ブレアの生涯








奇形、奇病、自らの我が子でも忌み嫌うほど、我が子の壊れ様ガラクタの様。

生まれ落ちたことにふと気が付いたときにはもう母という存在すらなく、薄暗い路地裏に1人、動物と言うにはあまりにも奇形なものが、唯一自分で動かすことのできる目玉だけを泳がせていた。
その子猫であろう存在のものは片手片足が無く、耳らしきものはあるが聞こえもしない、毛も生えない、生きているのか分からないほどに死体同然の体で息をしていた。
寒いとか、怖いとか、そんなものもよく分からない私を蔑んだ目で見る人間が大嫌い、だった。
でもね、今思うとね、なんで何も知らないのに嫌だとか大嫌いだと思ったのだろうって。たぶん、憎しみとか、そーゆーのは誰に教えてもらうことなく唯一自分が生むことができたもので、遂に蔑んだ目もこちらに向かなくなったとき、もう、なにもわからなくなりたいなあって思ったんだよ。
綺麗なお洋服の女の子、ばっちいから触らないのって、また綺麗なお洋服の大きな女の人がその子の手を取って歩くの、それだけを、いいなと。

歩けるようになりたい。声が出せるようになりたい。ふつうの猫みたいに、毛で沢山覆われた身体がほしい。
あんな女の子みたいに、綺麗なお洋服きて、あんなふうに誰かに呼んでもらえて、誰かと手を繋げることができたら。もうこんなふうに、生きなくてよくなるなら。

それを思う思考さえも欠落した時、その人は私の目の前で足を止めた。
かわいそうに、と言って、呪文を唱えた。
わたしにはわからない呪文。パンパンプキン、パンプキンって聞こえたのが、私の最後。






























「ソウルくんー!ブレアのものになっちゃいなよー」

「こら!だから私のだって言ってるでしょ!ついてくんな!」

さっきまで戦ってた女の子は、私が手に入れたはずの魔鎌くんをいつの間にか取り戻してバイクに跨って私にそう叫んでいる。
男の子は、なんか心底悔しがってる様子で、ずっと逃げるようにバイクを走らせている。
最近私の家にノックもなしに急にやってきた、男の子と女の子だ。
男の子は私の大きいおっぱいに慣れていない様子で、すぐ鼻血を出してとっても可愛いかった。女の子は、そう、私のことをずーと睨んでて、男の子をモノみたいに扱って、かわいそうだなって思った。
だから言った。その鎌頂戴って。だから殺された。なんて、なんて子なの。
そこまで怒る?欲しいからちょーだいって言っただけで、そんなに怒る?だめだめって、男の子のこともなんにも考えずに、身勝手に手を離さないのよ。でも結局、男の子はあの女の子の元に戻った。私の魂を前に、やったなって言って口にした。
人間って、分からないことだらけ。何百年生きても、全然わかんない。
わかんないから気になるっていうこともあるんだろうけど、ソウルとマカについて行ってみたのは、それがちょっと知りたいなって思ったから。






















「もう!なんで家までついてくるのよ!無事ならさっさと自分の家に帰りなさい!」

女の子が喚き散らしながら、玄関で私とドア閉め攻防戦を繰り広げていた。

「いーじゃない!入れてよ〜!私、あなたに魂取られたせいであっちこっち傷だらけで、もーいたいの大変なの!責任とってよね!」

「し、知んないわよ!そっちが先に突っ込んできたんでしょ!不可抗力ってやつよ!」

「あんなに殺す気満々だったくせにい?」

じろっと見ると、小さい女の子は一瞬言葉を詰まらせる。あ、一応ちょっと罪悪感はあるみたい。安心。この子、人を殺してもなんとも思わない子かと思っちゃった、私がいうのもなんだけど。

「ねえ、ちょっと入れてくれるだけでいいから〜」

「ヤダ!殺そうとしてきた奴に私たちの世界に入られたくないの!サヨナラ!お元気で!」

そういって女の子あるまじき圧力でドアをおもいっきり閉めてきた。いくらブレアがか弱いナイスバディ美女だからって、大人の女負けない力で圧倒してくるとは、可愛くない。てゆーか、こんなの人生で4回しか経験したことない仕打ちだわ。
こうなったら弱弱しい捨てられた子猫作戦よ。筋肉バカっぽい小娘に効くかはわかんないけど、これで落とせなかった人間はいないんだから!
そうするとブレアはどろんと可愛らしい子猫の姿になり、ドアを爪でカリカリと削って見せた。

