Howdy, new world. ーAnother Storyー | ナノ


▽ 組曲


1.フォアシュピール

ぼくのクラスには、少し変わった子がいる。

「玲沙ちゃーん!!」

掴めない。
彼女は本当に解らない。

「ぴぎゃっ!?」

まず、何もないところでよく転ぶ。

「……大丈夫ですか?」

前に一度、手を差し伸べたら共倒れしたので、取り敢えず声だけ掛ける。

「ゼンゼン平気ダイジョーブ!!うきゃっ!?」

立ち上がった瞬間にまた転ぶので、ぼくは近寄ってしゃがみ込んだ。

「……靴に、ローラーでも付いているのですか?」
「ええっ、付いてないよー?玲沙ちゃんってば面白いこと言うんだね!」
「…………」

また、返事に窮することも屡々。
因みに、他の人でぼくの返事を窮させたのは唯一人、銀ちゃんだけだった。……さくらちゃん、恐るべし。

「……どうしたものでしょうね」
「何がー?」
「……なんでもございません」

京の人々は、本音と建前が明確に二分していた。彼らの言うことを、ひとつひとつ真に受けていたら、陰で虚仮にされる。
今まで舌先三寸と微笑で躱してきた為、こんな状況は微塵も想像していない。つまり、耐性がない。

ぼくは、彼女と並んで歩きながら、ぼくより高い位置にある双眸をそっと見上げた。

時折閃く憂いの影が、この掴めない彼女自身と、何か関係しているのだろうか。

「ん、どうかした?」
「いえ、何でもないです」
「変なの!」

よく解らない彼女だけど、きっと素直なだけで、だからこそあんなに愛されているのだと思う。
転ぶ回数が多いのは、靴のサイズが大きいだけかもしれない。

「今度、靴を見に行きませんか」
「いいよ!でもなんで?」
「……秘密です」


不思議そうな彼女には、伝わらなくていいこと。

(前奏曲)


2.カプリッチオ

「これとかいいんじゃないさくら」
「それはいくらなんでもあんまりだよさゆか!」
「…………」

ぼくらは今、靴屋さんに来ています。

「まーまーとりあえず履いてみなって」
「うぅ……履くだけならまあいっか」

さっきからさゆかちゃんが熱心に勧めているのが、飾りのついて重たげな靴。派手な色合いで、何故か羽根つき高い踵。履いているだけで足が疲れそう。

さくらちゃんが履き替えている間、ぼくはさゆかちゃんをこっそり手招きする。

「やっぱダメ?」
「……敢えて奇抜なものを選んだところは評価点ですが、踵が高いものは骨折の恐れがあります。本人もやめるでしょう。……ほら」

立ち上がった瞬間にフラフラとよろめいた彼女を指し、ぼくはにこりと微笑んだ。

「踵の低い奇抜なデザイン、反対側の棚にありました」
「ナイス玲沙!」

いそいそと取りに行ったさゆかちゃんを見て、ぼくは少しだけ良心が疼いた……ような気がした。

「玲沙ちゃーん!似合ってる!?」

そんな奇抜なものが似合う人なんて匆々いないですよ、と言いかけ、ぼくは言葉を呑み込む。

「あー、えーっと……風変わりで、素敵ですね。でも、その踵は些か高過ぎますよ。少々危険かと」
「そっか!さっきからなんかフラフラすると思ってたんだけど、踵か!」
「…………」

ぼくは思わず彼女に憐れな視線を向けた。ここまで言葉を表面的にとられては、さしものぼくでも同情というか憐閔というか、むしろ切なくすらなってくる。
ぼくがさくらちゃんから目を伏せたところで、さゆかちゃんが色々と抱えて戻って来た。

「これとかさ、ソレよりいいんじゃない?アンタ向き」

……ウサギ、だろうか?
濃いピンクのウサギに、カラフルなスパンコールがびっしりとくっついていて、キラキラと眩しい。眩しすぎて、ぼくは履く気にならない。

「わぁ!かわいい!」
「……。……あー、似合うと思いますよ」
「これとかもいいっしょ?」

次に取り出したものは、足の裏にバネのついた、目を惹く極彩色な靴。
履いたら有名人になること間違いなしと確信しつつ、手にとってしげしげと眺める。もしかしたら欧米では流行っているものかも、と思ったが、すぐに打ち消した。これはいくらなんでも有り得ない。

