賭けごとが好きだから。
アカギから面白そうなの持ちかけられたときたらそりゃやるだろう。
「何すんだ?」
「ポッキーゲームってやつ」
「あぁ…?」
ポッキーゲーム。
聞いたことある気もするがいかんせんルールが分からない。
たぶんギャンブルというからにはポッキーを使って闘うものなんだろうな?
どんなもんなのかとても興味をかきたてられるところだ。
アカギには絶対負けたくない。
だいたい負けてるけど。
「じゃ一回しか説明しないからよく聞いてて」
「おう…っ!」
で、アカギによるルール説明を大人しく聞いていたのだが。
これは予想以上に刺激が強くてハードなものだと分かった。
こんなルールであったとは驚きだ。
正直こんなの過激すぎる。
というわけで速攻断ろうとしたんだけれども。
「一度ヤると決めたギャンブルを降りると言うのならそれ相応の代償は払ってもらうけど…?」
―――――いいんだねそれでも。
アカギにすごい勢いで凄まれてしまい、
その上ジリジリとにじり寄られ。
あ、と思った瞬間には腰が引けてたところをバタンと押し倒されていた。
やっぱこいつそれなりに重量あるな…と改めて思い知らされた瞬間だった。
手加減なしの圧し掛かりを全身に受けて感じたことそれは、
“アカギが意外に重い”ということと、
もう一つ。
“なんだかんだセックスしてるときは加減して乗っかっててくれてたんだな”ってこと。
体重をかけるとオレの負担が増えるとか何気に考えてくれてたんだろう。
まぁ今はそんなことどうでもよくて、それよりもこの状況をどうしようかっていう方が大事だ。
そうこうしてる間にアカギの体重は容赦なくギリギリと心臓を圧迫してくるし。
瞬きせずにじーっと目を覗き込んでくるのが恐怖でしかなく、恐ろしい。
「ちょ、アカギ、待っ」
「待たない」
「ええぇ……」
「ねぇ…。大事な息子さん一つむしられるのと、大人しくオレとポッキーゲームするの。どっちがいい…?」
口調は意外と冷静だが、それがかえって怖い。
言ってる内容も極端というか過激というか。
でもこれってつまりアカギがそれほどオレとポッキーゲームしたいってことか?
さっき聞いた感じでは、これはどうも恋人同士でやるにはもってこいのギャンブルみたいだし。
だからこそこんないかがわしいルールなんだろうし。
アカギのやつ…。
…………。
「っは…!ばか、急にそんなとこ触んな…っ!」
「だってカイジさんが上の空で何か考えごとしてたから。なんかムッとしてしまって」
「………ん、っ、違う、考えてたのはおまえのこと…、っあ…!」
「……え」
アカギは少しだけ目を見開いてからちょっと嬉しそうな顔になった。
そういや同棲してから気づいたけれどアカギってけっこう顔に出るよなぁ色々と。
「っ、て…、どこ撫でてやがるっ…!」
「…ダメ?」
「………」
ただ手が早すぎるよなぁやはり色々と。
ぐりぐりとおでこをぶつけてくる仕草とかは俗に言うかわいい?ってやつなのかもしれないけれど。
「……わかった」
「…なにが」
「やろう。ポッキーゲーム」
「……ほんと?」
「ああ。ただし手加減はしねぇ」
どっちが勝っても恨みっこなしだ…!!
「さすがカイジさん。話が分かる」
「おらやんぞっ…!」
かくしてアカギとオレのポッキーゲームは、一応両者の合意の上ということで決行されることになったのだった。
「……ん」
アカギにポッキーの端っこを寄こされる。
恐らくこれを咥えろという意味なんだろう。
オレはそれに大人しく従うことにする。
逆らったらホントに大事な息子を持ってかれそうで怖いのだ。
恐る恐るポッキーの端を咥えるとアカギは満足そうににたりと笑った。
刹那、
ぞぞぞぞぞと悪寒が走る。
けれどこれは多分嫌悪感などではなく。
恐らく得体のしれないギャンブルに対する抵抗感みたいなものではないかと思う。
まさかポッキーゲームがあんなルールだなんて。
オレはまったく知らなかったというのに…!!