「ねえ〜ほんとにお願いにゃー」

「ダメ!もうしつこい!帰れっていってるでしょ!」

「ほんとに、体中痛いの、もうおうち帰れない…助けてよお」

「そ、そんなこと言っても騙されないんだからね!」

威勢のいい声が、だんだん迷いのある声に変わっていくのが分かった。

「ねえ…助けてよ…」

カリ、カリ、カリ、…だんだん回数を少なくして、ぴったりと止めた。ドアの向こうにはまだ人の気配がしてる。ドアの向こうではな、なによ、帰ったの…?そんな声が聞こえた。それを確認した後、私は少し大げさに前方にあるドアにぶつかり、そのまま床にパタッと倒れ気を失った。フリをした。
少し大きな音にびっくりしたのか、ま、まだいるの?どうしたの?って少し弱い声が聞こえた。しめしめ、もうちょっとだ。そのまましばらく黙っていると、物音がしなくなった。だけど、居る。そこに誰かいるのは分かって、私はざまあと微笑みそうになった。私の予想どうりにガチャっとドアが開いて、眩しい光が見えた。そして女の子の足元が、もう一度見えた。そっちは明るいね、いいなあ、私もそっち行ってみたいよ、そうぼんやり思っていたらほんとに記憶が曖昧になって、女の子が慌てて男の子を呼ぶような声が聞こえた。ふわっとなにかあったかいものが触れて、そのまま目を閉じた。


















気が付いたら茶色い壁の中にいた。ここがどこか分からなくて、しばらくぼうっとしていたら、だんだん辺りの様子が見えるようになってきた。下にはあったかぬくぬくの白いタオルみたいなものと、タオルをグルグル巻いて枕みたいなのが作ってあった。白いふとん…のようなタオルと、変な趣味の猫のぬいぐるみ。あ、これ、路地裏で見たことある。この匂いはきっと段ボールだ。

「お、起きた!」

頭上からそんな声が聞こえて、すこし身体がびくついた。マカー!猫起きたー!と、男の子がどこかに向かって叫んでいる。そうしたら段ボールが揺れるぐらいのドタドタと品もない足音が聞こえて、また頭上ににゅっと顔を覗かせてきた。私には二人分の黒い影が落ちて、女の子とぱちっと目が合う。

「うわあ!ほんとだ!生きてる!」

そう言う女の子は、さっきまで私に罵声を浴びせていた失礼な女の子だ。眉間に皺を寄せて、大きな口を開けて憎たらしいと言わんばかりに喚いていた姿はすっかりなく、にこっと向日葵みたいな笑顔になり、隣の男の子によかったってハイタッチをしている。目まぐるしく変わる世界に意味が分からなかったが、あんたミルクとか飲める?だの、なにが食べられるの?だの、あんた人間なのか猫なのか今一わかんないから病院連れていくのにも説明するのも苦労したんだからね!と小言を言われながら、その子のあぐらをかいた膝でたくさんの食事をこれでもかと与えられてしまった。
きれいなお洋服じゃない、絆創膏と包帯とかすり傷だらけの少し血生臭い身体の、女の子らしさの欠片もない、眩しく笑う女の子。口数が少ないけど、あったかいごはんを口に運んでくれる、同じく包帯と絆創膏だらけの少し錆びた匂いがする、鎌なのか人間なのか分からない私みたいな男の子。あの夜からずっと私の周りをうろついて殺意むき出しにしていた子供たちが、心配そうに私を見つめている。子供って、よくわかんない。



