▽ さくらと。
「玲沙ちゃんって小さいよね」
ぼくはさくらちゃんを見上げた。
にこにこ。屈託ない。
「さくら、それはさすがに失礼だよ」
まあやくんが、ぼくを引き寄せて言う。
ぼくは微笑んでみせた。
「本当のことだもの。ぼくは気にしてないよ」
もう伸びないから仕方ない。足が悪いこともあるし、あまり大きくなっても独活の大木。
だったら、まだ小さくて正解かな。
「そういえばさ、玲沙ちゃんって大人しいから、珍しいよね!このクラスにしては!」
「……ごめんなさい。騒ぐのは、苦手なんです。皆さんのことは、好きですが」
べつに彼女が責める響きを帯びていたわけではないけれど、ぼくの口から自然と謝罪が漏れる。
「玲沙……」
まあやくんの視線を感じたけれど、ぼくは気づかないフリをした。
あまり、まあやくんに迷惑はかけられない。
「まあやくん。先生からさっき、用事があるから職員室まで、っていう言伝てを頼まれたのだけれど」
これは、ぼくと彼の暗号。
ぼくがまあやくんの助け船なしで、クラスメートとお話しすることに挑戦する合図。
「……めんどくさ」
まあやくんは渋々立ち上がって、教室をあとにした。
これからがぼくの正念場。
「いってらっしゃーい」
暢気に手を振るさくらちゃんを、ちらりと見上げる。
……と、目があった。
「ねぇ、どうしてまあやくん以外には敬語なの?」
彼女にしたら、きっと純粋な疑問。
でも、ぼくには答える術がない。
「どうしてでしょうね?」
はぐらかした答えを、さくらちゃんは華やかに笑いとばす。
「あははっ。答えになってないよー!」
言えない。
壁を作るためだなんて。
曖昧に微笑み、ぼくは沖田くんを手で示す。
「沖田くんがお待ちですよ?」
「総悟でィ」
「あっ忘れてた!またね玲沙ちゃん!」
沖田くんの手を引っ張り、空いた左手でぼくに手を振る。
「さようなら」
ぼくも手を振り返し、微笑んだ。
それと同時に、前扉が開く。
「もう少し頑張れないかな玲沙ちゃん?」
入ってきたまあやくんに、頬をふくらませてみせた。
「ぼく、あの質問は受け付けてないのです」
「玲沙ちゃーん?」
まあやくんが真っ黒なオーラを放って、ぼくの頬をつまむ。
「そんなこと言ってたら近づけねぇぞ?」
じんじんと地味な痛みが伝わってきて、涙目になりながら「はぁい……」と呟いた。
まあやくんは、ぼくの殻を破ろうと頑張ってくれている。
それをありがたく思う反面、どうすればよいのか拮抗しているのが実情。
なかよくしても、また離れたら。
引き裂かれたら。
ぼくの顔をじっと見ていたまあやくんが、ぼくをそっと腕の籠に閉じこめた。
「怖がんなよ。前向け。手、引いてやるって言ったろ?」
優しすぎるほど優しい彼に、ぼくは頷くしかできない。
そんな彼に、ぼくは何をあげられるだろう。
この、感謝の気持ちを。
どう伝えたらいいだろう。
「いい子だ。次からは頑張れるね?」
彼の問いは、苦しみと切なさと幸せの約束。
ぼくは、
ぼくの答えられる、最善の答えは
「……うん」
為された約束に、違わないよう。
彼に報いれるよう。
心を託すように、是を囁いた。
prev / next