「……そんで、これがイチオシ」
「!!」

ぼくは思わず息を呑んだ。まるで、宝塚の殊更華やかな部分を抽出し、凝縮して靴に仕立てあげたかのような、畏れ多くて触れない代物。ローヒールなのが寧ろ不思議なぐらいに、暑苦しいほどけばけばしい。

「すごい!派手だねぇ!」
「!!」

ぼくには、さくらちゃんの感想が、まるで宇宙からの通信であるかのように聞こえた。そんな単純な感想では、靴に失礼だと思う。

「この宝塚、安くなっててさ」
「……た、宝塚」
「ええっ!?ホントに!?履いてみたーい!!」
「…………」

さゆかちゃんも、宝塚だと思って選んだのが、如実に解る一言だった。そして、ぼくはもうさくらちゃんにはついていけない。彼女といたら、仏様のようになれる、きっと。
楽しげに履くさくらちゃんを横目に、ぼくはそっと溜め息をついた。まず、この靴屋さん自体おかしい。

「おっ、さくら似合うじゃん!」
「……ええ、ぼくもそう思います」

上の空でさゆかちゃんに同調し、宝塚の後では全く自然に見えるウサギとバネの値札を捻る。……これらに、これだけの値段を払ってまで欲しい人がいるのか、甚だ疑問になる桁数だった。買わないに一票。

「ホント!?よし、買っちゃおうかな!」
「買え買え。人気者になれるよ!」
「…………あ、すいません。お会計はどちらに?」

ぼくは無表情で店員さんを呼んだ。さゆかちゃんと謀ったはいいものの、如何せん引き際を逃したらしい。ここから普通の靴を勧めるのも不自然。

「……買ってしまいましたね」
「……買っちゃったね」

意気揚々とレジに向かったさくらちゃんを見送り、ぼくはウサギの靴をつついた。

「誰のデザインでしょう?」
「ん?小学生」
「……はい?」
「なんか、どんな靴履いてみたいか小学生に描かせたらしいんだよねー。そんで、妙にリアリティのある作品が実際に生まれてしまったと」
「……あの宝塚も?」
「アレは先生だって」

ぼくは無言で天井を仰いだ。デザインした人、小学校の教師よりもパリコレのデザイナーの方が向いている気がする。
レジを見れば、さくらちゃんが苦労して宝塚に履き替えていた。

「……反省、してます?」
「いや、全然。玲沙は?」
「不本意ながら……微塵も」

ぼくらは顔を見合わせて立ち上がった。そそくさと店を後にする。俗に言う、おいてけぼり。

買わせたけれど、一緒に歩きたくはない。

そんな人間として当たり前の感覚に従ったまでと、さゆかちゃんと納得しておいた。


(狂想曲)


3.ノクターン

しとしと降る雨が、窓を冷たく濡らす。

「すみれっ、見てこれ!昨日買った靴!!」

雨が降ると、空気が湿り気を帯びて、何処と無く倦怠的に────

「さゆかと玲沙ちゃ……んのきゃッ!?シャーペン!?なんで!?」

ぼくが神経を集中させて飛ばしたシャーペン。窓を見ているので、ぼくが投げた本人だとは解らないだろう。念のため借りておいた、桂くんのものだけれど。

わたしに話しかけないでオーラを全開にし、ぼくは彼女の発言に注意深く耳を澄ました。

「これ、ヅラのシャーペンじゃない?」
「ええ!?いないよヅラくん」
「おかしいわね……」
「…………」

ごめんなさい、ぼくです。
心の中でなげやりに謝り、ぼくは席を立った。気配を殺し、ドアへ向かう。

「ぅわっ!!卯月!?」
「あ、土方さん。おはようございます」
「おう、おはよ。……ん?」

ぼくは土方さん越しに身を乗りだし、廊下を見る。

「……あれ?さゆかちゃんはいらっしゃってないの?」
「あ、アイツ今日は退っ引きならねェ用事があるから休むだと。……つか、お前らいつの間にそんな仲良くなってんだよ」
「乙女の世界に口出しなさいますと、痛い目を御覧になりますよ?」
「……すまん」