……ヤダな。ブレア、太っちゃうじゃない。


























ケガが治るまでだよ!治るまでは居ていいけど、なんにも悪さしないでよね!ってプリプリ怒って、学校というところに向かう、マカって女の子とソウルって男の子。
毎朝それを言ってから、玄関の鍵を閉めて私をこの空間に残す。
ここ数日で分かったことは、この2人は私の知ってる普通の学校に行っているのではないらしいということと、やっぱりソウルくんは可哀想だってこと。2人ともカガイジュギョウ?の作戦を立てている時や、言葉の食い違いや、チャンネルの取り合いとか、すごく小さなことでいつも喧嘩している。そしてマカに本でいっつも殴られてる。うわあ、絶対一緒に暮らしたくない。そう思う。
だけどくだらないことでちょっと笑ったり、ゲームをいっしょにしている時もあって、まあゲーム中に喧嘩が始めるんだけど、次の朝にはそれを忘れたようにまた普通の日常に戻ってゆく。
マカは見ての通り警戒心丸出しで私に威嚇してくるけど、その割には部屋の鍵をかけないし、こうして私を一人、この家に残したりする。ソウルくんは寡黙で優しく見えてちゃあんと部屋の鍵は毎晩かけるし、私を置いて学校に行く時も、少し微妙な顔で見る。マカは本で魔女や猫について調べてるみたいだけど、ソウルくんはずっと張りつめた空気を此方に向けながら、マカを手の届く範囲に置いているようだった。
マカが私にごはんを持っていくときなどは、特に警戒した様子で。
正反対だなあって、思う。これで学校では優等生のペアらしいから驚きだ。




もうすっかりどこもかしこも治った身体で家の中を探検してみるけど、悪戯をしようという気も起らなかった。ていうか、なんでこの家に入りたかったんだろう。ブリブリの演技までしてみたが、やっぱり自分の作ったかぼちゃの家がいいしカワイイ小物に囲まれた大きいキングサイズベッドで、大きいバスタブでゆっくりお湯に浸かりたい。そう思うのに。
ゲームをする時、段ボールを隣に置いて、テレビがちゃんと見えるようにしてくれる。本を読むとき、たまに私に質問する。いつも変えのタオルを用意してくれて、部屋からまた変な人形を持ってきて、段ボールの中に入れて、とっても窮屈。

マカとソウルが帰ってきたら、もうちょっとだけ元気のないフリをしてようって思ってしまうのだ。























学校の授業も終わり、終業の鐘が鳴る。椿ちゃんやブラックスターにまた明日と言い、帰る準備をしているとき、あっと思い出してソウルに言った。

「ねえソウル、ちょっと図書室いってくるね」

「…はあ?またかよ、もう帰ろうぜ」

「大丈夫、大体どこにあるか分かってきたから、手早く借りられると思う。先帰って米炊いといてよ」

手早く帰る用意を済ませ、教室の階段を下りながら歩いていると、後ろからソウルが大げさな溜息をついた。

「…なあ」

「何よ」

「もういいんじゃね?」

くるっと回ってソウルを見た。
そしたら最近いつもしてる、あの眉間に皺寄せたいやーな顔をしている。
一応もう一回何がって聞いたら、さっきも聞いた大きな溜息第二弾がやってくる。

「だから、また猫の本だの魔女だの魔法だのの本借りるんだろ?もういいじゃん。あの猫、もうちょっとで怪我も治るんだから」

私はうっと後退りするように言葉を選んでたどたどしく答える。

「だ、だってその間に変なもの食べさせて死んじゃったりしたら、胸糞悪いじゃない。ブレアに聞いても、私人間なのか猫なのかわかんなーいって言うし…」

なんか、責められてる気がするけど、ソウルが数日何がそんなに気に入らないのか見当がつかな…いや、つくけど、つくけど言い訳みたいな言葉ばっかりぼろぼろとこぼれてくる。別にいけないことをしているわけでもないのに。

「…別にいいじゃん。お前、あんなに家に入れたくないって喚いてたじゃん」

「はあ?!あんた、人でなしね?!あの子が死んでもいいってゆーの?」

「そうじゃなくて、お前、あの猫にあんま思い入れすんなって言ってんの」

ソウルが数日私の好きじゃないいやーな顔してたのはそれか!
自分のテリトリー内に他人が入り込むの嫌病!
そう納得したらソウルの言葉が身勝手なように感じて、私は声を荒げた。

「別にそれだけじゃないもん!魔女のこと勉強してればまたブレアの魂間違って食べることもなかったんだから!ていうかそもそもソウルが勉強しないから魔女の魂と勘違いして今までの魂没収されたんじゃない!それに、失敗してあの子に怪我させたのもソウルのせいじゃん!」