まぁ今更嘆いてもしょうがないのかもしれない。
それよりも、
このギャンブルを勝ち抜いてアカギをぎゃふんと言わせてやるのが大事。
アカギのやつどうやら自分の優勢を信じて疑わないようだけど、
そう簡単に勝たせるかってぇの…!
オレにだってプライドはあるんだ。
こうなったら全力でぶつかってやる。
容赦しねぇ…っ!
じゃあいくよ、とアカギの目がいっている。
オレには分かってしまうのだ、この気配が。
なんだかムっとしたのですかさず「かかってこい」の合図を出す。
――――お前のこと簡単に勝たせてやらねーから!
こうなったら少しでも爪痕を残してやる…!!
◇◆◇◆◇
結論から言ってしまえば勝負が決まったのはほんの一瞬だった。
いや実際は数秒かかったのだろうけれど、オレの体感時間としては一瞬だったのだ。
何しろアカギは初動がとてつもなく速い。
速すぎて完全に神ってた。
気づいたらアカギの鼻先がほんの数ミリに迫っていて、
こつんとおでこがぶつかったと思ったら口には何かが素早く入り込んできてて。
あっと驚いて体勢を立て直そうとするも全力でぶつかってくるアカギの重みには耐えきれず、
ついに身体はバランスを呆気なく崩し。
次の瞬間にはどたーん!と、
まるでギャグのように2人して床に倒れ込むしかなかったのだった。
瞬きする間もないって感じだ。
そこへ間髪いれずにちゅぷりと熱い塊が忍び込んでくる。
悲鳴を上げようにもそれは叶わない。
何故かって、
アカギの舌らしきものが喉の奥へ奥へと素早く突っ込んでくるからだ。
しかも上顎をくすぐるように擦ってくるからたまらない。
それが度を越してこそばゆいので、すぐにでもアカギを押しのけようとしたけれど。
「…カ…イジ……さん…」
「〜〜〜……っ!」
アカギはビクともしないで、むしろもたれかかってくる感じで。
一向にどいてくれる気配を見せないのだ。
「は…っ、っ……カイジさ…っ……」
「っ……」
口の中がべとべとぬるぬるしててもう訳が分からない。
けど正直、
こうやってストレートに色々ぶつけられると腰が疼いてしまう。
アカギにたまに言われる“流されやすい”ってこういうところに出てるのかもしれない。
でもああ、なんか――――。
「苦…しっ……」
「ん…オレもかも…」
「じゃ、はな、せ…よ…っ」
「絶対やだね…っ」
速攻でチョコレートが溶けるほどの熱が、苦しいけれどちょっぴり気持ちいい…
…かもしれない。
ぐちゅりと舌先がぶつかりあって何だかいつもより卑猥な感じは否めないけれど。
そのせいでいつもより倍恥ずかしいけれど。
それがより興奮を高めてるのかもしれない。
…とかぐるぐる考えると実は余計にヤバいのだけど。
「ん…っ、ぐ…っ」
「なんか…べたべた…する…な…」
「っは、……ぁ…っ」
「ほんと…気持ちい……」
アカギの手がいつの間にか頬を撫でている。
つめたいようなあついようなぬるいような、不思議な不思議なアカギの体温。
でも服越しにどくんどくんいってるのは正真正銘アカギの心臓の音だ。
アカギでもこんなに心音を乱すことあるんだ…と、少し意外に感じる。
赤木しげるはいついかなるときでも心臓が強いと思っていたから。
「…っ、ン、ぐ……っ…」
「カ…イジさ……、っ…」
ばかだなぁ…。
苦しいのならば、
新鮮な酸素を吸いたいのならば、
さっさと離れればいいのに。
まるでやけを起こしたかのよう、
アカギは熱くてどろどろの舌をめいっぱい絡ませてくる。
耳にするのも恥ずかしいほど濡れた音が、ぐちゅぐちゅと大袈裟なくらいよく響く。
ぷはっと口をやっと離されたときには銀糸がチョコレートと溶けあっていて、不覚にも少しだけ綺麗かもしれないと思った。
…あくまでも少しだけ。
アカギは自分の口よりも先にオレの口を拭い、
「……べとべとになっちゃったね」
ちょっぴり嬉しそうに呟いた。
咄嗟に“それはおまえがやったんだろーが”って言おうと思ったけれど、余裕がなかったのでやめておいた。
代わりにアカギの口元をそっと拭ってみる。
そのまま指先にべっとり付着した、ひどく滑らかで甘いもの。
ここで一瞬(自分ですくっといてアレだけどこれどうしよう)なんて思ったけれど、
「……あ」
次の瞬間にはアカギがオレの指ごとぱくりと咥えていた。
そのまま優しくカリリと噛まれる。
「……っ」
指先が痺れたように震えるけれどアカギは解放してくれない。
むしろわざと音をたてて丁寧にゆっくりとねぶられる。
「やめ、…ろっ……」
声がびくりとはね上がってしまうのが悔しい。
「な…ぁ、アカギ……んんっ!?」
アカギのもう片方の手が恥ずかしいところを攻めてくる。
そんな、くすぐるように触られたら……!
