スマートフォン解析 幸佐 短編 | ナノ
大人になる主と逃げる忍び
*少し佐助が暗い話です。大人に成長していく幸村と、それを必死に拒絶する佐助。




突然の出来事だった。
それ故、佐助は何もする事が出来ず、ただただそれを受け入れる事しか出来ずにいた。
否、もし「何かする」ことが出来たとしても、佐助は決して拒んだりはしなかっただろう。

本能だったのだ、その場から逃げ出してしまったのは。
そう、忍びという本能からだった。

「…何、あれ…いきなり、何だよ……くそっ」

人気の無い中庭の奥へ辿り着き、佐助はようやく足を止めた。肩で息をしながら、思わず自分の唇に指を添える。
其処は何時もよりも熱を発しており、佐助の指にじんわりと温かみが広がっていく。
その時になって、佐助はようやく自分の手足がとても冷たく冷え切っている事に気がついた。
そして、体が小刻みに震えているということにも気がつき、佐助は自分の体を抱きしめその場に座り込んだ。

腰が抜けしゃがみこんでしまったといった方が良いだろうか。

静寂な闇がゆっくりと佐助の姿を包み込む。
薄暗い闇の奥から聞こえてくる荒い息。それに混じるかのように聞こえる嗚咽。
佐助は、今自分が泣いているという事にようやく気がついていなかった。
ボロボロに涙がこぼれ、佐助の膝を濡らしていくがそれでも佐助は気がつかなかった。

気付こうとはしなかったのだ。

佐助の脳裏に浮かぶのは、先ほど「初めて見た」主の真剣な表情だ。
あれは、誰だ?
佐助は何度も心の中で唱える。
あれは、誰だ?
佐助は必死に幸村の幼少の頃を思い出そうとする。脳裏に浮かぶのは、あどけない笑みを浮かべる幼い弁丸様の姿。
それでも、それを掻き消すかのように浮かび上がる「大人」になってしまった弁丸──幸村の「男」の姿だ。

「あんなの俺様の旦那じゃない!旦那は弁丸様の頃のまんまなんだ!!」

佐助は誰に云う訳でもなく、何度も何度も呪文のように言葉を繰り返した。
まるで、自分に云い聞かせるように。何度も、何度も。

触れるだけの口付けだった。
否。もし、あの場で佐助が逃げださなければ、それ以上の事をされていたのかもしれない。
それくらい、幸村の瞳は真剣そのもので。
まるで飢えた虎のような鋭い光が宿されていた。

佐助は、力いっぱい腕に力を入れ自分自身を抱きしめた。
まるで、心の中に大切に大切にしまってある「弁丸様」を守るように。

「駄目だよ、旦那……大人にならないでよ……俺様だけの弁丸様であって…頼むから…」

切実な願いを込めた佐助の呟きは、闇世の中に消えていった。

***

「随分男前になったな、幸村」

信玄はニヤリと口角を上げ笑みを浮かべた。
下座に腰掛ける幸村の左頬には、紅葉のような真っ赤な跡が残されていた。
少し苦い表情を浮かべる幸村は、察しのよい信玄に悟られたことが気恥ずかしいのか耳を赤く染めていた。

「…お館様…某は佐助が判りませぬ…」

幸村は信玄から視線を離し、うつむき加減になりながら言葉を発した。
それは何処と無く、痛々しい様子であった。

「何故だ?」

頬の怪我を深く追求せず、幸村の悩みに耳を傾けてくれる信玄に、幸村は心から感謝し言葉を続けた。
幸村が顔を上げれば、其処には先程まで楽しそうに笑みを浮かべていた信玄の姿は無かった。
其処に居るのは、真剣な表情を浮かべるお館様としての信玄が居た。

「……佐助と某は…その…恋仲でございまして」

純粋初心な幸村は「恋仲」という言葉を発するだけで、耳まで真っ赤に染めてしまった。
それでも、真剣に話を聞いてくれる信玄に答えるように、決して視線を逸らすことはない。
そんな幸村に対し、信玄は内心「知っておるわい」と呟きながらも、小さく頷いた。

「…佐助は時折、その某に口吸いをしてきます。某も…佐助との口吸いがとても好きでして…嫌な気持ちになることはありませんでした」
「うぬ、それで何があったんじゃ」
「…それなのに、先程佐助に口吸いをしたら、佐助の奴泣きながら逃げ出してしまいまして…某が何か酷い事をしたのでは無いかと…不安になりました」

そう話す幸村は、顔を真っ赤に染め大粒の涙を浮かべていた。
すでに泣き出しそうな幸村に、信玄は上座から降りるとゆっくり歩み寄った。そして、幸村の頭を思いっきり撫で回し始めた。

「お、お館様?!」

驚いた幸村が顔を上げれば、信玄はまるで父親のような笑みを浮かべ幸村を見つめていた。

「大丈夫じゃろ、お前たちの絆はそんな事では揺るぐことはない」
「し、しかしっ」
「大丈夫じゃ。佐助は子離れが出来ぬだけだ、あれが一番依存しているのだろうな」
「……お館様…?」

何の話か判らないと唖然とする幸村に、信玄はやれやれと溜息を零した。

「誰だって時には逆らえぬ。佐助もそれは判っているはずじゃ」

それまでわしがお前たちを見守ろう。信玄が高々と云い放ち、幸村の目尻を半ば強引に手で擦った。
この場に居ない「子離れの出来ぬ忍び」に、どうやって話をするか。信玄は今後の対策も兼ねて頭の中で計画を組み立てていく。
全ては、いとしい我が子のような虎の子と忍びのためなのだ。

何時までわしの手を焼かせるつもりじゃ、佐助。

ニンマリ笑みを浮かべる信玄は、何処か楽しそうであった。
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