君を想う
ここ数日の間。城内に咲く誇る桜の木の下で、酒や団子を振る舞い盛大な花見を行っていた。陽気な人間が多い武田軍は、花を楽しむというよりもどんちゃか皆で騒ぎ宴会へとしゃれ込むのが最大の目的であった。
武田信玄を中心とし、武田が誇る武将達が酒やら甘味などを持ち込み宴会を開く。
武将も忍びも分け隔てなく、皆で酒を飲み時には着物を脱ぎ捨て腹踊りを披露したりと他の国では決して見られないであろう光景がそこにはあった。
「全く……結局みんな酔いつぶれちゃったの?」
地面の上に大の字になり大きないびきをかく酔っ払いを見下ろし、佐助はあきれた様に小さく溜息をついた。
ふと上座に視線を向ければ其処には「武田名物・殴り愛」を繰り広げる信玄と幸村の姿があった。
「幸村ぁぁぁ!!」
「お、や、た、た、さばぁぁぁ!!」
お互い顔を真っ赤にしながらも気を緩めることなく真剣な眼差しで殴り合う姿は、見慣れぬ者からすれば異質な光景であった。
それも見慣れている佐助からすれば、何ともない「何時も通りの光景」であるのだ。
佐助は「何時も通りの光景」を微笑ましく(半ば諦め)見ていた。
ふと殴り合う音が途切れ同時に何かが地面に落ちる音が響き渡る。
体を動かした事により酔いが回るのが早まったのだろう。
信玄と幸村は、仲良く酔いつぶれた。
やれやれと佐助は二人に歩み寄る。すると佐助に気がついた信玄は、ゆっくり上半身をあげ幸村の首根っこを掴んで持ち上げた。
「佐助、これを頼む」
「……大将。俺様の主をこれ扱いしないでくださいよ」
「わしは寝る」
「はいはい、お休みなさい」
佐助が軽く会釈すると、信玄は満足そうにニヤリと笑みを浮かべた。腕を組んだまま前のめりになり倒れこむ。
何とも豪快な寝方だ。
佐助は、心配そうに見ていた女中達に「寝ていいる武将たちに掛け布団でもかけておいてやってくれ」と伝えると、幸村を小脇に抱えた。
「随分と重くなっちゃって……」
ふと甦る、幼少の頃の記憶。
軽々と抱きかかえることが出来た小さな主は、いつの間にか佐助よりも筋肉を付け立派な武将へと成長していた。
「参ったな……結構重くなってる」
苦笑いを浮かべながらも、佐助の表情は何処か嬉しそうだった。
「……団子〜……うまいでござる」
「何だよ、夢の中でもあんたは団子食べてんの?」
「おやかたさまぁぁ」
「……はいはい、大将大好きだもんね」
「……さすけ……団子」
「……夢の中でも俺様に団子せがんでるの?夢の中でも俺様と一緒に居てくれるの?ねぇ、旦那……」
ポツリポツリ呟かれた言葉は、静かに佐助の心の中へ浸透していく。
ふと前方から才蔵が歩いてくる姿をみかけた。
互いに関与せずすれ違う瞬間、才蔵は驚きを隠せない様子で振り返った。
幸村を重そうに担ぎ上げる佐助の背中。
その背中を見つめ、才蔵はポツリ呟いた。
「何故佐助は顔が真っ赤だったのだ……?」
主が酒を飲む時は、決して酒を飲まない頑固な忍び。
きっと顔が赤いのも酒の匂いに酔っただけだろう。
「……あとで、からかってやるか」
才蔵の呟きすら耳に入らない佐助は、耳まで真っ赤になりながら黙々歩いていった。
夢の中でも、大好きな人と会える喜びをかみ締めながら。
prev bkm next