ぼくはさっさと土方さんから離れ、彼をじっと見上げる。彼は慄いたように身を引いた。

「な、何だよ?」
「……ちょっと、障害物競争しません?」
「は!?」
「荷物はぼく、ゴールはさゆかちゃん、最大の障害は雨。……どうですか?勿論やってくださいますよね?」

少し圧力的に微笑めば、土方さんは無言でスポーツバックを自分の席に向かって投げる。

「こっちこい」

ぼくは寧ろ、彼の心の広さに驚いた。断るものだとばかり思っていた。

「……吃驚です」

ぼくは伸べられた手に自分の手を重ね、称賛の笑みを浮かべる。彼はニヒルに笑い、ぼくを担ぎ上げた。

それから僅か数分、ぼくは傘をさし、さゆかちゃんのお家の前に立っていた。
呼び鈴を鳴らし、少し待つ。

「やっほー、来ると思ってたよ玲沙」

ガッチャン、と重たげな音をたて、さゆかちゃんが顔を出した。悪戯が成功したみたいな顔。

「抜かりありませんね、さゆかちゃん。さくらちゃん、早速公開していましたよ」
「うっわー……で、周りは?」

至極楽しそうな笑顔で手招きしながら、窺うようにぼくを見る。ぼくは頭を軽く下げ、クスリと笑った。

「……引いてました。特にすみれさん」
「あははははははっ!!おかしっ……ひぃ……それは見たかった!!……はははははっ!!」

さゆかちゃんが爆笑し、ぼくは彼女の背中を押して玄関のドアを閉めた。ご近所さんに迷惑がかかってしまう。

「さゆかちゃん、落ち着いて」
「……む、ムリっ……だ、面白すぎだわアイツ……はははははっ」

雨音も、少し倦怠的な雰囲気も、彼女の爆笑には敵わない。ぼくもつられて、少し笑った。

「今日の欠席理由は?」
「極度の腹痛」

予想通りの答えに、また笑いが込み上げた。


(夜想曲)


4.ラプソディ

「さゆかちゃん、強いんですね」

ぼくらは今、さゆかちゃんの部屋でトランプに興じている。

「まあね〜。これで散々さくらからかってさー。負けたら一回毎にパシり」
「目に浮かぶようです。……パシりは、タイムロスが大きかったのでは?」
「そーそー!だからさ、何かイイのない?」
「そうですねぇ……」

ぼくは考えながら、手持ち無沙汰にトランプを弄ぶ。ぱらぱらと鳴る音が、少し癖になりそう。

「……羽子板形式で、落書きしていくのは、どうですか?五回おきに、パシりをしていただいて」
「それだ!モチロン油性マジックでね……そうだなー、ベタにチョビヒゲとか?」
「眼鏡とかも描いておけば、賢そうかもしれませんね」
「シワと眉毛もつけて中年スタイル!いやー、冴えてるわ。毎回パシリより断然面白い!」

