冷たいのはどちらか − Steven

「夜風は体に良くないって云ったのは誰だったかな」
「わたし」
 ライブラの事務所がある建物の向かいには、同じように高いビルがある。少し古めいたそのビルの屋上から事務所含め、この異界都市を眺めるのが好きで(もちろん、事務所の中は見えるようで見えない)。
 先に仕事を上がり、その手すりに頬杖をついてぼんやりしていれば、残業を終えたスティーブンが疲れた顔でやってきた。
「そうだろう? 頭が痛くなるんだって云ってた君が、そんな薄着で――」
「じゃあ、煙草は体に悪いって知ってるのになんで吸うの? コーヒーばかり飲んでいたら胃に悪いって知ってて何故飲み続けるの? 徹夜は体に悪いって分かってるのに、なんでするの?」
 そう一気に云ってやれば、彼はパチパチと目をしばたかせ、
「ッ、……ッハハハハ!!」
 何故か突然、大笑いし出した。
「なに?」
 わけが分からずに顔をしかめると、スティーブンは悪い悪い、と笑いながら首を振った。
「違うんだ、そうじゃなくて」
 ふふ、はははっ――と、おさまらないのか、口に手をやって近づくと。
「わ、」
 パサリと肩に掛けられるダークグレーの背広。無臭なはずなのに、氷の香りを纏うそれ。
「君の体が冷えるのが、僕が我慢ならないってことを云いたかっただけさ」
 能力ゆえか、体温がそれほど高くないスティーブンのジャケットは、それでも冷えた私の肩を優しく包む。
「全く……君に一、云うと、十、返ってくるからなあ」
 淡い紺のワイシャツ一枚に、ミモザのネクタイを夜風に揺らしながら、困ったように眉を下げる。
「……それって疲れる?」
「ん? そんなことないさ。どう返してくるか楽しみだし、それに――」
 スティーブンは、私の肩に軽く掛けられたままの背広の襟元を、ふわりと引っ張り寄せた。
「さっき、後ろ二つは僕のこと、云ってくれてたろう」
 ここぞとばかりに低い声で迫ってくる彼の頬を、ぺちんと軽く叩いてやる。
「最初のも、でしょ。たまに隠れて吸ってるの、バレてるからね」
 調子に乗るなと云う私の態度に、スティーブンは今度は喉で笑う。
「◆は優しいな」
 頬に当てたままの私の手に自分の手を重ね、目を閉じて落とすのは冷たい吐息。
「……早く帰って、ゆっくり休も」
 徐ろに開くまぶたが二度、瞬きをする。
「そうしよう」
 帰ったら、ヴェデッドさんの美味しいお料理を頂いて、食後の紅茶でも飲みながらまったりして。
「冷えた体同士、あたため合わないと」
「だったら今夜は湯船に浸かったら? それとショーガユだっけ、淹れてもらって」
 ジャパニーズウィズダム、と云ってやれば。
「……フフ、敵わないなあ」
 きゅ、と繋いだ手に、夜風が心地良く通り過ぎていった。


 Fin.

2015.06.29

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