くっつかないソウマカな上に未来捏造注意








私は片手でシチューをかき混ぜながら、空いた手でめん棒をくるくると回転させた。

「なにしてんの?」
「うわ!」

背後にいることに気がつかなくて異常なほど驚いてしまう。
「あ、今日シチューなんだ」
「あんたが食べたいって言ったんじゃない」
まるで今知りましたみたいな態度に膨れっ面を浮かべていると彼の目線が反れるのを感じた。
「まーた持ってる」
話さえ反らしながら、彼は私の持っているものに目を向けた。また取り上げようとしていたのを察知して、さっと上に持ち上げた。彼の手は見事に空振り。

「クッキー、作ろうかなって。あ、うどんでもいいけど」
「ウドン?」
「美味しいんだよ。学校に居た頃、日本の友達から教えて貰ったの」
「へえ。俺も作りたい」
「また今度ね」

そう笑ったら、彼も微笑んで私の頬にキスをした。慣れてないというか免疫がないせいで真っ赤になりながら、これだから欧米人は、と恥ずかしさを誤魔化した。
彼はまた笑っていた。幸せな、幸せな光景だった。



私はこの家に来てから、なーんとなくこれを触ってしまう。歯ブラシを見てボンヤリとしたり、鉄パイプを見てもなんとなく触れてしまう。ひどい時は何かしらの棒状の物というか、なんというか、持ってないと安心して眠れない。なんでだろうな、と自分でも疑問に思いながらそれでも不振な顔一つせずに優しく微笑んでくれる、なにも聞かない、穏やかな人を選んだのだ。





「今日から3日出張だから」
「え、そうなの?」

玄関先で急に告げられた言葉。
早く言いなさいよね、と、いつもの悪態をついた。微かな違和感が胸を刺すのは気にしない。

「いってらっしゃい」
「いってきます」

そう言って前だけ見つめる彼に、私は少し眉を下げた。いつものこと。いつものことなのに。優しくて思いやりがあって微笑みを絶やさないけど、彼は出掛ける時は絶対振り返らないのに。もう慣れたはずなのに。

「3日…か」

そう言って引き出しの奥底から小さくて古びた鍵を取り出した。









電車に乗るのも久し振りでこの景色を見るのも久し振りだった。結婚を決めてからデスシティとは遠い彼の家に移り住んだからだ。
だけど私は彼には内緒で、長年住んでいたあのマンションに、まだお金を払い続けていた。もう、誰も住んでいないというのに。
いきなり出張だと言って彼が数日家に帰らない時は、手入れをしにあのマンションに向かうのだ。今日も出張と聞いた途端、最早当たり前のように荷造りをし始めて、今に至る。

鍵を開けると、昔と変わらない風景が飛び込んでくる。ドアは寂れて少し耳障りな音が鳴るようになってしまったけどキッチンもリビングもそのままだ。ふと、あいつ、ソファー持っていかなかったんだ、と思った。持っていってもいいからね、という張り紙を貼っておいたんだけど、前来た時にはその張り紙自体が見当たらなくなっていた。剥がれたんだろうと一人で自己完結させて、私はその張り紙を探さなかった。期待するから、探さなかった。

私的にはこのマンションは何かあった時のための「避難所」代わりのように思っているけど、さすがに旦那にばれたら悲しむと思うのでやめておく。
しばらくして「もういいや」と思えたら売るでもなんでもするつもりだった。
だけど、なかなかその決心がつかない。ここが誰か他人に使われると想像しただけで、とてつもなく胸が苦しくなるのだ。決心がつかないのはそれだけではないのだけど。

私はいつものように人差し指で軽く机を拭いてみた。そして、ああやっぱり売ることなんて出来ないと思ってしまう。


その時。
ガチャガチャ、と、玄関から音がした。どう聞いても鍵が閉まる音だ。私は来たばっかりだったし、まだ夕方になる少し前だったので鍵を閉めていなかった。
あれ?という声がして、私は玄関を見つめたまま動けなくなってしまった。
その声は。昔聞いた。毎日聞いていた、あの声。いやな汗をかいた。会いたい、会いたい。あいたくない!
ギイ、と訝しげにドアを開いたその先に見えた人は、

「……マカ…?」











呆然と立ち尽くして、お互い言葉もない。
なに?今、目の前で何が起きてるの。
まさか、だって、あんたは。ここには来ない。


「あんた、まだ鍵持ってたの?」
は?と言う気の抜けた声がした。気の効かない言葉しか出てこない自分に呆れてくる。

「…お前こそ、まだ家賃払ってんのか」
「…なんで知ってんのよ」
「大家に聞いた。何ヶ月か分の家賃を定期的に払いに来るって。俺もたまに来て掃除とかしてたんだけど。気ィつかなかったか?」
「え?うそ?あれってパパじゃなかったんだ。」

たまに掃除されてることには薄々気がついていた。だけど、もしかしたらパパがしてくれたのかな、とか、家主さんがたまに手入れしに来るのだろうと思っていたから。あんたは絶対、もうここには来ないんだろうと、思っていた。


「お前、いいのかよ」
「何が?」
「「家」は?」
それだけ聞いたら、なんとなく言いたいことを察することが出来た。ああ、そういうことか。

「あの人、3日出張なのよ」
あの人、と言ってソウルの顔色を伺ったけど、昔みたいなやる気の欠片もないような目でふうんと相槌を打っただけだった。

聞いたくせに興味が無さそうな態度にムッとしながら、数日泊まろうと思って、荷物持ってきたんだけど。そう言って手元のキャリーバックを見せた。
それを見た瞬間、まじかよ、と言うようなソウルの顔が見えた。
「…俺、帰った方がいい?」
そう言ったソウルを見ると、隣にはブラックのキャリーバック。見ながらおおよその予測は出来た。
「泊まるの?」
「そのつもりで、来た」
「別にいいよ」
「……え?」
「昔と変わらないでしょ。別にいいじゃない」
玄関まで近寄って、ソウルの荷物をせかせかと運ぼうとした。
「おい、お前、一応旦那いるんだし」
「へえ、ソウルからそう言われる時が来るとは。」
「馬鹿か」

わざと悪戯をするような表情をしたら、ソウルは不器用に笑ってみせた。
なんなのよその顔は。
もう、ちゃんと笑えよ。馬鹿。



カボチャが食べたい、と言うのでカボチャ料理を作ることにした。本音ソウルの方が料理は上手だったのは、今でも健在だろうか。そう思っていたら荷物を下ろし終えたソウルが当たり前のようにキッチンに入ってきた。
「カボチャ切ってもいい?」
「冷ましたけどまだ熱いから」
分かった。
それだけ言ってなんのためらいもなくカボチャを触り出す。慣れた手つきで、やはりまだ料理の腕は健在らしい。
「カボチャ、久し振りかも」
「え?」
「作らなくなっちまったなここ数年で」
慣れた手つきとは裏腹に漏れる言葉。私はなんで?と聞き返した。
「今の子が、カボチャ嫌いだから」

ぽろりと溢れた言葉にむずりと心の奥底が疼いた。今の子。ソウルが今一番大事な人。

「あんたは続かないよね」
「ちげえ、向こうが勝手に終わらせるんだよ」
「来るもの拒まず去るもの追わずってことよ。あんたはそーゆー奴よ」
「一発で結婚決めたからって偉そうに」
「偉そうじゃなくて、偉いのよ」
「うじうじしてる俺よりはな」

意味深な言葉を吐いたが、さっきの反応がなんだか悔しくて私も何事もないようにふうんと相槌を打った。だめだ、だめだ。やめてよ。

「マカもまだ、カボチャ好きか?」

ソウルが好きだの嫌いだの言うたびに、昔からなんでもないのにどきりとしていたことを思い出す。ほんとは、あんまり好きじゃない。ただ何をしてもあまり顔に出さないあんたが、珍しく美味しそうに食べるから。

「うん。ソウルが作るのは、好き」


何事もなく夜10時を回った。何かあっても困るんだけれど。
だけど私は全然寝る気になれなかった。いつも1人で過ごしていた空間に誰か、昔と同じ人が同じ風景に居ることに落ち着かなかったのかもしれない。「そう思わないと」いけない。そうソウルは昔と変わらずソファで雑誌を読んでいるというのになんだか私だけまだ子供のままのようだ。情けない。
ソウルがいるのに。隣にいてくれるのに、私は昔のように何もしない。このまま時が流れてしまうのを待ってる?違う、違うのに!

でも、言っちゃいけない気がするんだ。
「私のだったのに」って、そう思ってること。
「その女の子は誰。ねえ殺していい?」そう思っていること。
私の汚物に塗れた心をソウルに晒すのが怖い。
苦しい。ずっと苦しい。分かってくれないのが悲しくて、悔しくて、寂しくて、息ができない。
殺したいんじゃないの、なんで私じゃないの。なんで私をずっと見ててくれないの。
私から、ソウルを手放したのにね。


私には知りたいことが沢山あった。聞きたいことが沢山あるのに。タイミングも2人を取り巻く状況も昔と同じようで、結局言えずに離れてしまった。だが今はそんなこと考えられない。行動しなければ、言わなければ、ずっとこのまま動けないままだ。












数年前に遡って、私達が学校を卒業して2年ほど経ったある日。
ソウルが突然、武器化出来なくなってしまった。
本当に、本当にいきなりのことだった。準備もなにもなく、唐突に、武器になれないと呟いた。
それから私は待った。ずーと待った。大丈夫よ。またすぐに武器化出来るようになるから。ずっと待った。大丈夫よとソウルにも自分にも言い聞かせながらずっとずっと待ったけど。
一向にソウルは治らなくて、長く時が過ぎ、長すぎて。私にとってたった一人の大切な武器でも、周りにとってた何千といる武器の中のたった1人が欠けただけで。ずっと待ってなどくれなかった。そして私には他の武器を使うように指令が下された。

が、私は他の武器が扱えなかった。どんなに試しても誰とも波長が合うことはなかった。私はソウルしか使えない身体になってしまっていた。ソウルを長く、使い過ぎたのだ。すべての武器を許さない歪んだ波長は、職人の私に死の宣告を下した。

大火傷をしたって使いたいと思える武器なんてあんただけで、私の今の傷は無駄な傷。なにも得ない。得るのは乾いた消失感とソウルの辛い顔だけ。
その顔が見たくなくて、でも私達の武器と職人の関係はきっともうすぐ終わってしまう。それは薄々ながら悟っていた。
だから、私から、終止符を打った。自分に嘘はつかずただ。





ありがとう。夢が叶ったと。


もう一人の自分を殺した。







さよならダーリン



続きはありますが書くか不明

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