クチナシと愉快なメイドたち (2/7)

「んん……」
 上質なシルクで設えられた大きなベッドで、これまた上質なシルクのパジャマに身を包んだ◆が、眠気まなこを擦りつつ起き上がる。
 そこには、外から聴こえる鳥のさえずりや、出窓から差す柔らかい朝陽も何も無かったが、彼女が目を覚ます光景と云ったら、オーロラ姫も逃げ出すほどのたおやかさだった。
「ふぁ〜あ……なんかすごく心地いい夢見たなあ」
 ぼーっとベッドに佇み、髪を手ぐしで整えつつ、ゆっくり瞬きを繰り返す。
「…………」
 徐々に鮮明になる目の前の景色。広々とした部屋、品の良い調度品、大きな窓。そこに違和感を覚えて、肌触りの良いパジャマ、そして寝心地の良かったベッドに目をやる。
 その視界に入り込んでくる光景は、見覚えがあるものだった。しかし“自宅”ではない。
「ここ……」
 ポツリと呟いて、脳が活動を開始しようとしたところで、その答えは不意に現れた。
 控えめなノックの音がし、◆が応えれば我らがリーダーが顔を出す。
「おはよう、◆」
 寝起きのもったりとした声を出す◆とは違い、いつもと変わらず紳士的な声でそう挨拶したクラウスは、ネクタイとウェストコートを身につけておらず、Yシャツを腕まくりしていた。その手には水差しを乗せた盆を持っている。
「おはようございます、クラウスさん」
「起こしてしまったかね?」
 水を入れたグラスを差し出すクラウスからは、草木と土の香りが漂う。
「ちょうど今起きたところです〜」
 ベッド脇に置いてある時計は七時過ぎを指していた。クラウスはもっと早くに起き、庭の手入れをしていたのだろうなと◆が何となく微笑むと、クラウスもそれにふ、と目を細める。
「気分はどうだろうか」
 その言葉に、昨夜は慰労会だったなと思い出した。
「気分は悪くないです、二日酔いもありません……けど」
 ごくごく、と冷えた水を飲み干し、空のグラスをクラウスへ返した。
「あの、ここってもしかしなくても……――」
 その時。
「おじょーさまーあ!!!!!」
 この邸は戦車が入っているのかと思うくらいの地響きと、複数の女性の叫び声。
 そして。
「失礼致します」
「失礼致します!」
「失礼致しますっ!」
 部屋のドアが開くと、邸のメイドたちが次々に押し寄せてきた。律儀に皆、ドアの前でしっかりと頭を下げてから、猛攻するように◆の佇むベッドを素早く囲んでいく。
「坊ちゃま! あとはお任せを! お嬢様のお世話はわたくしが!」
「わたくしもやります!」
「さあ、お嬢様、お召し替えをわたくしにさせて下さいませ!」
「あなた、抜けがけはナシだって云ったでしょう!?」
 鼻息荒く、そうまくし立てていく様子は、まるで好みの男性を取り合う女学生のようだ。
「やっぱり……」
 ここはクラウスさんちでしたね、と溜め息を吐く◆に、クラウスは申し訳無さそうにその巨体を縮める。
「皆、気持ちは分かるが、少し静かにし給え。◆は起きたばかりなのだ」
「申し訳ありません、坊ちゃま……でも、わたくしたち、とっても嬉しいんですもの」
 ウフフ、と笑うメイドに、クラウスと◆は顔を見合わせ、困ったように笑った。

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