寂しいのはどっち?
佐助が任務の為、遠方(奥州)へ行くことになった。主が幼いころは、佐助の姿が見えないだけで「さすけ、さすけ」と呼び出したものだ。
更に佐助が遠方へ赴いていれば、流石に弁丸に名を呼ばれても返事も出来ないし姿を現すことも不可能である。
さすけ、さすけと呼んでも、自分の忍びが一向に現れない為に弁丸は大粒の涙を零しながら泣きじゃくった。
その度に、他の忍び達があやすが一向に泣き止まない。
結局、佐助が帰って来た頃には部屋の隅で丸くなりながら拗ねてしまっているのだ。
佐助が帰ってくれば、まるで子犬のように駆け寄り佐助にしがみ付き離れようとしない。
ご飯の時も、お風呂の時も、寝る時もだ。
赤子のように佐助に面倒を見てもらう息子の姿を見ながら、弁丸の父は微笑ましく笑っていた。
あれから十年の月日が過ぎていった。
「じゃ、俺様しばらく帰ってこれないからね」
迷彩色のポンチョが風に靡く。
橙色の頭を掻きながら、佐助はちらりと幸村の方を盗み見た。
黙々と書簡に向かい筆を通す幸村は、佐助の方に振り向こうとはしない。
久しぶりの遠方への長期任務に出かけるのに、主は昔のように寂しがってはくれないようだ。
そう思いながら、佐助は少しだけ寂しく感じた。
小さく溜息をつく。それは諦めすら感じさせるものだった。
「……団子は一日5本までだからね」
「うむ……」
「才蔵と大将の云うことをしっかり聞くんだよ」
「うむ……」
「夜、腹出して風邪ひかないでね」
「うむ……」
我ながら母親のようだ。
佐助は小言を述べながら、主にいうべき言葉では無いことを理解していた。
それでも幼いころからの付き合いのせいか。どうしても心配になってしまうのだ。
「では、行ってまいります」
これ以上、小言を云ったら仕事の邪魔になる。
そう思い佐助はゆっくりと背中を向け歩き出した。
「少し待て、この人参頭」
聞きなれた毒気すら感じさせる声が佐助に降りかかる。
ゆっくり空を見上げれば、屋根の上に佇む一つの人影。真っ黒な布を体に纏った姿は昼間のせいか妙に目立つ。
佐助が文句を云おうと口を開いた時、男はゆっくり人差し指で下を指差した。
「幸村様を泣かせたまま行く気か?」
「……はぁ?」
何の話だ?
佐助が徐に幸村の部屋を向こうとした時、城内に響き渡るであろう主の叫び声がこだました。
「才蔵!!某は泣いてはおらぬぅぅ!!!」
鈍い機械音のような耳鳴りが頭の中に響き渡る。
耳元を出て抑えながらゆっくり振り向けば、そこには泣いてはいないが顔を真っ赤にし眉間に皺を寄せた幸村の姿があった。
「だ、旦那……?」
佐助が慌てて駆け寄ろうとした時、それを制止するように幸村は口を開いた。
「佐助、お前はとっとと行って来い!!」
「……だ、旦那?どうしちゃったんだよ」
「早く任務に行かぬか!主の命が聞けぬか!!」
やや興奮気味の幸村を何とか落ち着かせようと、佐助は幸村に駆け寄りあやすように背中を撫でた。
屋根の上から舞い降りた才蔵は、何処か面白いものを見つけたような表情を浮かべている。
「佐助。幸村様は昔となんら変わっておらん。いや、今のほうが意固地になっているか」
「才蔵!!!」
「ちょ、旦那!落ち着いて。才も煽るな!!」
佐助は全身真っ赤になりながら憤怒する幸村を宥めながら才蔵を睨み付けた。
それでも才蔵は口を閉じることなく、更に言葉を続けていく。
「佐助。お前を手放したくないようだが、我侭を云ってお前に嫌われたくはない。だから寂しいという気持ちを我慢しておられたんだ。素っ気無い様子もそのためだろう」
「才蔵ぉぉぉ!!!」
「佐助が居なくなると、主様は仕事も手につかなくなるので、少しばかりお仕置きだと思ってくだされ。では、私はこれにて」
食えぬ笑みを浮かべ、才蔵はドロンと煙にまみれ姿を消した。
その場に残された真田主従は、互いに顔を真っ赤にしている。
「旦那……」
「…………」
「……すぐに帰ってくるから、寂しくても仕事はするんだよ」
「……当たり前だろう!俺はちゃんと……その……っ」
嘘をつけない性格のためか、声がだんだん小さくなっていく。
そんな愛しい主を見つめながら、佐助は口元が緩んでいくのを我慢することが出来なくなっていた。
──……可愛いな、俺様の主様。
佐助の心の叫びに気がつくことなく、幸村は俯きながらポツリ呟いた。
「ぶ……無事に帰って来い。佐助」
「はい」
そう返事する佐助は、とても綺麗な笑みを浮かべていた。
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