朝のはずなのに薄暗く、雨がざあざあと降り続いて、二日。
雷と、ガラスが割れる音がして、私はびくりと飛び起きた。


あああああああああ、


彼の部屋から呻く様な叫ぶ様な声が聞こえて、また、だ、と、そう思った。
どうやら雨は駄目らしいと、ここ数年でやっと分かったこと。
何回も繰り返される狂ったそれにひどく冷静で居られるようにまでなったことにただ、嫌悪した。


数年前から、ソウルの黒血が徐々に進行して、だんだんと外部に影響が出てくるようになっていった。
急に笑い出す、わけの分からないことを永遠と呟く、自傷行為を行う、周りの皆を傷つける

ソウルに話かけただけのブラックスターを切り付けた時の皆の、椿ちゃんの顔が忘れられない

ここ数年で、デスサイズになって脚光を浴びていた少年はいつしか危険人物になり、友達の片目を奪い、先生や仲間の声も届かなくなり、周りに誰も居なくなった。

あああああああああ、ああああああああ

私はその声が聞こえてくる部屋のドアを静かに開けた。
飛び散る破片、血の滴る彼の腕、何も映さない、あかいひとみ

「ソ…ル」

私はゆっくりと歩みを進める。

彼は私に気がついて、虚ろな目をこちらに向けた。
痩せて、目の下に出来た隈が酷くて、これが彼なのかと思うほど、昔の面影はどこにもない。

この間のように、また切られるのだろうか。前の嵐の夜の出来事が頭の中でフラッシュバックして、痛みの恐怖で足がすくむ。

だけど、私に歩みを止める権利はない。彼を怖がる権利も、逃げ出すことも、私には出来ない

それは、罰だ


「ソウル、ねえ、やめようよ」


ね?

そう小さな子供をあやすように
なるべく安心させてあげられるように、にこりと笑った。つもり。張り付いた笑顔のままそっとソウルの手を取り、タオルでそれを止血しようと手を伸ばしたその時、

ドタンッ!

いきなり手首を掴まれ、加減なく床に押し付けられた。

「っ……!!」

打ち付けられた頭と背中が殴られたように痛い。彼の手の平から流れる黒い血で私の手首が滑るのが分かって、気持ちが悪くて、つい顔をしかめる。その時、彼がピクリと反応して私と同じように顔を歪ませていく。

「なぁ、なに、その顔」

俺がいやなの?

顔を唇が当たるか当たらないかまで近づけられて、彼が虚ろに笑う。
「いやなの?気持ち悪い?ははははははははもういいよ疲れたその愛想笑い」

世の中の全てに絶望したように笑う。力無い声だった。

「死ねば、楽になる?ねぇマカ」

そう言って、彼は私の首をおもむろに締め出した。
急な行動に抵抗することも儘ならないまま、ぎゅう、ぎゅう、と、段々キツくなっていく締めに、危機感を感じる。
わたし、わたし、し

「マカなんて、死ねばいいのに」

何度も、聞いた。その言葉に、苦しさとそれだけじゃない何かに、自然に涙が流れた。
死ねばいいのに、なんて、そんなの

「うーそ」

パッと、おどけるように手を離す。まるで、イタズラした子供のように。

「っ―」

ゲホッゲホっ
急に肺に入る酸素に息が詰まり、咳が止まらない。

「…死ぬかと、思った?」

ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ

マカは殺さないよ大好きだから
そう虚ろにまた笑う

「でもさぁ、誰のせいでこうなったんだっけ?クロナになんで切られたんだっけ?ああそうかお前なんか庇ったりしたからか」

冷めた、なにも感じてないようなそんな目で、また笑う。また諦めて、何度でも繰り返す。

「いやだ…もう、聞きたくない」

やめて、やめて、やめてよごめんなさいもういわないでごめんねやだ聞きたくないのやだもうやめてお願い
何度も、何度も、聞きたくないと耳を塞いでも、彼は塞いだ手を乱暴に床に押し付けながらずっと責め続けた。

今の彼にとって、友達の目も、私の死も誰の死も、どうでもいいのだろうか。
なにも込もってない言葉をただ繰り返して私を責めて、恨んで、それでも死には至らせてくれないし彼も死に至るようなことはしないまるで生きじこくだいっそ2人で死んでしまえたらいいのにね




ねぇ

昔は、さ、
馬鹿みたいに騒いでさ
くだらないことで喧嘩してさ
大好きで、大好きで
大好きだけで、いつまでも一緒にいられるような
そんな気さえしてた

楽しかった、なあ
もどり、たい、なあ


大好きなままのあんたで
止められれていれば



シュッと音がして、上にいるソウルの腕が鎌に変わったのが分かった。

分かってるの
私が悪いの私だけが悪いの
いままで守らせてごめんね
辛い思いさせてごめんね
パートナーに選んでごめんね

大好きで、ごめんね

酷いこと言ってるのもソウルじゃないって知ってるよだからねぇ辛いのは私だけでいいんだよだからだから

「もう終わってもいいよ」

そう、呟いた。


ソウルが止まる。
そしてみるみる顔を歪ませていく。垣間見えたその顔は、さっきのような歪みではなかった。

「っ・・・そうる!」


咄嗟に叫んで、ソウルの胸に飛び込んだ。
ああ、そうる、ソウルだ!

「まか・・・」

「ソウル・・・ソウル・・・」

ああ戻って来てくれた。まだ、まだソウルはここに居た。

「ごめん・・・ごめんな、でももう俺にはお前しか」

いない

弱々しく、か細く、頼り無い声が、私に寄りかかり、そう呟いた。
嬉々とした表情は、みるみるうちにまた絶望へと変わっていく。

ソウル、安堵して、喜んだ私を許して。

彼をそこまで追い詰めて苦しめているのは、昔私を守らせた自分だと

絆や信頼や大好きで繋がれていた私達の関係は、時が経つにつれ草臥れ、廃れ、錆びれて私達を繋ぐものは、過去の過ちの後ろめたさだけ


もしどこかでこの錆び付いた関係に終止符を打てていたら

彼は楽になるのだろうか

私はどうしようもなくて、ただ涙を流しながら、彼をきつく抱き締める。
そして、確かにあった2人の温かいものの残像だけを希望に
私は微かに残る退魔の波長を彼に永遠と送り続けた。












ねぇもう一度だけ


マカと呼んで、笑って







コンコルドの誤り



コンコルドの誤りとは、ある対象への金銭的・精神的・時間的投資をしつづけることが損失につながるとわかっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、投資をやめられない状態のこと。


戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -