拍手ありがとうございます!
お礼文は
・小学生冠→晶
・二十歳青火
の2本です。








 晶馬は風呂上りに早速バカリと冷蔵庫の扉を開けると、中から牛乳を取り出してたっぷりとコップに注ぎ、隣で陽毬が微妙な表情をしているのを横目にごくごくとそれを飲み干した。
 最近、晶馬はちょっと牛乳に凝っている。何故かというと、この間の学校での身体測定の時に冠葉に身長が負けているという事実を改めて突きつけられたからだ。
 今までは二人ともそんなに変わらなかったはずなのに、小学校高学年になってからだんだんと冠葉との目線が離れているような気がして、悔しいような寂しいような気持ちになっていたのだが、それがとうとう数値という形で明らかになり、いつの間にか晶馬と冠葉の身長は十p程差ができてしまっていたのだ。
 身長が負けてしまったのが悔しくて、目線が少し遠くなってしまったのが寂しくて、晶馬はここ最近せっせと風呂上りに牛乳を飲んでいるのだった。
 一気飲みをしてぷはーと息をついていると、くいくいと袖を引かれ晶馬はなあにと陽毬の方を見みた。陽毬は不安そうに晶馬と空っぽになったコップを交互に見やると、「晶ちゃん、大丈夫…?」と首をかしげている。

「大丈夫って何が?」

 心配される心当たりが全くない晶馬は、陽毬と同じように首をかしげる。

「きもちわるくない……?」

「え?」

「牛乳、きもちわるくない……?」

 そこまで言われて、やっと陽毬が何を言いたいのかわかった晶馬は、ああ、と笑って陽毬の頭をぽんぽんと撫でた。

「平気平気」

「本当?」

「うん、大丈夫大丈夫。牛乳とっても美味しいよ!」

 言いながら、もう一杯コップに牛乳を注ぐ。晶馬の言葉がまだ信じられないらしい陽毬は、その様子をぎゅっと眉間に皺を寄せながら見つめている。
 陽毬は牛乳が嫌いだ。毎朝学校に行く前の牛乳は、母に無理矢理飲まされそうになっても絶対に飲まないし、学校の給食の牛乳だって、陽毬の友達の女の子たち曰く、自分の分は別の牛乳好きなクラスメイトに譲っているというのだから呆れる。
 比較的牛乳が好きな方である晶馬にとって、陽毬がここまで牛乳を嫌うのは不思議で仕方がなかった。だから、ぎゅっと睨まれている牛乳が、何だか可哀想に思えてきてしまう。

「陽毬も牛乳飲んでみる?」

 試しに、注いだ牛乳を陽毬に勧めてみる。
 いつもなら晶馬が勧めさえすれば、陽毬はどんなに食わず嫌いをしているものでも素直に食べてくれる。でも牛乳ばかりはどうしても駄目らしい。
 陽毬はまた表情を硬くすると、「いらない」と一言告げて、明日の体育に必要な体操服の洗濯をしている母の元へと行ってしまった。台所に取り残された晶馬は仕方なく、拒否されてしまった牛乳を一気飲みする。

「っぷはー」

 喉をとろりと流れ落ちる牛乳は、体の奥の奥にまで染み込んで晶馬の成長を助けてくれているような気がする。牛乳を飲み終われば、あとはこのまま布団に入って寝るだけ。
 晶馬は満足して牛乳パックを冷蔵庫に戻すと、ぴょんっと一回爪先立ちをした。目標身長は冠葉と同じ身長だ。
 “寝る子は育つ”という言葉は、父が眠らずずっと遊びたがっている晶馬と冠葉と陽毬に言った言葉なのだが、晶馬はそれをしっかりと己の胸に留め、ここ最近は毎晩早い時間に布団に入るようにしている。冠葉も一緒に夜更かしをしていたのに身長を抜かされたというのは見ないフリ。この際、嘘でも本当でもいいから、背が伸びるというなら何でもしたかったのだ。
 そして今夜も早速、母が敷いてくれた布団に潜り込もうと晶馬は振り返り、けれど行く手はすぐ後ろに立っていた冠葉に阻まれてしまった。
 冠葉はついさっき風呂から父よりも先に上がってきたようで、まだ湿った赤い髪をタオルでわしゃわしゃと拭きながら晶馬を見下ろしていた。視線を上げなければ冠葉と目を合わせられないことに、また悔しさと寂しさが込み上げる。

