溶けない氷 − Steven

 その日。俺は、ある個人的仕事を終わらせ、ライブラへ向かう途中だった。
 我がリーダーに知られることは無いだろうが――ざっくり云えばかなり残虐なお仕事。
 負傷こそしなかったが、返り血などもあったためにシャワーを浴び、服も着替えてある。その用意は私設部隊にやってもらった。
 珍しいことではない。穏やかであるこの感情も、表情も、平常運転。このまま会合に出て、書類整理にでも手をつけよう――
「……ん、◆?」
 そんなことを考えながら歩いていると、通りかかったマーケットから出てきたのは、ちょっとした知り合いの◆だった。
「あれ、スターフェイズ氏。今から仕事?」
 そう云った彼女は、紙袋を抱え、いかにも休日と云うラフな格好で。
「――じゃないね、ひと仕事終えてきたところかな?」
 のんびりと云うくせに、何故か鋭く聞こえる言葉。
「おや、分かるかい?」
 不意を突かれたわけではないし、表情も変えなかったつもりだ。
「血のにおいが少し……あと、すっごい殺気放ってるけど、そこのところどうなの」
 どうなの、と訊かれても――と少し困った笑顔で肩をすくめる。
「シャワー浴びたんだけどなあ。それに、殺気を放ってるつもりは一切無いよ?」
「またまたあ! 後ろ見てみなよ、足跡が残ってる」
 え、と振り返れば、今来た道のところどころに氷が張られている。
「……これは困ったな。現場から続いてるとしたら、ちょっと厄介だ」
 エスメラルダ式血凍道の氷は、元は血液だし、猛暑の日でも溶けにくい特殊なものなのだ。
「じゃあ、ここで途切れさせれば?」
「そりゃそうだが――」
 そう云いながら◆の方を振り向こうとした瞬間、ぐいと引っ張られるネクタイ。そして頬に柔らかい感触、小さなリップ音。
「――びっくりした?」
「……まあね」
 に、と悪戯っぽく笑う◆が、片手でゆるゆるとネクタイを正す。
「こんなので、あなたのその尋常じゃない表情も、荒ぶってる感情も、正せるわけないだろうけど」
「…………」
 なに、とも訊けなかった。
「また飲みに行こうね、スターフェイズ氏!」
 じゃっ、と手を上げ、紙袋を抱え直した◆は、すぐ脇の横断歩道を駆けて行った。
 そちらを向いて見送ることも出来ずに。
「……やられた」
 自然に微笑んでしまい、それが本物だと自覚しながら、踵を鳴らして歩き出す。
 氷の足跡は、マーケット前で途切れていた。


 Fin.

2015.06.29

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