「は?!なんでそんな話になるんだよ!マカがあの家に魔女がいるって言うから突っ込んだだけで、全部俺のせいじゃないっての!話すり替えんじゃねえ!」

「もーいい!!帰ってよ!!もう顔も見たくない!!」

そう叫ぶと、周りの生徒達がびっくりしてこちらを見ている。またか、みたいな子もいるけど、教室の注目の的と化す。
そう叫ぶとソウルは頭に血を登らせ、私に負けない大きい声で叫んだ。

「あーそうかよ!あの仮病猫の為に必至こいてるお前の顔なんて俺もみたくねーよ!バーカ!」

それだけ言うと私を追い越してバンッと大きな音を立ててドアを蹴散らし、ずんずんと先に帰っていった。
その態度に違和感もあったが、最後の一言が、私の頭を駆け巡った。


「…仮病?」

























バタン、と、乱暴に玄関のドアが開いた。
ソウルとマカが帰ってきたんだと思って、私は段ボールの中に戻り、そっと寝た振りをした。電気の明かりがついて、マカが段ボールをのぞき込んで、いつもみたいにまた寝てるってちょっとした笑い声がするんだと思ってた。
でも今日は足音は1つで、話し声も聞こえない。明るくなった部屋で、私を覗き込む様子もない。あれ、どうしたんだろう。そう思っていたら、急にガタンと世界が揺れた。思わずびっくりして寝たフリも忘れ、にゃっと声を出したら、いつも覗き込むマカの顔じゃなくて、ソウルくんの顔が近くにあった。ソウルは上からこちらを見ると、複雑そうな顔をして、私を段ボールごと持ってまた部屋を暗くして、玄関のほうに歩いてゆく。

「ね、ねえ、どこいくの?マカちゃんは?」

私は可愛い子猫のような逆撫で声ソウルくんに言ったが、なんにも答えない。そのまま靴紐を結んで、日も落ちかけた暗い外へ私を連れ出す。ドアが開くと、私が数日前カリカリと爪を当てた方のドアが見え、寒い風が吹いて私を身震いさせた。様子を伺っても、なんにも読み取れない表情にちょっと不安になり、ふざけた様子で言ってみた。

「なあに?どこいくの?もしかして、私とデートしたいのかにゃ?」

だけど、少し間をあけてバーカと言われるだけで、顔をこっちに向けない。
階段をゆっくり降りて、平坦な道になると少し早足で歩みを進めていく。

「…女の子を連れだすなら、上手い誘い文句の1つや1つ言えたほうがいいにゃ」

スタスタとなんも言わず、強引に足を進める男の子に、不満そうにそう呟く。
箱から出ようと思えば出れるのだ。でも、何故か出ることができない。だって、出ても、どこに向かえばいいのか分かんないんだもん。

「…あの、さ」

私があの家に来てから1回も自分から話かけることはなかった男の子が、気まずそうに口を開いた。

「お前がどんな理由で家に来たのか知らねえけどさ、もう治ってんならさ、自分の家戻れよ。まあ、もう夜だし、1人で帰れっていうのもなんだから家まで送るけど」

そして初めて自分から話した言葉は、これだ。
訳すと、もう帰れと、そういうこと。

「…なあんだ、やっぱり、アナタ私のこと鬱陶しかったの?」

「…別に、そういうんじゃねえけど」

「私がいるとマカといちゃいちゃ出来ないから?なあに?あの子のこと好きなの?」

なんだ、やっぱりばれてたのかと思ったと当時に、私のこと邪魔だったからあの態度だったのかと思うと、数日のあの目線は合点が合うように思えた。

「違う」

今まで遠慮がちに答えていた男の子が、急にはっきりとした物言いになった。
それに少し驚いて男の子のほうを見ると、そんなんじゃねえって、また小さい声で言って、何か言葉を出そうとしているようだった。

「えっと…あいつ、あいつは、馬鹿だ。」

暫くの沈黙。そして私の脳内には、はあという2文字しか浮かばない。
そうするとまたえっと、そう言ってまた言葉を探している。

「あいつ…馬鹿だから、なんにでも肩入れすんだよ。危ないことでも、目の前のことしか見てない。…近づくなって自分を守ってるつもりなんだろうけど…馬鹿なんだよ、見てたら分かるだろ。それが自分を殺しにかかってきた相手でも、目の前で血だらけになって助けてって言われたら助けちまうんだよ。嘘も見抜けない、阿呆だ。だから、だから…誰かが見てなくちゃダメなんだよ。あいつが…「殺されない」ようにすんのが俺の役目だ」