「ねぇ……カイジ、さん…」
「っ…、ぁあ…っ」
「このポッキーゲームはオレの勝ち、だね…?」
「ざけん…なっ、まだだっ……」
「クク…カイジさんのそういうとこ好きだな…」
でもさ、とアカギは嬉しそうに続ける。
「カイジさんはもう“限界”でしょう…?」
そう、
普段はうまいこと収まってるオレのふにゃポッキーは、今や立派なカチポッキーに変貌を遂げていたのだった。
アカギよりも一足お先に。
「うう……っ」
「ナイスファイト、カイジさん」
「くそぉ…むかつくっ…!!」
「でもオレもけっこうギリギリだった」
「そ…だったのか…?」
「うん。ほんと。その証拠にさ…」
ごりっと何やら硬いものが息子のところに押し付けられる。
この感触はいやってほどよく知っているものだ。
「……っ!」
「ね…?オレのだってもう…限界…なんだぜ…」
―――カイジさんが可愛いから…。
すごくすごく小さな声で、でも確かにそう囁かれた。
しかも。
「カイジさんの…すごくおいしそう」
悪意のない、アカギにしては爽やかな笑顔でにやりと微笑まれた。
刹那ぞぞぞぞぞと走った悪寒は、今度こそは嫌悪感に近い寒気のようなものだと思う。
だから、
「やっぱなしっ…!なしっ…!!」
慌ててゲームの撤回を訴えてみるも。
「一本しかないから大切にたべる…。大丈夫だよカイジさん」
大して勇気づけられることもない言葉をかけられ、
そして――――――。
◇◆◇◆◇
嘘だろこれ…。
「ん…、っ……」
夢に決まってる…!!
「は…、どうカイジさん…?」
ここで何故か、いつも悪態つきながらも何だかんだでオレの身を心配してくれてる某裏カジノの元店長が「ところがどっこい…!!」
…と言ってたのを思い出す。
「これが現実です…!」とあいつの声で脳内再生されてぐっと泣きたくなる。
まあオレのポッキーがアカギに喰われてしまったことは確かに現実だけれども…!
まさかただ喰われるだけじゃなくしっかり味わい尽くされた上、終いにはぐちゃぐちゃのホワイトポッキーにされてしまうなんて。
オレの完敗じゃねーか…!
もう…しらねぇ…
なんとか…なれ…
「……ごちそうさま」
アカギは宣言通りオレのポッキー(隠喩)をそれはおいしそうに喰い尽くした。
とても満足そうに舌舐めずりなどしている。
しかも、しかもだ。
「おいしかった、カイジさんのポッキー」
「言うなっ…ばかやろぉ…っ」
「あらら…泣かないで」
「っ泣くわこんなん…っ、う゛ぅ…っ」
「……しょうがないな。いいよカイジさんオレのもたべて」
「な゛ん゛でぞう゛な゛る゛…っ」
「あれ。いらない?」
「い゛ら゛ね゛ぇ゛……っ」
自分のポッキーも勧めてくる始末。
そんなの正気の沙汰じゃねぇ…
と、オレは思うのだ。
そんなオレを見てアカギははて?と首を小さく傾げる。
「おかしいな…。安岡さん一押しのギャンブルなのにカイジさんそんな愉しんでない…?」
って、ちょっと待ってほしい。
「おまこれ…ルール安岡さんに教えてもらったの…!?」
「そうだよ。ちょっとエッチでアダルトだけど確実にハマるぞ…とかってニヤニヤしてた」
「……!………!!」
それ、オレら安岡さんに遊ばれてんじゃ…!?