さゆかちゃんが楽しそうに手を叩く。……ぼくも想像したら笑えてきた。

「いつやります?」
「今日だね。あのバカもうすぐ来るよ」

さゆかちゃんが、悪い笑みを浮かべて立ち上がる。時計の針は15時30分を示していた。


ピンポーン
「たのもー!!」


道場破りの掛け声に、さゆかちゃんがパチンと指を鳴らす。

「そら来た!」

彼女が意気揚々と玄関へ向かうのを見、ぼくはトランプを赤黒に分けてきっておく。
すぐに、ガヤガヤと上がってくる足音がした。

「……これはまた、ずいぶんと団体さんで」

ガチャリとドアを開けた人を見上げ、ぼくは微笑む。

「まあやくん、朝ぶりですね」
「そうだね。俺は君見てないけどね」
「起こしたにも関わらず、いつまでも寝ていらっしゃるからですよ」
「……うん、ごめん」

まあやくんが、首を竦めてぼくの隣に座る。続いてすみれさん、さくらちゃん、最後にさゆかちゃんが入ってきた。

「玲沙ちゃん、朝いなかったっけ?」
「いませんよ。大方、見間違いでしょう」

堂々としらをきり、さゆかちゃんに分けたトランプを差し出す。

「どうぞ」

さゆかちゃんは黒を受け取った。ぼくは赤をさくらちゃんに渡す。

「え、わたし?」
「はい。ではお二方、どうぞ」

……勝負は、ものの十数秒でついた。

「また負けたっ……!!うう、コレで68連敗目だ……」
「まあこんなもんでしょ。さくら、今回はパシりいいよ」
「えっ!?なんで!?」

ぼくは手近なペンスタンドから、油性の黒いマジックを抜き取る。

「はい、さゆかちゃん」
「ありがと、玲沙。ちょっとさくら、目ぇつぶってじっとしてて」
「?うん」



キュッキュッ



「なぁぁぁ!?」
「うむ、我ながらカンペキ。どうよ玲沙?」
「流石さゆかちゃん。素敵ですよ、さくらちゃん?」

鼻の下に描かれた見事なちょび髭。ぼくはもう一度トランプをきり、黒をまあやくんに差し出した。

「今度は、あなたです」
「はいよ」

彼は軽い調子で受け取る。少し経ってから、さくらちゃんの顔に太いハの字眉毛が追加された。まるで示し合わせたかのような連携ぶり。

「あはははははっ」

さゆかちゃんが遠慮なく笑う。すみれさんも吹き出していた。

「まーこんなもんでしょ」

まあやくんは満足そうに言い、黒のトランプをすみれさんにまわす。

「この流れなら当然ね」

すみれさんは余裕そうに笑い、慣れた手つきでカードをきる。

「……はぁ」

さくらちゃんが溜め息ながらにカードを混ぜた。……きれないんだ。

「いくわよ」

例のごとくさくらちゃんは即敗し、目許や口許にシワが描かれた。ここまでくると三人は以心伝心、常に心で繋がっているように見える。

「あと二回負けたら罰ゲームMAX」
「MAX!?」

さゆかちゃんの言葉にさくらちゃんは目を丸くした。申し訳ないけれど、物凄く面白い顔になっている。

「じゃあ玲沙、頼んだ」
「はい、お任せください」

ぼくはカードを受け取り、自陣に並べる。

「はじめー!」

ぼくは教わったとおりにカードを動かし、重ねる。
結果的に、さくらちゃんは、ほぼ初心者のぼくよりも弱かった。

「眼鏡描けました」
「これで完全無欠の中年サラリーマンだね!」

外に出すのは気の毒なので、取り敢えず携帯に収め、明日学校で公表することで一致した。



(狂詩曲)

5.アンプロンプチュ

「ちょ、コレ落ちないんですけど!!」

さくらちゃんが、洗いに行ったはずの顔のまま戻ってきた。

「あら、当たり前よ。油性だもの」

涼しい顔のすみれさんに、まあやくんが苦笑いを溢す。

「仕方無いわなー。結構マジで描いたし」
「別に面白いからダイジョーブだって」

さゆかちゃんのフォローになっていないフォロー。
ぼくはさくらちゃんを見上げた。彼女の視線が此方に落ちる。ぼくは首をかしげてみせ、にっこり笑った。

「時が何とかしてくれるでしょう」
「なんか一番刺さった!!」
「事実ですよ。洗って落ちるなら、お三方が洗うことを許可する筈無いでしょう?」
「ヒドイ!!」

さくらちゃんに非難され、ぼくはまあやくんにくっつく。

「酷いのってぼくですか?」
「え?いや、うーん……」

まあやくんが苦笑しながら言葉を濁した。ぼくは唇を尖らせるとまあやくんから離れる。

「……まあやくんもあんな太い眉毛描いていらっしゃるのに」
「は?えっと、それはさ?今関係な────」
「そうだよねー!むしろまあやヒドイわ」

突然肩に圧力を感じ、体に長い腕が絡まる。そのままズリズリ引き寄せられ、ぼくの体は中途半端に彼女の膝の上に乗った。

「あの、さゆかちゃん……」
「今のはまあやヒドーイ!」
「そうよね、まあやが悪いわ」
「そうだよ!玲沙ちゃん可哀想ー!」
「あれェ!?悪いの俺!?」

集団心理学、覚えておくと吉ですよ?まあやくん。
ぼくは、彼に向かって片目を瞑る。まあやくんの、してやられた、とでも言いそうな顔に溜飲を下げ、ぼくはトランプを弄んだ。ぱらぱらと乾いた音が、ちょっと中毒。

