盛大に釣られよう − Steven

 ランチを終えて事務所に戻る途中。異界の生き物とヒューマーとポリスーツで賑わう大通りで、前から勢い良く人にぶつかられた。
「危ないな、気を付け――って、なんだ、◆か」
 足を止めて文句を云おうと視線を落とせば、知った顔だった。
「うっす、番頭」
「うっす、じゃないだろう。歩きスマホは良くないぞ」
 知った顔と云うか、ライブラの一員なわけだが――◆は、スマホの画面を見つめたまま歩いていて俺にぶつかったらしい。今も片手でむにむに弄っている。
「万が一、君を狙った輩が歩いてきたらどうする。ブスリと刺されるかもしれないな」
「舐めないで下さいよ、私をなんだと思ってるんすか」
 人通りの多い歩道で立ち話は迷惑だ。彼女が事務所とは反対方向へ向かっていたから、このまま帰路を進む事も出来ず、とりあえず路地裏の前まで移動する。
「……君が“クノイチ”だって事は分かってるさ。でもそう云う事じゃないだろう?」
「そう云う事っすよ? 気配で避けて歩いてますし」
 打ち終えたのか、◆はスマホをポケットにしまい、ようやく顔を上げた。
「説得力のない話だなあ、僕にぶつかった事をもう忘れてるのかい」
「番頭って意外と体しっかりしてるっすね、結構痛かった」
 俺の胸辺りにぶつけた頭を擦る彼女には、まるで悪びれた様子もない。
 そういえば、◆に会うのは久しぶりだな。
 ――なんてぼんやり思いながら、「番頭こそ私が悪者だったら刺されてますよ」などと云う彼女に溜め息をつく。
「私は気配読んで歩いてるんす」
「それはさっき聞いたよ」
 ショートパンツのポケットに手を突っ込み、得意げに笑う◆を睨む。
「つまり、私は番頭の気配が分かってたんす」
「…………」
「前から番頭が来るなあって。このまま行くとぶつかるなあって」
 その黒い瞳は俺の赤い眼よりずっと澄んでいて、だから今みたいに真っ直ぐ見つめられるのは、あまり居心地が良くない。
「確信犯だって? 可愛い当たり屋も居たもんだなあ」
 こんな風に茶化さないと、おじさんはやっていられない。
「久しぶりに会えて嬉しいんすよ」
 それは素直な言葉だろう。だからこそ彼女はタチが悪い。
 魚に釣り針を見せて「お前を今からコレで釣る」と云って糸を垂らすようなものだ。
「……他に云う事は?」
「じゃあ、ランチ奢って下さい」
「君なあ……」
 その見え見えの罠に食いつくのだから、伊達男の名が聞いて呆れるぜ。
「だって、もうちょっと一緒に居たいです?」
「疑問形?」
「スティーブンさんが、って事っす」
 ポケットから伸ばされた手が、俺の冷えた手を握る。
「……クノイチは読心術も会得してるのかい」
「優秀な構成員なんで」
「心強いよ」
 再び賑やかな通りへ出る。手を繋いだまま事務所とは逆の方角へ。
 本当に気配を読んで歩く彼女はまるで前を向かない。こっちを向いたままスルスルと器用に避けるもんだ。
「お礼にディナーは私んちで」
「積極的な当たり屋だなあ」
「消極的な当たり屋って居るんすか?」
「確かに」
 ◆に俺の気配を読まれた時から罠に掛かってたんだ――なんてな。
 俺はそれを避ける術を持ってないし、避ける気もないのだから。
「顔、緩んじゃって。単純なおじさんっすねえ」
 ほんと、困ったもんだよ。


 Fin.

2015.11.15

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