キムとオックスくんが恋人同士になったらしい。
キムがいつもよりとっても嬉しそうで、オックスくんもいつもに増して幸せそうで、あんまり嬉しそうにキムが笑うから私も笑顔で良かったねと言った。
何が良かったのだろうか。
それすら分からないけれど。
普通はそう答えるべきなのだ、きっと。
なにも感じない私は異常だろうか。
いつものようにソウルとアパートに帰り昨日の残りのカレーを温めながらもうすぐ帰ってくるはずの黒猫のためにキャットフードを用意した。
「ブレアって、今日遅い日じゃなかったっけ?」
「え、そうだった?」
なんだよもーとか言いながら一応ラップとかかけてみたけどキャットフードにラップはないだろって言われてげらげらと笑われた。
他愛ない話。いつもどうりだった。
「オックスくんがキムと付き合い始めたんだってな」
がちゃん。私はカレーを運んでいたスプーンを落としそうになった。実際はなってないけどあれだ。まさかソウルからその話題を振ってくるだなんて思ってもみなかったのだ。
「あぁ・・・うん。そうだね」
「あれ?興味ナシ?」
逆に、ソウルには興味あんの?
そう聞こうと思ったけど、やめた。
なんか、ソウルとこんな話をするのは嫌だと思った。
「マカって、キムとオックスくんのことそんなに好きじゃねえの?」
「馬鹿じゃないの大好きよ」
「じゃあなんでそんなんなの?」
「知らない」
ああ早くこの話終わって。
そう思って避けるほど、ソウルが何故だか分からないけど不審そうな顔をする。
私も本音を言うと気にはなっている。私にはよく分からない感情を享有し合って幸せそうにしている2人を、不思議だけど嫌ではないとそう思っている自分がいた。だって2人とも私の大事な友達だし何よりあの意地っ張りなキムがあんなに笑っているのはとても嬉しい。そんな気持ちは確かにある。けど、聞きたくない自分もいる。多分、こういう類の話を、ソウルの口からは特に。
でも、このもやもやした気持ちが消えないのは苛々する。分からないものがあるのも苛々する。この気持ちは、本を何度読んでも分からなかった。
ソウルなら、分かるのだろうか。
ガタッっと立ち上がり、私はソウルの隣に来てぽすんと座った。
そしてぽつりと。
「・・・恋愛って、よくわかんないよね」
下を向いて、こっそり呟いたらソウル目を真ん丸にして、それからものの数秒、最近で一番の大笑いをしてみせた。
マカはなんというか、この手の話になると無知な小さい子供のようだ。ふいに、可愛いなあと思う。
別に変な意味ではないけど、近くでまじまじとマカを見つめていると、美人系ではないけど少し儚げで、それなりに整ったパーツを持ち合わせている彼女は、他の人から見ても好印象だとは思う。
性格は置いといての話だが。
「なんで恋人同士になるの?」
「なんで好きって分かるの?」
「恋愛感情はほかの好きとは違うの?」
なんでなんでなんでなんでなんでなんで
「ちょ、お前はなんでなんで女か」
「だってわかんないもん」
けろっと言うマカに俺はわざと大きなため息をついた。うん。だけど無知過ぎるのもいかがなもんかと思う。そんな当たり前のようなことを聞かれても、説明しにくいのだ。
「えっと、なんで恋人同士になるかと言うと」
「うん。」
マカが頷いて興味津々の如く目をキラキラさせてこちらを見ている。まるで本を読んで新しい知識を取り入れることにわくわくしている時の、あの顔によく似ていた。
「好きだから、じゃね?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・えぇ・・・」
それはあまりに気の抜けたものだった。そんな返事をされても、だってそれしか思いつかない。
「好きだったら、恋人同士になるの?」
「まあ、そうなんじゃね?」
「じゃあソウルと私も恋人同士じゃん」
「・・・・・・・は?」
「だから、ソウルと私もこ「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!!!!」
違うだろ!と、一発かましてやったけどマカは訳の分からないような顔をしている。頭の上には疑問のハテナマークが浮かんでいるのだろう。なんでそんな話になるのかぶっちゃけ俺の方が訳が分からない。マカは理解不能なやつだ。前から知ってたけど。
「だって私、ソウルのことすきだし」
「・・・・・へ?」
「ソウルも、私のことすきでしょ?」
ね?とでも言うように、ずいっと顔を覗き込まれる。なんだいま。さらっとすげえことを言ってるけど。
