もしマカちゃんがメデュ様の黒血促進剤を服用していたら。











「じゃあマカちゃん、気を付けてね」
「はい、ありがとうございました」

そう言って、私は保健室の扉を閉めた。にこやかに私を見送る顔に少し安堵しながら、遮断した音と同時にまた広がっていく、不安。
私は怪我をして保健室にはお世話になることは多いが、飲み薬はとても久々に貰った気がする。打撲はしても風邪は引かない。
真っ白な薬袋を取り出してみるとあまり見たことがない真っ白なカプセル。

これで、あの血を吐かなくなるのだろうか。
不気味だ。血を吐くことは多々あるが、いつになっても慣れない、気持ち悪い。自分の体から血のような、血ではないような、異質なものを吐き出した。その事実は私にとってかなりの精神的ダメージだった。あれはなんだったのか、血、の味はしたけど、明らかに黒くて。

「ソウルに、バレないようにしなきゃ」

そう思ってたまたま持っていた茶封筒に薬を入れ換えたのは、シュタイン博士に真っ白な薬袋を奪われる前の話。


バレないように、という思考は、私に不振な動きをさせていたらしい。明らかに訝しげな態度でソウルがこちらを見つめている。

「…何かあったのか?」
「は?」
「手は?」
「ああ、火傷だから、放っておけば治るよ」
「薬も貰って、ちゃんと飲んでるから」
「そっか」

笑って水が入ったグラスを揺らしたけどソウルの表情は固い。
そして申し訳なさそうに私の手に目をやっている。

なんだか居心地が悪い。その目線も、気まずい雰囲気も渦巻いて、ここにある。
前はソウルがこんな気持ちだったのだろうか。無意識だったけど、二重に悪いことしてたなあと思うと、傷口がズシリと重くなるのを感じた。
這いずる黒い蛇と、また流れる私の血。私の血。あれ?違う?なんだ?これ?


















誰を庇ったのか忘れた。怒鳴った理由も覚えていない。
笑った顔が、笑った顔が、笑った顔が!

何かを嫌いと言うたびに、ぼろぼろと溢れていくものがある。

それを知らずに、パパはまた私達に言わせる。嫌い!嫌い!嫌いと!笑って優しくさせて期待させて。

優しさを売り、また他の人へ、他の人へ愛のバーゲンセールをやめない。泣いている人が放っておけないと、目の前で静かに泣いている人に気がつくこともない。


ママは私の前で泣いたことなど一度もなかった。その代わり、抱き締める。嬉しい時も寂しい時も悔しい時も怒った時も悲しい時も、ママは言葉ではその感情をぶつけることはなかった。優しかったから、出来なかった。
抱き締めていたのは私だけじゃないことぐらい、小さな私にでも分かっていた。私とママの間にある黒い心の塊を、二人で一緒に押し潰しましょうね、ねえマカぎゅうぎゅう、ぎゅうぎゅう。
そうしないとやり場がない。怒鳴り散らして蹴飛ばして悪態をついても、伝えたい人に伝える方法がもう分からない。私は「それ」を知ったから。
泣き喚けば伝わるの?あんたが好きだと言ってくれた「私」も、私が良かれと信じた「私」も。私を止めてしまえば、伝わるの。
ママは言わないけど言っていた。
本当に辛くて、悲しい思いをしたのはママ。
本当に優しいのは、ママ。
寂しい時、いつも支えてくれたのはママだった。
眉を下げて申し訳なさそうに謝る馬鹿。私達に言わせるのだ。
あんたが悪いのよ。あんたが悪いんじゃない!全部全部全部!!あんたなんか死んでしまえ!!しんじゃえ!!豚野郎!!糞が!!

鬼の形相とはこのことだ。髪も乱れて荒々しく怒鳴り上げたその醜い姿を晒してもなお、変わらない。さっきと同じ態度同じ眉を下げ同じ台詞を吐く。


「…ごめんね、ママ」


嫌い、嫌い、パパが嫌い、男の人が嫌い裏切る人が嫌い、誰も、ママしか信じられない。ママしか信じられないのに、ママでさえどこにいるのか分からない。私を置いて行ってしまった。
どこにいるのかなあ。私のこと嫌いになっちゃったのかなあ。
ああ、信じられる人なんて、この世に居ないのかもしれない。これまでも、これからも。無情の愛なんて、信じた私が馬鹿だった。私、大馬鹿だ。
私なんかのことを、好きな人なんているわけないじゃない。なんで愛されるなんて思ったの?馬鹿らしいわ。本当に、笑えてくる。フ、フフッ。あーあ馬鹿みたい!それを思うと急に笑いが止まらなくなる。下らない。下らない!
眉が歪む。眉間が歪む。目が歪む。口が歪む。鏡に映る顔は、

「あ、ぁ、ぁ、ァ」

違う、違う、違う、私じゃない、こんなのは私じゃない!!!!
誰か、誰か、助けて、誰も居ない、だれか、誰でもいいから、私を、私を

「ソ、ゥ、ル」

「マカ!!」

はっと気がつくと、目の前には赤い瞳があった。ああ、パパじゃない、ママじゃないや。
まだ傍に居てくれる人がいたの?
散らばるガラスの破片。ソウルと私の血塗れの手のひら。あれでも、痛くない。

「あ、れ、わた、し」

私は何してたんだろう。思い出せない。ヌルッとした血の感覚が鮮明になってきて、私の血は、黒かったや、と思いながら、赤く滴る血を見つめた。
これは、私の血じゃない。

「戻ってきたか、馬鹿、野郎」

汗が滲んで苦しそうに笑う。
我に返った私は、目を大きく見開いた。そして、握られていたガラスの破片が、ぼとりと床に落ちた。私の血じゃない。これは、ソウルの

「ソウ、ル」
「おう、」
「ソウル!手が、手が!わたし、私…」
「大丈夫、大丈夫だから」

空いた左手で、優しく、私を抱き締めた。涙でぐしゃぐしゃの顔も震える体も全部包んで、背中を撫でる手は、今までのどんな仕草よりも優しかった。優しい手が、まだあった。

「…ソウル」

信じてた虚構が蘇る。右手にパパ、左手にママ、背景に小花が咲くようなほのぼのとした雰囲気は少なかったけれど、ママが大きな口を開けて笑っている。パパも、大きな口を開けて、これでもかと大声で笑っている。私はそんな二人を見ているのが、とても好きで、幸せだった。



















「大丈夫…?」

「ああ、平気」

血が滲む包帯を巻いたソウルの手は、火傷をした私の両手より痛々しく見えた。

「ごめんね…私…」
「マカ、なんか隠してる」
「…」
「ここまで来て、まだ隠すなんてねーよな」
「……」
「…マカ」

これ以上隠し通せないと悟った私は重い口を開いた。

「……血、が」
「おう」
「黒い血を、吐いたの」

暫くの沈黙の後、ソウルが口を開いた。

「…まじ、かよ」
「でも、一度だけなの。メデューサ先生から、薬もちゃんと貰って」
「…さっきのは、狂気か?」
「私、あんまり覚えてなくて…」
「俺が、黒血を」
「違うよ。わたしが魔剣からソウルを守れなかったから」
「あっ〜!!キリねえよそんなん言ってたら!!」

髪をぐしゃぐしゃとかき回して、ついでに私の髪もぐしゃぐしゃとかき回した。

「っ…なにすんの!!」
「あのなあ、こういうことは何度だってある。なっちまったもんは「しゃあねえ」大切なのは、そん時どうするかだ。」

「…ソウルを、守れる自信、ないよ」
「俺の職人が、何弱気になってんだ」
「買いかぶり過ぎだよ」
「いつも口だけは達者だったけどな」

少しムッとして顔を上げると、いつものマカだと、笑う顔があった。

「お前言ってたじゃねえか、願ってもないことは叶うはずもないって」

「………」

ソウルは目を閉じて、わたしとおでこをくっ付けた。こつん、と鳴って重なった所が、とっても温かくて驚いた。

「狂気に、負けんな」

小さな声で呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。

「それ、私に言ってる?」
「自分にも言ってんだよ」

そうか、いっしょに、闘ってくれんのかあ。私のためだけじゃない。自分のためにも。

一緒に闘ってくれる。私のために、自分のためにと言うソウルの言葉は胡散臭い無情の愛なんかより、ずっとずっと信頼出来た。
COOLな男は浮気なんかしない、その言葉にどれだけ私が救われたか知ってる?世界中の誰を信じられなくたって、ソウルなら信じられる。

蛇が止まる、黒く流れる血も止まるのを感じた。代わりに私の中に広がるのは寂しさに負けないように、愛してもらうことだけを欲しがっていた自分に終止符を打てるように、愛して欲しいなら、愛しに行けるように、自分に負けないように強くなりたい、その思いを詰め込んだ小さな波長。

もう私は1人じゃない。


「ソウルと、強くなる」






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