「そうだ。玲沙イジメた罰ね!すみれ、頼んだ!」
「おっけー、任せなさい」

キュポ、とキャップの外れる音。

「うわ、ちょっ、すみれさー……のがっ!?」

両頬に三本線。鼻の頭も黒い。

「……よくお似合いで」

ぼくは彼から目を逸らしながら呟き、またトランプを弄ぶ。さゆかちゃんは、さっきから呼吸困難に陥っていた。

「まあやくん、おそろいだね!!」
「くくくッ……ひぃ……お、オソロイ……はははははっ」
「オソロイなんて堪るか!!さゆかも笑いすぎだ!!」
「身から出た錆ね」
「すみれうるさい!」

あんなまあやくん初めて見た。
面白いから、口は挟まない。

彼女たちの、今まで作ってきた空間。
ぼくには、いい余興だった。


(即興曲)

6.フィナーレ

「玲沙、頼む。何とかならない?」
「んー……」

ぼくは上の空を装ってトランプを弄ぶ。癖になってしまった。堪らないぱらぱら感。

「君ならさー……頼むよー」

最近知ったドラえもんとやらのキャラクターで、似たような台詞を何度も聞いた。

「ぼく、ドラえもんではありませんので」
「玲沙がグレた!!」
「グレてません」

彼の困り顔はあまり見ないので、此の機会に観察する。……かっこよさ半減。仕方無い、何とかしてあげよう。

「膝、宜しいですか?」
「あ、うん」

ぼくは彼の膝ににじり寄り、乗せてもらう。スカートのポケットからアルコール消毒用のウェットティッシュを取り出した。

「届きません」
「はい」

ぼくは膝立ちになり、彼の頬に触れた。腰を支えてもらい、三本線をそっとなぞる。

「ちょ、くすぐったい……」
「我慢なさいませ」

大方落ちたところで、反対側とシャープな鼻の頭も同じように拭った。両頬鼻頭とも、余程近づかない限り、解らない程度にまで薄くなる。

「まあ、こんなものでしょう」
「ありがとう玲沙ー!!」
「ちょっと……」

まあやくんがぼくの体を抱え込むように抱きしめた。彼なりの、ぼくに対して感謝を示すスタイル。ぼくは手を伸ばし、彼の背中をポンと叩いた。

「……何、やってんのまあやー!!」
「玲沙っ、玲沙が!!まあやに喰われる!!」
「まあやくんズルいぃー!!」

一斉に非難されるまあやくん。慌ててぼくを離そうとするから、ぼくはぴったりくっつく。

「こら玲沙!離れよう!?」
「あなたが離さないから」
「俺ェ!?」

目を白黒させるまあやくんに、すみれさんの冷えた視線が突き刺さった。

「玲沙ちゃんのせいにするなんて……まあや、最低」
「だから違ッ!!」
「玲沙も拒否ってイイんだよ?」
「いえ、よくあることですから」
「玲沙!意味深なこと言わないで!!」

まあやくんが悲鳴をあげる。……意外と、好きかもしれない。

ぼくの初めて見る彼。
からかわれたり、困ったり。
今までは、ぼくにとって何処か遠く、そしてとても紳士的に接してくれていた。ぼくも彼も、それが自然だった。

「玲沙、何とか言ってよぉ……」

それでもこんな風に、完璧ではない、どこかが緩んだ彼を見ると、それまでのぼくらの関係は、彼にとってぎこちないものだったのではないかと思う。

お互いに距離が掴めなくて、それに気づくきっかけすらなかった。遠慮だって邪魔をしていた。
それが、ぼくらの埋まらない隙で、現実的な平行線になっていた。そんなことで、お互いが心底知れるわけはない。

しかし、この三人といる彼は、肩の力が抜けて、年相応に無邪気な顔をする。ぼくと二人きりのとき、彼は決して肩の力を抜かなかった。いつもぼくを気にかけてくれたけれど、やっぱり遠かった。

ぼくは、その距離が淋しかったんだ。
気を遣ってくれているのに、贅沢だけれど。

ぼくは、『まあやくん』が見たかった。
年相応で、少し抜けてて、誰からも愛される彼が。

今日初めて間近で見たその姿は、心のあたたかくなるほど、天真爛漫な彼だった。


「もうしばらく、弄られていらっしゃいなさいな」

ぼくは、最高の笑顔でそう告げた。




(終曲)

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