「なんだ、また牛乳飲んでんのか。今日それで何杯目だよ」

 晶馬の手に握られっぱなしになっていたコップを見た冠葉は、呆れた顔でタオルを肩にかける。

「お前、そんなに牛乳好きだったっけ? あんまり飲みすぎると太るってクラスの女子が言ってたぞー」

「うるさいなあ。いいだろ別に」

 せっかく、牛乳を飲んで満足していた気持ちが、針で刺されて穴の開いた風船の様に萎んでいくのを感じながら、晶馬は冠葉を押しのけると、コップを流しに起き蛇口を捻った。
 冠葉の口からよく、“女子が言ってた”という言葉を聴く様になったのは最近のことだ。それが、どうも晶馬には面白くなかった。
 冠葉は背が伸び始めてから女子によくモテるようになった。それまでは晶馬と似たりよったりのちんちくりんで、晶馬と一緒に並んでいたら可愛い可愛いと言われていたというのに、今ではすっかり学年のイケメン扱いになっている。双子なのにこんなに差が出るなんて不思議だねー、と友達に言われたのも、まだ記憶に新しい。
 この前など、近所のスーパーまで二人でお使いに行ったらレジをしていたおばさんに、

「あらあ兄弟でお使い? 偉いわねえ」

と言われてしまった。
 それまでは同じ背丈で二人並んでいるのを知らない人が見れば大抵友達同士と間違われていたのに、あの時は珍しく“兄弟”と言われたのだ。最初のうちは、何故兄弟だと思われたのか不思議で仕方がなかったが、理由にあとから気がついたときは愕然とした。
 そんな、二人に身長の差が出来て、そのことを意識せざるを得なくなったころ。
 クラスが違う冠葉を晶馬が放課後迎えに行けば、大抵彼はちょうどクラスの女子と楽しげに話している最中だったりする。相手の女子はキラキラした目線を冠葉に送り、異様に高い声で話をしていて、いつも晶馬はぎょっとしていた。そして冠葉が晶馬とふたりの時や、家族の前ではしないような表情をしているのを見るたび、冠葉が他人の物になってしまったかのような錯覚をしてしまうのだ。それが何故だかとても嫌で、そして今みたいに冠葉に見下ろされるのも気に食わなかった。
 コップに水が溜まるのを見届けると、晶馬は水を止めて振り返った。けれど、さっきと同様、冠葉に行く手をふさがれてしまう。
 すぐ側で見下ろしてくる冠葉の表情はどこか嬉しそうで、少しムカつく。
 晶馬は彼の視線から目を逸らすと、冠葉の肩をぐっと押して無理矢理そこを通ろうとした。けれど、冠葉はビクともせずに首をこてんと傾げ、晶馬の顔を覗き込む。

「何怒ってんだよ」

「怒ってないよ、僕もう寝るからそこどいて」

「怒ってるだろ、おい、こっち見ろよ」

 なんとかして冠葉をどかそうと躍起になっていると、冠葉はがしりと晶馬の顔を両手で掴んでぐいっと自分の方へ向かせた。自然と、晶馬が再び冠葉を見上げる形になり、晶馬の顔を見ようと少し屈んだ冠葉の体制に晶馬の中で何かがプツンと切れたような気がした。

「なあ、俺お前に何かしいってぇっ!」

「見下ろすなバ冠葉!」

 気がつけば、晶馬は衝動的に脛を思いっきり蹴り飛ばしていた。我に返り、まずいと思って慌てて痛みにしゃがみ込む冠葉の脇をすり抜けようとする。ところが、台所を出る前に晶馬は足首を掴まれてバッターンと盛大に転んだ。かなり大きな音がしたが、父はまだ風呂、母も洗濯のために洗面所、陽毬は母の傍らにいるため、誰も気がつかないようだった。

「いったあ! 何するんだよバ冠葉!」

「そりゃこっちの台詞だ! いきなり脛蹴りやがって、俺が何かしたか?!」

 痛みのせいで涙目になった冠葉は、しゃがんで晶馬の足首を握ったまま訴える。晶馬も、膝とお腹と顎を床に打ち付けてしまって、ジンジンとする痛みに涙目で冠葉を睨み返した。

「冠葉がこれ見よがしに見下ろしてくるから悪いんだろ! 僕より背が高くなったからって偉くなったと思うなよ!」

「はあ? そんなことかよ! 見下ろしちまうのは仕方ないだろ! 俺の方がお前より背が高いのは事実なんだからな! それよりあれか? しゃがんで欲しいのか? しゃがんでちっさい子に話しかけるみたいにすればいいのかよ?」

「んなわけないだろ! 馬鹿にするな! 冠葉なんか縮んじゃえ! 女の子に群がられて潰れちゃえ!」

「何だそれ! わけわかんねえこと言うなよ! 縮めるわけないし女子なんかに潰されてたまっかよ! そんなに見下ろされるの嫌なのかよ! 仕方ないっつってんだろ!」

「仕方ないならじゃあ僕を見下ろす度に嬉しそうな顔するの止めろよ!」

「なっ……」

 冠葉との下らない応酬の末、完全に頭に来た晶馬が思ったことをそのまま言い放てば、今まで威勢よく怒っていた冠葉はぱたりと黙ってしまった。だんだんと目を丸くし、何故か顔をうっすら赤くして口をパクパクさせる。

「え……マジかよ、俺そんな顔してた……?」

「うん、してた、めちゃくちゃニヤニヤしてる時もあった」

「うわ、うわぁ……」

 何が「うわぁ」なのだろう。
 すっかり勢いをなくし、掴んでいた足首を離して顔を覆った冠葉を訝しく思った晶馬は、自分が怒っていたことも半分忘れて冠葉の隣にしゃかんだ。今じゃ、冠葉は顔だけでなく耳までうっすらと赤くなっている。こんな冠葉を見たのは初めてで、ちょっと嬉しい。

「どうしたの?」

 訊けば、冠葉は「なんでもない」とぼそりと言って深く溜め息を吐いた。顔や耳の赤い色は少しずつ抜けて、落ち着いたらしい冠葉は指の隙間から晶馬を伺う。

「で、晶馬はあれか、俺に身長負けてるのを気にしてんのか」

 肯定するのは悔しかったが、晶馬は渋々頷いた。それに、二人ともしゃがんでいる今は目線が同じ高さになっていて、寂しさやムカつきを感じない。晶馬は落ち着いて冠葉と目を合わせることができた。

「もしかして牛乳飲みまくってるのもそれでか」

 今度は素直に頷く。すると冠葉は、ぎゅっと眉間に皺を寄せてのそりと立ち上がった。晶馬もつられて立ち上がれば、再び冠葉に見下ろされる形になって思わずむっとする。しかも今度は不機嫌そうに見下ろされているのだ。晶馬は文句を言おうと口を開いたが、言葉が口から飛び出す前に突然冠葉に抱きしめられ、ちょうど口元にきた冠葉の肩に口を塞がれてしまった。

「冠葉……?」

 突然の行動にもごもごと声をかければ、冠葉は晶馬の背中をとんとん叩いて言い聞かせるように言った。

「双子なのにってクラスメイトに言われたこと気にしてるんだったら、そんなの無視しろ。お前はお前だ、ちゃんと俺の双子の弟だ。そんなに焦らなくって良いんだよ。身長なんて個人差があるんだし、そのうちちゃんと伸びるって、な?」

「冠葉……」

「それに、俺は今のままでも良いと思うぞ。いや、寧ろこのままの方が晶馬は可愛がふぁっ……いってぇええ! おまっ……またいきなり何すんだよ!」

「バーカ! バ冠葉! そのまま身長伸び過ぎて天井突き破っちゃえ!」

「は……はあっ?」

 前半は良かった……前半は良かったのに!
 晶馬は冠葉の顎に懇親の頭突きをかますと、緩んだ腕の中からするりと抜け出して居間に逃げ、捨て台詞を吐いてそのまま布団を頭から被った。
 いったいどの部分が晶馬の怒りを買ったのかわかっていない冠葉は、晶馬の捨て台詞にぽかんとしたまま、台所に一人ぽつんと取り残されたのだった。



君との目線 



――――――

何かあれば一言どうぞ、
お返事は「memo」で。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -