不器用な人
「お前、本当に不器用な奴だな」任務の報告を終え廊下を歩いている時、佐助同様報告を終えたばかりの才蔵が云った。
何の話か判らず目を丸くする佐助に、才蔵は更に言葉を続けた。
「もう少し言葉を選べ」
ようやく整理がついたのだろう。
佐助は人懐っこそうな笑みを浮かべ、一歩先を歩いた。
「何?何のこと?俺様、大根のかつら剥きも得意なくらい手先器用だぜ」
「話をそらすな。身体の話ではない」
「じゃ、何さ」
「言葉……態度の問題だ」
その言葉を受け、佐助は目元を少し細めた。
微かな変化も見逃さなかった才蔵は、ふと今来た方向を見つめた。
「久しぶりの長期勤務だったのだろう」
「それが何?」
「幸村様に報告だけしかしていないだろう」
「だから?それがなに?」
「おかえりくらい言わせてやれ」
才蔵の言葉を受け、佐助は居心地悪そうにそっぽを向いた。
久しぶりの長期任務だった。無事に任務も成功し、怪我一つなく帰ってくることができた。
少し前──主がまだ弁丸だったころなら涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をして駆け寄ってきたものだろう。
着物が汚れるとか思いながらも、そんな必死な様子の主が愛しくて仕方なかった。
でもあれから年月は過ぎ、幸村は主として自覚し始めたところなのだ。
それを昔のように馴れ合い、彼のせっかく芽生えてきた自立心を台無しにしたくはなかった。
佐助の本音は、別のところにあるのだが。
「どうせ突き放されるのが怖いのだろう?」
去り際に吐き出された才蔵の言葉に、佐助はコブシを力強く握り締めた。
一刻も早くその場から離れたかった。
足早に去ろうとする佐助を止めたのは、廊下の奥から聞こえてきたすすり泣く声だった。
微かに聞こえたそれは、忍びである佐助だからこそ拾うことが出来たのだ。
いや、泣き声の主が幸村だったからこそと付け加えようか。
気がついたら廊下を駆け抜けていた。
気がついたら障子を勢いよく開いていた。
普段は、力のあまり勢い良く障子を開く主を叱り付ける立場だというのに、この様だ。
開いた障子のすぐ目の前には、幸村の顔があった。
部屋を出ようとしていたのだろう。
このままではぶつかると思い、咄嗟に佐助が取った行動は「自分が押し倒され下敷きになる」ことだった。
勢いよく廊下に倒れこんだ二人。
あわてて幸村は佐助から飛び降りた。その目尻には薄っすら涙が浮かんでいる。
「佐助、すまん!怪我はないか?!」
顔を真っ赤にし慌てふためく幸村に、佐助は毒気が抜かれたように唖然とした。
其処にいたのは、昔とかわることなく「佐助佐助」と話す主の姿があったからだ。
「旦那は変わらないんだね……」
「は?何のことだ?もしや頭でも打ったのか?!」
心配そうに見つめてくる幸村に、佐助は満足そうに笑みを浮かべボサボサになってしまった主の髪を撫でた。
「遅くなっちゃったけど、ただいま。旦那」
佐助の言葉に、幸村は嬉しそうに笑みを返した。
「おかえり、佐助」
昔も今も二人は変わらない。
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