そう上手くない口ぶりでたどたどしく言う言葉は半分理解できなくて、でも半分は理解できた。
あの子が殺されないように。
年端も行かないような小さい男の子が、生と死の狭間に生きている者の台詞を吐く。
数日観察してきて、この子供たちが置かれている状況がなんとなく分かってはいたけれど。
何はともあれ、彼の言葉の真意は端的に表すとこうだ。
私の分析は間違っている。

「…別に、もう…」

男の子の恐れていることは分かったが、もう、殺す理由なんてないし、可愛いと思ってた魔鎌くんは全く可愛くないし、別に欲しくないし、だから、この子達と居る理由は、本当に無なのだ。

「なら、アイツから離れて欲しい。頼んでなんとかなるのか知んねえけど、ちょっとでも魔女…猫に良心ってもんがあるなら、あいつの数日、お前に尽くしてやったこととか…そんなんで、手を引いて欲しい。お前のところには行けねえけど…」

そう言う男の子は、あのいつも暴力振るわれてる女の子のことを思って、私を捨て置くと言うらしい。風呂場であんなに鼻血垂らして、一度は私のものになるって言ったのも、あの女の子のためだと言うのだ。
一度殺されかけた奴にそんなことを言うこの子も、大人なフリしたあの子と同じ程度の子供。

「あなた、どうりで私に靡かないのね。変な趣味。苦労するのが好きなの?」

溜息をつきながらチラッと男の子のほうを見たら、ちょっとニヒルな笑いを浮かべながら
、聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いて、木の茂る一本道を、なるべく段ボールを揺らさないようにしっかりと持って、歩いてくれた。


「好きじゃねえよ。ただ、馬鹿についていくのも、悪くねえかなって思ったんだよ。」



































何故自分に魔法が使えるのかは、私もよく分からない。
最初は記憶に焼き付いていた、綺麗なお洋服を着た綺麗な女の子になった。
でもそれでも幸せになれなかった。やっと自分の足で歩ける嬉しさで、スキップをしながらフリルのついたワンピースとリボンで綺麗に結われたブロンドの髪をヒラヒラと舞わせながら靴を慣らして歩いていたら、大きな男の人に囲まれて、口を塞がれて…それからはよく、覚えてない。
次はあのお母さんみたいに綺麗なお洋服をきた美しい女性になった。そうしたら色んな人に声を掛けられて、誰からも愛されるようになった。だからこの女性の姿が一番愛されるんだと、そう思った。だけど中には嫉妬で渦巻く中心に取り込まれ、窒息しそうになる時が幾度もあった。私は幸せになれなかった。
試しに、猫に戻ってみた。両手両足がちゃんとあって、耳もちゃんと聞こえ、毛も綺麗に生えた、可愛い子猫だ。そうすると小さい子がかわいいって寄って来て、私を撫でてくれた。怖いおばさんも、弱弱しいおじいさんも、みんなみんな私を撫でた。でも…もう何も話したくはない。


唯一分かったことは、どんな姿であっても「ずっと幸せなんてあり得ない」ということだ。



だから少しでも幸せな時間が長いよう、人間と猫を使い分けるようになった。
でも、何か埋まらない。埋まらず、私は死ねない。
何がしたかったのか、もう思い出せないほど生きた。だからあの少年と少女みたいに家で飼われることもあったし、特段珍しいことではなかった。面倒になれば、捨てられることも。でも、段ボールを家の前にそっと置いて、もう怪我すんなよってしょぼくれた顔で言った男の子の顔が忘れられないし、怒ってばっかりだった女の子のあの笑顔も鮮明に思い出す。家に戻って、人型に戻ってみても、愛しい家具たちを目の前にしても、あの家の明るさとはやっぱりどこか違って、寒い。





































こんこん、と、窓を叩いてみる。
私はあの子達みたいに無断でガラスから飛び込んだりしない。ちゃんと礼儀正しいのよ。しかも、この窓がもし開かなかったら、もう私はこの町から居なくなろうと、そう思っていた。こんなに窓を開けるのが怖かったことはない。だってこのドアは、万に一つも開かないと、分かっている。分かっていたけど、試さずにはいられなかった。
震える手で、そっと、窓を少し押してみる。もし開かなかったら、もう、そう思っていたのに。