「すき、って・・・」
「ソウル私のことすきじゃないの?」
「え、まあ、好きか嫌いかっていうと、・・・好きだけど・・・」
「じゃあ私達も恋人なんじゃないの?」
そうでしょみたいな顔で覗き込まれてもこっちはどうしたらいいのか分からないんだけど。
「いや、多分俺たちは恋人同士ではないと思う」
「でもさっきソウルが好きだったら恋人同士って言ったじゃん」
こいつは、ガキか。ああ言えばこう言うとはこのことだ。はあ、と本日二回目のため息をついた。調子が狂う。鈍感と無知は彼女の欠点だ。
「マカさあ・・・」
「・・・なに?」
キョトンとしているマカに、あきれと何故か少しの怒りが灯る。
これが、他のやつだったらマカはどうなってるんだろうと思いながら。俺はマカの手首を掴んでぐいっと顔を近づけた。
マカはふえっ、と、気の抜けた声を出して成すがままだ。多分他の奴だったら咄嗟に手を捻り上げて自慢のマカチョップでもかましているんだろう。俺だから、たぶん。そのことに嬉しがりながら、俺は静かな怒りに似た気持ちがどこかにあるのに違和感を覚えた。
気がつくと俺の瞳にはマカの緑色が映り、マカの瞳には俺の赤色が映っていた。
お互いの息がかかる距離。
「じゃあマカは、俺とチューしてもいいとか、思ってんの?」
はっ、と、薄い笑いが溢れた。
そういう好きじゃないだろ、と、小さな声で囁く。
マカは驚いているのか、ソウルを真っ直ぐ見つめたまま微動だにしない。
「わ、かんない」
「じゃあそういうことだ」
「そうじゃなくて」
やりもしないのに、気持ちなんてわかんないよ。
マカは真っ直ぐな瞳でそう言った。
しばらく沈黙が流れる。
俺は多分、すごくアホ顔でもしてるんだろう。マカはさっきと少しも変わらない曇りのない瞳で俺を見つめている。
「・・・してよ」
「・・・・・・・・」
「したら、変わるかもしれないよ」
「・・・マカは、変わりたいのか?」
「わ、かんな」
そう言いかけたマカの唇を自分の唇で塞ぐ。俺は頭が真っ白になっていた。
変わりたい?変わりたくないよ。きっと今まで築き上げてきたものの方が、温かくて幸せなはずだ。だけどただ一つの思いが俺を動かしてる。
マカに対するこの異様な気持ちと、子供心に従順な好奇心、だ。
「っ・・・」
一度息をするために唇を少し離す。そしてマカをちらりと見ると。マカもこちらを見つめていた。ただその顔は、俺がいままで一緒にいた生意気で暴力的な女の子でも、本が大好きなくせに無知な女の子でも、魔鎌職人の顔でもなかった。
「そう、る」
そう聞こえるか聞こえないかの声で囁かれたら、変わりたいと、そう願ってしまった。
「んっ・・・」
マカにまた触れる。今度はさっきより深く。先程より長い接吻に、少し戸惑いを見せているようだ。そうる、と、ぎゅっと俺の服の袖下を掴み、キスをしているにも関わらずもごもごと喋ろうとする。
マカの瞳から何かが溢れた。ちらっとそれが見えて、驚いて俺は少しまた唇を離す。マカ、ないて
「いや・・・」
「ごめ、」
「やだ、・・・やめないで」
まだわかんないよ、そうる
そう潤んだ瞳をこちらに向けながら呟かれて、俺の中のマカが崩れた。
「ん・・・ぅっ・・・」
ペチャ、と音がして舌が絡まる。マカの口から唾液が溢れ、どちらかも分からないものが床に滴り落ちた。
「あ・・・ふぅ・・・」
マカの口から溢れる吐息に俺は今まで感じたことのない気持ちに苛まれていた。心臓がとても早く鼓動を打っている。気分が高揚して、むず痒くて、何かとてもいけないことをしているような、罪悪感に似た気分だ。
罪、悪感・・・?
唇がどちらともなく離れた。
お互いを見つめる。マカの顔は、さっきの名残で真っ赤だが、瞳はいつのもマカだった。
マカが先に口を開く。
大人の真似っこみたい。
そう言って、マカはへへへと微笑んだ。そんなマカに、俺はひどくほっとしている自分が居た。
まだ早いねって、そう言うマカに、そうだなって俺も言った。
だって俺も多分マカも、今のままでも充分幸せで、そうだとしたらまだ変わるのは早いねって思っていたのだから。
「あ」
「・・・なに?」
「嫌では、なかったよ」
「俺も、嫌ではない」
だけどこれって、多分恋人じゃないねって、二人ともが思っているけれどあえて言わない。
溢れた唾液を拭き取りながら、俺たちはまた無邪気に微笑んだ。
少年健全育成法に反する
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