瞬時に脳裏をよぎったのは、とっぽいと評判の刑事の顔で。
思わず勢いづいて顔を起こすと、脳みそには強すぎる衝撃がぐわんと響く。
勢い余ってアカギと頭をぶつけてしまったらしい。
「……いた」
「っ〜〜…」
ひとしきり悶絶しつつ、オレはやっと気がついた。
きっとアカギは、オレたちの仲を面白がってる安岡さんに異なるポッキーゲームのルールを吹き込まれたんだって。
アカギもまた変なところで無垢だったりするからすっかり信じちゃったんだろう。
せめてオレが正しいルールを知ってればなぁ…!
まぁ今更そんなこと考えても遅いけれど。
「?どうしたのカイジさん」
「あ…いや…その…」
「ふふ…変なの」
くつくつと小さくアカギが笑う。
その表情はいつもと変わりないものだ。
――――ただ一つ、くちびるが妖しい液で濡れている点を覗いては。
なんだか無邪気にも見えるアカギを目にしたせいか、身体の力がどっと抜けていく。
どうやらアカギはこのゲームをかなり気に入ったよう。
「なんだかおなかいっぱい」とまで言うからオレはかなり気恥ずかしかったけれど、こんな満足気なアカギを目にするのは久しぶりだから妙にどきどきしてしまった。
そしてそのうち、アカギがそんなに愉しんでるんだったらべつにいっか…とまで考えてしまう始末。
精を喰い尽くされて疲れてんのかなオレ…。
うんそうだ、そうに違いない…。
だってなんだか頭がぼうっとして、じんわり熱い。
しかも哀しくもないのに涙腺からある体液が分泌されてくる。
「ぐっ……」
「あ…。カイジさん頬っぺた赤くなってる」
「…っ熱いからだよ……っ…」
「オレも」
おかげで暖房いらないね…なんてアカギは言ってのけたけれど、
こんなえっちぃエコは二度とごめんだと強く思う。
それからしばらくの間、甘いものがそう得意でもなかったはずのアカギがやたらとポッキーゲームならぬ勃起ゲームを持ちかけてくるようになったのは言うまでもない…。
そして、オレが根負けして勝負を受けても全戦全敗の記録は募るばかりであったこともまた、言うまでもなかった。
このお話には〜Have a nice “Bocky”day!!〜
という非常に恥ずかしい副題がついてたりします恥ずかしい!本当は11月11日にあげたかったのを今この時期になってあげるという更に恥ずかしいことになってます。
個人的に安岡さんはアカカイをあの手この手でからかいつつ時には見守ってやってるようなポジションにいるといいなと思ってます。わたし安岡さん大好きなんですよ!!安岡ちゃんと呼びたいくらい。安岡さんは一般的なポッキーゲームのゲームをもちろん知っていたのですが、それだけではつまらないと判断して過激なルールをアカギに吹き込んだのでした。このお話は大大大遅刻である上に色々とアレなので更新履歴には載せません。ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました!!そして今更ですが新年明けましておめでとうございました。今年もよろししお願い致します。皆さんにとってこの2014年、実りある素敵な一年になりますように!
ちなみに。
「なぁアカギ、今日は11月11日だが“コレ”とポッキーゲームはヤったのか?」
「?ポッキーゲームってなんですか?」
「ああ知らないのか」
「ええ」
(いいこと思いついたニヤニヤ)
「おほん。あのなアカギ、ポッキーゲームというのは、お菓子のポッキーを恋人と端から咥えた状態からな、どちらが早く相手のポッキー(隠喩)を喰えるかっていうルールなんだぜ」
「……!」
「大方ポッキーの形状が息子に見えなくもないってことでに考えだされたんだろうが、男同士にはぴったりのゲームだと思うぜ?」
「……」
「おっとオレちょうどポッキー持ってたぜ。偶然ポケットに入ってたなぁ。……アカギいるか?」
「はい」
「じゃあやる。これでカイジくんと愉しんできな」
「…どうも」
というような安岡さんとアカギの会話がカイジさんの知らないところで密かに繰り広げられていたことが発端なのでした。
カイジさんおつ!!
Jan. 26. 2014
>>
top
>>
main