しかし予想とは裏腹に、魔法を使わずとも窓ガラスが開いた。

「…不法侵入だよ」

そしてまた予想外に、暗い部屋から、くぐもった声が聞こえた。声の主はピンク色のベッドの中で布団を被り、たまにグズッという啜り声が聞こえた。だか、顔は全然見えない。
だが私はこの部屋の窓がどこに繋がってるのか知っていたし、その声もちゃんと覚えている。

「不法侵入してほしくなかったら、ちゃあんと鍵を閉めるのね」

動揺している心は隠し、そう言ってベットの上に飛び降りて、パンパンプキンパンプキンとちゃんと内側から鍵を閉めてあげた。悪い人が、入りませんようにって。

「…怪我、治った?」

布団に包まって顔も見せないマカが、そう問いかけた。

「…うん。治ったよ」

この子は、気づいていなかったのか。それとも気づいて置いてくれていたのか。今となってはどうでもいいけど。

「治ったから、帰ったんだ…?」

「…そうだよ。私のおうちは、あのかぼちゃの家だもん」

私が家に居て、なんにも思わなかったのだろうか。また、ソウルくんが欲しいっていったら、もうこの家には入れてくれなくなるのだろうか。私にまた、殺されるとは、思わなかったのだろうか。

「…あんたのせいで、さっきまで、ヒッ、ソウルと、け、喧嘩してたんだよ…どうし、てくれるの…」

「知らないにゃ。帰れって言われたから、帰っただけだもん」

「数日お世話してあげたんだからさ、私にもなんか言いなさよね。勝手に帰って…迷惑なんだからっ…」

またそうやって私を責める。この子はいつも何かに怒りを抱かないと気が済まない病気なのだろうか。だけど、初めて出会った日のあの殺意はどこにも、ないように思った。

「ねえ、なんで泣いてるの?そんなにひどい喧嘩したの?」

そう言いながらマカが潜っているところまで行くと、マカが顔を少しだけ出した。その顔を見て、私は動揺した。お世辞にも綺麗とは言えないぐちゃぐちゃの顔で、涙は出るわ鼻水は出るわで、大変なことになっているのだ。私は知っている。こんな顔は、だれからも愛されない顔だ。

「ど、どうしたのよ。そんなに泣くこと、ないじゃない。いつもあんなにひどいこといっぱい言ってるくせに、なんでそんなに…!」

泣くのって言おうとしたら、もっと顔がくしゃくしゃになって、大声で泣き始めた。

「ソウルの…ソウルの馬鹿ーー!!!なんで、そんな、いっつも勝手に、決めるのよ!!!心配してるの、わ、わかってるけど、でも、なんのお別れもなしに、勝手に追い出すなんて、ひどいじゃない!!!まだ怪我治ってなかったらどうすんのよ!!!別に家に居ても悪さなんてしなかったじゃん!!何考えてんのか全然わかんないけど…でも…でも…いないと…ちょっとだけ、ちょっとだけ…!」

息を詰まらせて、ゲホゲホッと苦しそうな咳をする。
その姿が哀れでどうしようもなくて、顔の傍に寄って、柄にもなくおろおろした。
なんで、なんでブレアが、こんな気持ちになるの。止んで欲しいってそう思うの?
そうして、私の毛だらけの手を掴んで、小さい声で言った。

「さみしいじゃんか…」

ずっとそう、戻ってきてよかったって、嗚咽を漏らしながらただ泣いていた。
私の体を撫でながら、ずっと、永遠に泣くんじゃないかってぐらい、雫がシーツに流れおちるのが止まる様子がなかった。
泣くのは醜い姿だった。辛くて、苦しくて、助けてなんてくれないのにただ落ちていく感情を具現化したような、そんなものだと思っていたのに。マカから流れるものはつらいのに、なんだかこっちまであったかくなってくる、あなたの笑顔そっくりだと思った。
可哀想で、可哀想で、可愛いそうで、どうしていいのかわからなかったけど口からぽろっとなにかが零れた。
考えもせず、口からものが言えたのはこれが初めてだった。



「ブレアも、ちょっとさみしかった」































ソウルくんの厳しい目線はそれからも数か月は続いたけど、ある日マカといっしょにバスケットを買ってきてくれた。私の生涯のお布団だ。
それからお仕事してみたり、マカのお父さんと出会ったり、私も学校に行ってみたり、家にたくさんのお友達が来たり…あんなに粋がってたソウルくんも、部屋のドアの鍵を閉めなくなった。それをいいことに毎朝部屋に侵入し、おっぱいをこれでもかって擦り付けると、あの日のただの男の子みたいになるのが面白くて、からかうように日常化していった。マカはそれを見てソウルも私も怒るけど、出ていきなさいよとは死んでも言わない。誰かの喧嘩のタネになれることがこんなに嬉しいとは知らなかったな。マカはソウルくんと喧嘩すると私を呼んで部屋に閉じこもって、永遠に悪口を聞かされて、泣きながら私を抱きしめて眠る。いつまでもママ、ママと泣く、子供みたいに。いっしょに食べよって言ってくれたパンプキンパイ、おいしかったな。制服が白く変わってみんなで本の中に入ったときもあったけど、ソウルくんもマカもボロボロで血だらけで、守らなくちゃって思ったのに変な化け物にやられそうになった、のに、必死で助けてくれたよね。飼い猫守るぐらいできるって言ってくれて、幸せだった。






マカとソウルの、小さい命が私の上に乗っかっている。
キャッキャと楽しそうな声を上げながら、私のしっぽを掴んで遊んでいる。
私はゆらゆらとそれを揺らして、子供が楽しそうに笑う声を聞いていた。
私はもうほとんど動けなくなってしまったけど、この重みはとても好きだった。

「こらー!もう、ブレアの上に乗っかったら可哀想でしょ!めっ!」

そう言いながら小さな赤ん坊を拾い上げて、またあの太陽みたいな笑顔で笑う。

「ブレア、動けるか?バスケットの中に居るか?」

そう優しい声音で言う少年…もう、少年ではなくなってしまった。ギザ歯の銀髪の赤ん坊のお父さんになった彼が私を拾い上げ、バスケットの中にそっと置いてくれた」

「最近、ちょっと動けなくなってきたね…大丈夫かな。病院連れていった方がいい?」

「そうだよな、ちょっと食欲もないし…なんか、毛もすごい抜けていってるし…」

心配そうにバスケットを覗く姿は、あの日の段ボールを覗く光景とよく似ていた。魔法がだんだん使えなくなり、綺麗な人間の姿を保てなくなってしまった。毛の抜け始めた自分を見るのも足が動かなくなるのもとっても嫌だった。だけど、もうなんだか、怖くはなかった。だってこんな醜い姿でも、ソウルとマカはずっと私の傍に居てくれるし、二人の新しい命も、ずっと私について回ってきて、1人にさせてくれないんだもの。
声が出なくなって、もうニャーとしか鳴けなくても、もういいかなって思った。
だってもう話したかったこともなにもかも、この十数年で全て叶えてしまったんだから。

醜くても、役立たずになっても、昔とはこんなに違う。
私を生かそうと一生懸命になってくれる人が居て、世話をさせるのは申し訳ないと思いつつも、幸福な気持ちで居られるのだから。





なんで私に魔法が使えたのか、走馬灯のように頭を駆け巡る。
路地を通りかかった魔女が、いた。気まぐれそうな魔女は、可哀想と私に言って、パンパンプキンパンプキンと魔法をかけた。そうするとすっと身体が軽くなって、私はその魔女にこう言われた。

哀れな子猫。この世に命を授かったはずなのに神様にも死神にも見捨てられ、生きることを許さないような身体で産み落とされるだけ産み落とされて、こんな所で死ぬなんて、惨めで恐怖でしょう。あなたの罪はなにもないのに。だから、これからどんな奇跡が起こっても、誰も文句は言わないでしょう。あなたは何にでもなれます。魂も周りの人の何倍も与えられるでしょう。だけど、もし、もし満たされなかったものが満たされる時が来たら、周りと同じように歳を取ることが出来るでしょう。


幸せに、生きなさい。



ただ、命尽きる時に世界で最高に幸せだって、思った。





ああ、やっぱり、わたし、ソウルとマカに殺されちゃった。
ありがとう。あの時、2人がガラスを突き破ってくれて、ほんとうによかった。
バイバイ。最後まで、ありがとう。

















愛で殺せ



最初のはRADの実況中継。
話はチキタGUGUの影響をモロに受けました。ブレアの生涯捏造。




戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -